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第2章 疱瘡の神

閑話,神さまたちのハロウィン①

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「そういえばこのお店、今年はハロウィンしないんですか?」

 客からそう聞かれた時、ソンミンは思わず悲鳴をあげた。

「てんちょー大変です! ハロウィンは明日ですよ!!」
「そうだね……」

 テーブルの上を拭きながら、詩は小さな声で答える。

「商店街の会合で、今年は自粛の方向でってことになったんだ」
「でも……それは商店街全体では何もしないってことでしょう? ここのお店で何かやるのは自由なはずじゃないですか」

 ソンミンは食い下がってくる。

「乗っかれるものには乗っかりましょうよ! 特にうちは今月ヤバイんですし」
「それ、お客さんの前で言わないでね?」

 詩はにこにこ顔のまま、ソンミンの唇を人差し指でふさいだ。
 しかし彼の言うとおり、この前の臨時休業の影響で、今月の売り上げはかなりマズいことになっている。宣伝の機会を逃すべきでないという彼の判断は正しい気がした。
 そこで詩は提案する。

「キャンディでも配る? 店の宣伝を兼ねて」

 去年はハロウィン限定メニューを用意したが、今回そういう手の込んだことは難しい。でもちょっとしたお菓子を配ることくらいならできるだろう。

「やりましょう! 仮装して配るのはどうですか?」

 そう言いながらソンミンは手の指を下に向け、もう幽霊のポーズを取っていた。
 それから客がいなくなったところで珈琲ガレット調布店の緊急会議が始まる。

「仮装は……そういえば前に使ったヴァンパイアの衣装が」
「ヴァンパイア! いいですねえ!」
「でも土曜日だからなあ……」
「土曜じゃダメなんですか?」
「まあまあお客さんの入る日だし、仮装してる時間がないかもしれないと思って。どうしよう……」

 言いながら詩は店内を見回した。するとあるアイデアがひらめく。

「そうだ」
「なんですか?」
「いや、やっぱりそれはないか……」
「ええっ、自己完結せずちゃんと言ってくださいよ!」

 ソンミンがしつこく言うので、詩は店の奥を目で示した。
 そこでは祓戸はらえどの神と疱瘡ほうそうの神が、椅子ひとつを挟んで並んで座り、飲み物をすすっている。
 ちなみに祓戸が飲んでいるのはコーヒーだが、疱瘡の神が飲んでいるのはノンアルコールビールだった。どうしてもと酒を所望する彼のために、詩が買ってきたものだ。

「なるほど、昼間っから暇な大人がふたりもいる!」

 ソンミンが手のひらに拳を打ち付ける。するとふたりがぱっとこっちを向いた。

「なんだが知らんが俺を巻き込むなよ!」
「ミンすけ、俺とこいつをセットで扱うなよ!」

 その反応は、もう息が合っているとしか言いようがなかった。
 詩がソンミンに耳打ちする。

「あのふたりが素直に働くなんて、僕には想像つかないんだけど……」
「いや、働かせましょう! 僕に任せて!」

 ソンミンが胸をたたいた。

「祓戸さん、あなたの今までのコーヒー代を概算するとですね……」

 彼は祓戸の前まで電卓を持っていってそれを叩き始める。

「750円のブルーマウンテンを飲みに、だいたい週5で来てますよね? ざっと1カ月で1万5000円になりますよ?」
「カネなんか持ってねーよ!」

 祓戸が被せ気味に言い返した。だがソンミンは無視して続ける。

「東京都の最低賃金が1030円なので、仮に1100円で計算しましょう。おふたりで1日働いていただければ1万5400円。店への負債をきれいさっぱり清算することができます。悪くない話でしょう? 店長の役に立てて、その上、晴れて店のお客様っていう立場になれるんですから」
「ムムム……」

 ソンミンの早口に思考が追いついてこないのか、祓戸がしかめっ面で押し黙った。
 代わりに疱瘡の神が声をあげる。

「おい、“ふたり”って俺まで頭数に入れてないか? 祓戸の借金返済に付き合う義理なんか俺にはないし、そもそもこんな酔っ払いに練り歩かれても店の宣伝にはならんだろ……」
「疱瘡さん、それアルコール入ってないよ?」

 中腰になって意見する彼を見て、詩が口を挟んだ。

「何……っ!? いい気分で飲んでたのに……」

 ビールグラスをのぞき込み、彼はガクンとうなだれる。
 一方の祓戸はこう主張した。

「神が悪魔の仮装なんておかしいだろ。そういうのは困る!」
「強情ですね……」

 ソンミンが眉間にしわを寄せる。
 そして話し合いは膠着状態に陥ろうとしていたが……。

「僕はかっこいいと思うけどな。祓戸のヴァンパイア」

 ぽつりとこぼしたひと言に、祓戸が反応する。

「マジか……」
「うん、僕は見てみたいな」
「うー……ん、まあ……仕方ねーな! 詩がそう言うなら」

 明日というごく近い未来が確定した瞬間だった。

「ちょっとー! 僕の巧みな話術による説得はなんだったんですかっ!?」

 ソンミンがふくれてみせる。

「いや、提案してくれたミンくんのお手柄だよ。明日は頑張ろう!」

 詩はソンミンの肩を叩いた。
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