珈琲ガレット調布店 不器用な神さまたちの戯れ

谷村にじゅうえん

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第3章 少名毘古那の神

8,尾行

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 改札前の人混みで、ソンミンが手招きする。

「祓戸さん遅いですって! 店長たち行っちゃいますよ?」
「ミンすけお前、尾行にしては声でけえだろ……」

 祓戸は呆れながらソンミンのそばまで行った。

「それで詩たちは?」
「あそこです!」

 彼の指さす先で詩と少名毘古那が、電車の切符を買っていた。
 ふたりで自動券売機を覗き込む姿は、いかにも仲睦まじげだ。

「何やってんだよ少名毘古那のやつ。神に切符は要らねえだろ」

 祓戸がぼやいた。

「僕たちは先回りして改札通りますよ?」

 ソンミンは定期券をタッチして改札をくぐっていく。
 祓戸はその場からすうっと消えて、当たり前みたいな顔で改札の向こうに姿を現わした。それに気づく人間は誰もいない。

「どこいくんだろうな、あいつら。ミンすけ聞いてねーのか?」

 祓戸に聞かれ、ソンミンがしれっと答える。

「いえ、それは聞いてません。でも昨日の昼頃店長のスマホを見たら、当日のプランは向こうが考えてるってなってましたよ」
「おい。なんでお前が勝手に詩のスマホを見るんだよ。セキュリティどうなってんだ。少名毘古那のやつも、何スマホとか使ってるんだ。人間か……!」

 ぼやく祓戸の隣で、ソンミンは胸を張っている。

「僕は店長のこと1年もウォッチしてますから、スマホのパスワードくらいわかります。あとIT技術は生活を豊かにするものなので、神さまも積極的に使ったらいいと思います。っと、店長たち来ましたよ!」

 詩と少名毘古那が改札をくぐってきて、ソンミンたちは柱の陰に隠れた。

「あああっ! なんで手なんて繋いでるんですかあっ!? 僕のてんちょーが!!」

 手を繋ぐふたりの後ろ姿を見て、ソンミンが柱の陰で歯がみする。

「落ち着けミンすけ、尾行の意味がなくなる……」

 それにしても、制服姿の少名毘古那と手を繋いでいると、詩の方まで男子高校生みたいだ。
 キュートなカップルに、近くを通る女性たちがざわめいていた。

「うううう、うらやましすぎる……あそこにいるべきは僕のはずだ……」
「こういうのを見ることになるって、お前だってわかって付いてきたんだろ。耐えろ」

 祓戸がこめかみを押さえながら言った。

 そもそも、尾行を言いだしたのはソンミンだった。
 止めてもデートを強行するらしい詩のことが気になって、祓戸の神に声をかけたのだ。

『祓戸さん、敵は神さまなんですから、何かあったらあなたが戦って店長を奪い返してください! コーヒーチケット10枚あげますから』

 そんなソンミンの話に、祓戸が乗ったというわけだ。
 祓戸としても詩と少名毘古那のことは心配で、遠巻きに見ているつもりはあったから一石二鳥だ。
 ただ、騒がしいソンミンと行動を共にするのは疲れる。
 今それに気づいて後悔しかけているところだ。

「行くぞ、ミンすけ。あいつら階段を下っていった」

 二人は距離を開けて、詩たちのあとを追った。

 *

 それから電車に乗り、ひと駅先で詩たちは降りた。

「ねえ。さっきから付いてきてるのって、オニーサンのファンクラブか何か?」

 自動改札機に切符を入れながら、少名毘古那がちらっと後ろを見る。

「うちのバイトの子なんだけど、ごめん、ついてきちゃったみたい」

 詩は前を向いたまま小声で答えた。

「追い払うのも可哀想だし、そんなことして大人しく言うことを聞く子じゃないから、気づかないフリしててくれる?」
「りょーかい。あああと、気づいてないみたいだけど祓戸もいるよ?」
「え、本当に……?」

 少名毘古那の言葉に、詩は思わず振り返る。
 が、祓戸の姿は見つからない。

「さすが神さま、気配を消すのがうまいな……」
「人間の子の方が、気配を消すのが下手すぎるんでしょ」

 少名毘古那が呆れ顔で言った。

「僕にいい考えがある。オニーサン、ちょっとこっち来て」

 改札を抜けたところで、少名毘古那が詩の腕を引っ張る。

「え、何?」
「はいこれ……!」

 改札前の柱の陰に連れていかれて、小さな手鏡を渡された。
 神さまなのにDKファッションを着こなす彼だ。手鏡を持っているのもさもありなん、といったところか。
 思わず感心していると……。

「鏡見てて」

 少名毘古那がささやき、詩のほおにキスをしてくる。

(えええっ!? なっ、なになに!?)

 声をあげそうになる詩の目の前で、鏡に何か映った。

「祓戸みっけ」

 耳元で少名毘古那が笑う。
 姿を消して付いてきていたらしい祓戸が、一瞬鏡に映ったのだ。
 あとから改札を抜けようとしていたソンミンの方は、動揺のあまり自動改札にぶつかっている。

「僕がオニーサンにこういうことすると、祓戸も動揺するんだね。おもしろーい♪」
「えーっと、僕もびっくりするからやめてくれる?」

 彼がまた頬に唇を押しつけてくるので、詩はやんわりと距離を取った。
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