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第3章 少名毘古那の神

10,罰ゲームっていったら……

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「え、すごいことって何……?」
「聞くの? 野暮だなあ……。僕がなんのためにオニーサンをここまで連れてきたと思ってるの?」
「何のためにって……えっ?」

 詩はあわてて立ち上がり、河川敷ののどかな景色を見回す。
 少名毘古那はアイスクリームを食べ終え、スタスタと道を歩き始めた。

「多分オニーサン、あんまり慣れてないと思うから、僕がリードしてあげるね? でも僕、夢中になるとめちゃくちゃ相手のこと揺さぶっちゃうんだ。やり過ぎちゃったらごめん。けどきっと楽しいし、最後はお互いにいい汗かいてスッキリすると思う」
「ごめん、話が見えないんだけど……」

 少名毘古那が意味ありげな笑みを見せる。
 そこで木々の向こうにテニスコートが見えてきた。

「もしかして、いい汗かいてスッキリすることって……」
「うん、テニス。もっとエロいこと考えた?」

 彼は二ヤニヤ笑いながら、詩の脇腹をひじでつついてくる。

「考えたよ……。わざとそういうニュアンスで言ったでしょ」
「それはもちろんわざとだよ。気があるってことはアピールしてかなきゃ」
「アピールされてるのか、僕は……」

 上機嫌で歩いている彼の横顔を、詩はなんとも言えない思いで眺めた。

「でも少名毘古那さんには大国主さんがいるんだよね」
「大国主とはずいぶんセックスしてないって言わなかったっけ?」

 のどかな昼間の景色に似つかわしくない話題だ。

「言ってたね。でも彼の気を引きたいんだよね……?」

 聞くと少名毘古那は、拗ねた表情で詩の腕を引き寄せてくる。

「それとこれとは別。僕は冷たいアイスクリームも好きだし、ほかほかのパイも好きなんだよ」

(つまり別腹って意味?)

 詩は首をひねった。
 だいたい大国主は、今日のデートのことを知っているんだろうか。
 彼が知らないなら、このあとバッタリ、なんてことにならない限りこのデートに意味はない。
 となると祓戸が言っていた通り、少名毘古那はデートを口実に詩をおびき出したんだろうか?
 それとも彼は、このあと大国主と会うことを確信しているんだろうか?
 考えているうちに、テニスコートの受付に到着した。

「さーて、オニーサンのことコートでヒーヒー言わせてやろ♪ 這いつくばって『もう許して』って言うとこ見てみたいなっ」
「少名毘古那さんってサディストだよね……」
「うん、よく言われる」

 彼は貸しラケットを振りながら、機嫌良く答える。

「けど僕もテニスは初めてじゃないからね。どこまでついていけるかわからないけど、自分からギブアップはしないつもり!」

 詩も気合いを入れて体をほぐし、コートに出た。

「じゃあ軽くラリーからいってみよう!」

 少名毘古那が軽やかにボールを投げ上げ、ネットの向こうから打ってくる。
 詩も打ち返す。
 何度か肩慣らし程度のラリーが続いた。

「いいね、じゃあこれは取れるかな?」

 少名毘古那がニヤリと笑った。
 コートの隅に、射るようなボールが落ちる。

「まだまだ!」

 次は同じようなショットを詩が拾った。

「やるねえ、案外楽しませてくれる……」

 少名毘古那の目の色が変わった。彼を取り巻く空気がキンと引き締まる。

「走れ! もっと! 次落としたら罰ゲームだから!」
「罰ゲームって何!?」

 詩は両手で打ち返した。

「罰ゲームっていったら、痛いことか恥ずかしいこと! 相場が決まってるでしょう!」

 少名毘古那も打ち返してくる。
 男の子らしい野蛮さだ。でも、面白い。

「いいよ、そっちも覚悟しといてね!」

 本気の打ち合いになっていた。
 その時だった。
 地面が揺らぐような感覚があり、詩はボールを打ち返しながら辺りを見回す。

「……っ、なんだ!?」
「地震!?」

 別のコートで人が叫んだ。

(違う……、きっとただの地震じゃない!)

 また大きく揺れが来て、詩は立っていられずにラケットを持つ腕を地面につける。
 ゴロゴロと不吉な音が響いた。そして人の悲鳴とざわめき。
 通路を挟んで向こうの駐車場で、地割れが起きていた。

「あれって……!?」

 ぱっくりと露出した地面の裂け目から黒い霧が立ちのぼり――。

禍津日神まがつひのかみ!」

 少名毘古那がテニスラケットを投げ出し、そちらへ駆けていった。
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