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第4章 疱瘡の乱
8,再会と穢れ
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小さな店が軒を寄せ合う飲み屋街は、閉まっている店も多く、通り全体が暗かった。
そんな中、時折見える寂しげなネオンと赤提灯が、異界に迷い込んでしまったかのような雰囲気を醸し出している。
「なあ詩、戻ろうぜ? 病の神だの悪霊だのがウヨウヨいる」
腕を引っ張ってぐいぐい進む詩に、引っ張られている方の祓戸が言った。
「でも、確かめなきゃ……あっ!」
飲み屋の脇の暗がりに、誰か転がっている。
ところが駆け寄ろうとすると、その人は起き上がってふらふらと脇道の方へ行ってしまった。
「ただの酔っ払いだよ」
祓戸が息をつく。
「この先はいかがわしい店しかなさそうだし……」
彼がピンク色の看板を指さした時だった。
ふと覗き込んだ路地裏に、人が倒れているのが見える。
明るい色の髪が汚れた地面に接していた。
「――! 少名毘古那さん!?」
アスファルトを蹴って、詩は駆け寄る。
「マジで少名毘古那なのか……!」
「ううっ……」
倒れていた彼が小さくうめいた。
きれいな髪が、穢れを知らない白い肌が、何度も踏みつけられたみたいに汚されている。
「少名毘古那さん! ねえ、大丈夫!?」
「……サイアク……。オニーサンに……こんなカッコ悪いとこ見られるなんて……」
抱き起こすと少名毘古那は、片側の頬だけに乾いた笑いを浮かべた。
「救急車!? じゃなくてこういう時は……」
慌てる詩に、彼自身が教える。
「大国主を呼んで……」
「えっ、大国主さんをどうやって?」
「俺に任せれば大丈夫だ」
祓戸が言った。
「けど何があった、少名毘古那」
「疱瘡の神にやられた……。あいつが持ち帰ったのは、病の神たちだけじゃなかったんだ……」
(それっていったい……?)
少名毘古那は苦しそうに咳き込むと、目をつぶってしまう。
「少名毘古那さん……!?」
「悪い、無理にしゃべんな! 俺がすぐ、大国主を連れてきてやるから。行くぞ詩」
祓戸が詩に目配せした。
「ううん、僕は少名毘古那さんを見てる。祓戸行ってきて」
「けどお前……」
祓戸は戸惑うように視線を揺らしたものの、渋々といった表情で頷く。
「わかった」
それから彼は霧のように消えてしまった。
路地裏が重い静寂に包まれる。
(どうして……)
詩は固く目を閉じている少名毘古那を見つめた。
(どうしてこんなことに……?)
前から確執があったにしても、疱瘡の神が少名毘古那にこんなことをするとは思わなかった。信じていた自分が無邪気すぎたのか……。
少名毘古那は眠ってしまったのか、ぴくりとも動かない。
ひざを突いている冷えた地面から、ふいに悪寒が上がってきた。
(怖い……。早く帰ってきて、祓戸……)
詩が自分の中にある恐れを自覚した時――。
(――え?)
暗い路地裏のさらに奥から、ヒタヒタと近づいてくる足音がある。
何か、禍々しいものの気配を感じた。
この冷えた気配を、詩は知っている。
「……疱瘡さん……」
ゆらゆらと揺れながら近づいてきたものが、そこで止まった。
「詩、そいつに触れるな。お前が穢れてしまう」
血の臭いが鼻に届いた。
それから腐ったような臭い。
人の形を取った彼の上を、何かが這い回っている。
恐怖が詩の体を硬直させる。
久しぶりに会った疱瘡の神は、大量の蛆と、悪霊と悪臭を体にまとわりつかせていた。
そんな中、時折見える寂しげなネオンと赤提灯が、異界に迷い込んでしまったかのような雰囲気を醸し出している。
「なあ詩、戻ろうぜ? 病の神だの悪霊だのがウヨウヨいる」
腕を引っ張ってぐいぐい進む詩に、引っ張られている方の祓戸が言った。
「でも、確かめなきゃ……あっ!」
飲み屋の脇の暗がりに、誰か転がっている。
ところが駆け寄ろうとすると、その人は起き上がってふらふらと脇道の方へ行ってしまった。
「ただの酔っ払いだよ」
祓戸が息をつく。
「この先はいかがわしい店しかなさそうだし……」
彼がピンク色の看板を指さした時だった。
ふと覗き込んだ路地裏に、人が倒れているのが見える。
明るい色の髪が汚れた地面に接していた。
「――! 少名毘古那さん!?」
アスファルトを蹴って、詩は駆け寄る。
「マジで少名毘古那なのか……!」
「ううっ……」
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抱き起こすと少名毘古那は、片側の頬だけに乾いた笑いを浮かべた。
「救急車!? じゃなくてこういう時は……」
慌てる詩に、彼自身が教える。
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「えっ、大国主さんをどうやって?」
「俺に任せれば大丈夫だ」
祓戸が言った。
「けど何があった、少名毘古那」
「疱瘡の神にやられた……。あいつが持ち帰ったのは、病の神たちだけじゃなかったんだ……」
(それっていったい……?)
少名毘古那は苦しそうに咳き込むと、目をつぶってしまう。
「少名毘古那さん……!?」
「悪い、無理にしゃべんな! 俺がすぐ、大国主を連れてきてやるから。行くぞ詩」
祓戸が詩に目配せした。
「ううん、僕は少名毘古那さんを見てる。祓戸行ってきて」
「けどお前……」
祓戸は戸惑うように視線を揺らしたものの、渋々といった表情で頷く。
「わかった」
それから彼は霧のように消えてしまった。
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(どうしてこんなことに……?)
前から確執があったにしても、疱瘡の神が少名毘古那にこんなことをするとは思わなかった。信じていた自分が無邪気すぎたのか……。
少名毘古那は眠ってしまったのか、ぴくりとも動かない。
ひざを突いている冷えた地面から、ふいに悪寒が上がってきた。
(怖い……。早く帰ってきて、祓戸……)
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(――え?)
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「詩、そいつに触れるな。お前が穢れてしまう」
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それから腐ったような臭い。
人の形を取った彼の上を、何かが這い回っている。
恐怖が詩の体を硬直させる。
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