珈琲ガレット調布店 不器用な神さまたちの戯れ

谷村にじゅうえん

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第3章 少名毘古那の神

12,好きって言って

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「お前は細かいことを気にするなあ……」

 大国主は少名毘古那に流し目を送り、うっすらと笑ってみせる。

「あんたが大ざっぱすぎるんだよ」

 少名毘古那は腕組みして答えた。
 素っ気ない態度のようで、よく見るとそうでもない。彼は動き回る大国主を、ずっと目で追っている。恋人の一挙手一投足が見逃せないみたいだ。

 見られている方の大国主はマグロでもさばくみたいに淡々と剣を振るい、黒い霧を解体していった。
 力強く大きな動作には他者を寄せ付けないすごみがある。飾り気がないのに美しい、完成した美を思わせた。

(このひとが大国主……)

 詩も大きな神から目が離せなくなる。
 彼が少名毘古那にれられるのも、うなずける気がした。

「なんだ、大国主が来てるのか」

 いつの間にか祓戸がそばに立っていた。

「うん、なんか、地面の裂け目から現われた」

 詩が教える。

「だったら俺の出る幕はないな」
「ミンくんは?」
「あっちの建物に避難してる」
「そっか……」

 会話はそれだけで終わってしまい、あとはただ、大国主による禍津日神の解体ショー、本人の言うところの“掃除”の見学となった。

「おー、きれいに霧が晴れたな」

 祓戸がパチパチと手を叩く。

「穴もきれにふさいでよね」

 そう言ったのは少名毘古那だった。
 大国主は恋人の冷たさにもの言いたげな顔をしながらも、大人しく従う。
 裂けたコンクリートのブロックをパズルみたいに組み合わせ、元の状態に近い形に戻した。
 それから剣を両手で掲げる。
 すると辺りが光りだし、詩がまぶしさにまばたきするうちに地面の裂け目はなくなっていた。

「すごい……」
「これくらいの奇跡なら起こしても問題ないだろう」

 詩のつぶやきに、大国主はばつが悪そうに答える。
 あまり派手な奇跡を起こすのはよろしくないのか。

「自分でしたことの後始末なんだから、天之御中主あめのみなかぬしから怒られる時はひとりで怒られてね」

 少名毘古那はその熱いまなざしとは裏腹に、さっきからツンツンした態度を崩さない。
 大国主に対してはいつもこんな感じなんだろうか。
 好きなのに素直になれない少名毘古那と、彼のツンを真に受けて尻に敷かれている大国主。そしてその鈍感さにイラついてしまう少名毘古那。詩はなんとなく2人の関係性を察した。

「もっと素直になればいいのに」

 思わずつぶやくと、少名毘古那からギロリとにらまれる。

「僕はいつでも素直だよ」
「そうかなあ……」
「行こう。さっき僕がボール落としたから、罰ゲームだよね? なんでもする」

 彼はうつむき加減で来て、詩の手を取った。

「えっと、そうだっけ?」

 そういえば地面が揺れた時、詩が打ち返して、少名毘古那は打ち返さずにコートを飛び出していったんだ。
 詩はハッとしながら立ち止まり、行こうとする少名毘古那の手を引き寄せた。

「だったら罰ゲームはこうしよう。大国主さんに好きって言って」
「えっ……?」

 少名毘古那が聞き返す。

「罰ゲームは痛いことか恥ずかしいこと。少名毘古那さんが言ったんだよ」
「言ったけど……」
「だったら言ってよ」

 詩と、それから大国主の視線を受けて、少名毘古那の顔がさっと赤くなった。

「なんで僕が大国主に――」
「ただの罰ゲームだよ」

 詩はつとめて明るく言う。
 少名毘古那はどんな行動に出るのか。
 固唾を呑んで見守る詩の前で、彼はまっすぐに大国主を見上げた。

「そんなの……好きに決まってるじゃないか!」

 少名毘古那は真っ赤になって怒っている。
 いや、この顔は怒ってるんじゃなくて恥ずかしいのか。
 なんともいえない沈黙。
 大国主は黙って少名毘古那を見つめたあと、ぽつりと言った。

「今夜忍んでいく」

 それからすっと視線を外し、どこかへ行ってしまう。

(えーっと、これはそういう意味でいいんでしょうか?)

 見ていて恥ずかしくなってしまう詩の隣で、少名毘古那は真っ赤な顔のまま口をぱくぱくさせていた。

「どうしよう……」
「え……?」
「ン百年ぶりなのに……。僕、ちゃんとできるかな?」

 繋いだままの手から、少名毘古那のあせりと興奮が伝わってくる。

「大丈夫だよ」

 詩は思わずニヤけてしまった。

「自信ない! オニーサン予行練習させて!」
「予行練習!?」

 聞き返す声が裏返る。

「お願いっ! この前めちゃくちゃ御利益さずけたでしょ?」
「そんなこと言われても」
「おまえな……、俺の詩をなんだと思ってるんだ」

 額に青筋を立てた祓戸から、繋いでいた手を引きがされた。

「帰るぞ詩! ミンすけ回収して、それから店でコーヒーれてくれよ。俺は疲れた」
「うん、そうだね……」

 詩だってコーヒーを飲んで落ち着きたい。

「あっ、僕もオニーサンのコーヒー飲みたい!」

 少名毘古那がまた手を握り直してついてきた。

「クソガキ、さっきから気安く詩に触んな!」
「うるさいなあ、オニーサンは祓戸のじゃないでしょ。キスしたくらいで彼氏ヅラとかイタイから」
「こンのやろ……」

 相変わらず神さまたちは騒がしい。
 そして、今日も平和だ。
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