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揺れるふたり
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「出発前にも言ったが念のため。この先の吊り橋は老朽化していて危険だから立ち入り禁止だ! 集合は13時。それだけ確認して昼休憩に行ってよし」
部長の俺の言葉に、登山部の部員たちはワッと湧く。朝からのトレッキングで腹を空かせていた彼らは、弁当を広げる場所を探して散らばっていった。
「それで白土は?」
そばにいた奴らに聞いてみる。白土は一年でもないのにふらっと入部してきた同級生で、細くてふわふわした、到底山男には見えない感じの男だ。今集合していた中に顔が見えなかったから嫌な予感がしていた。
「白土くん? 知らない。知ってる?」
「吊り橋の方に行ったよ! 部長に怒られるよって言ったんだけど、へらへら笑いながら行っちゃった」
「マジか、馬鹿……」
俺は額に手を当てる。あいつが入部して三カ月。あの紐のない風船みたいな男に、俺は密かに手を焼いていた。
「白土ー!」
名前を呼びながら、俺は吊り橋へ向かって駆けていく。道は舗装されていない山道だ。周囲は雑木林で見通しが悪い。
そんな景色の先に、綿菓子みたいな天パ頭が見えてきた。白土だ。
「おい、白土!」
「あ、部長」
やつは俺に気づいて小さく笑ったものの、先へ進む足を止めない。
「吊り橋は立ち入り禁止だって言っただろ! この先には吊り橋しかない」
「いいからいいから」
「よくねーよ!」
ポケットに手を入れて歩く細い背中が、俺との距離を保つように先へ先へと進んでいった。
俺は吊り橋の手前でようやくヤツの手首をつかまえる。
「おい、戻るぞ」
「あ~、捕まっちゃったか。でもここがゴールだ」
「ゴール?」
白土の視線は朽ちかけた吊り橋に向けられていた。
「吊り橋が見たかっただけなのか?」
「なかなか絶景じゃない?」
風に揺れる細い吊り橋。そのはるか下には白い小川。空は高く晴れ渡っていた。
こちらを振り向く彼の顔は笑っている。俺を見る瞳が宝石みたいに輝いていた。
「行ってみようよ部長。いや、宝田くん」
どうしてかヤツは俺を苗字で呼び直し、大股で吊り橋の先へと進んでいく。
「えっ、おい!」
手首をつかんでいた俺は引きずられた。橋を吊る荒縄がミシミシと鳴る。足下の板もギシリと音を立てた。
「危ないって!」
「大丈夫だよ。本当にヤバいならこんなふうに放置されてない」
「それはお前、行政を信頼しすぎだろ……事故ってからじゃ遅い」
部長らしく振る舞いたいのに、俺の声は足下の吊り橋みたいに不安を映して揺れる。それなのに同じ吊り橋にいる白土はニコニコと笑っていた。
こいつは危険を顧みずに俺をやたらとハラハラさせる。こんなことが今までにも何度かあった。
「お前はなんなんだよ! 俺を困らせるのがそんなに楽しいのか!」
俺は手首をつかんだまま、吊り橋の途中で足を踏ん張る。
「わっ!?」
白土が反動で体勢を崩した。
慌ててヤツの体を抱き留める。吊り橋が大きくしなった。
「……っ!」
白土が俺にしがみつく。さっきまでニコニコしていたのに、彼の胸の鼓動は早かった。
俺はそんな彼を抱き留めたまま、吊り橋の揺れが落ち着くのを待つことにする。
「本当に、なんでこんなところに来たんだよ」
「宝田くんが、追いかけてきてくれるかなーと思ったから」
「はあっ!? お前な……」
薄々そんな気はしていたけれど、計算高いのかガキなのか。
「俺と追いかけっこがしたかったのかよ!?」
俺の腕の中で、白土が小刻みに肩を震わせた。
「ご名答。でも追いかけているのは俺の方だ」
突然真剣みを帯びた声色にドキリとする。けれども彼はまた元の調子に戻り話題を変えた。
「宝田くん、吊り橋効果ってわかる? 不安定な状態にいる時、人は一緒にいる相手に恋愛感情を持ちやすくなるっていう……」
「聞いたことくらいは」
「その吊り橋効果を提唱した心理学者は実験のために、吊り橋の上に男女を乗せて、連絡先の交換をさせたんだって。吊り橋の上だと、普通の場所と比べて連絡先を教えてもらえる確率が2倍近くにまで跳ね上がる」
「本当ならすごいな……」
風が吹くせいで、俺たちの乗っている吊り橋の揺れはなかなか収まらない。白土の胸の鼓動も相変わらずだ。もしかしたら俺もドキドキしているんだろうか。
白土が続けた。
「それで宝田くん、連絡先教えてくれない?」
「あのな、今の前置きはなんなんだ。普通に言えば教える。同じ部の仲間なんだし」
「じゃあ俺と付き合って」
「……はぁっ!?」
驚いて見ると、腕の中の男はニヤニヤと笑っていた。
「もしかして俺が入部した理由に気づいてない? 鈍いなー。普通好きでもない人を相手に、ここまで構ってちゃんにはならないって」
なんだかいろいろと腑に落ちて、今度は俺の方が倒れ込みそうになってしまった。
「その話は……今度揺れていないところで話そうか」
「残念! せっかく部長をこんなとこまで誘導してきたのに」
面倒くさいヤツなのに、白土の笑い顔はちょっとかわいい。
いや、俺がこの男にドキドキしているのは、きっとそういうんじゃない。
揺れるこの、吊り橋のせいだ。
―了―
部長の俺の言葉に、登山部の部員たちはワッと湧く。朝からのトレッキングで腹を空かせていた彼らは、弁当を広げる場所を探して散らばっていった。
「それで白土は?」
そばにいた奴らに聞いてみる。白土は一年でもないのにふらっと入部してきた同級生で、細くてふわふわした、到底山男には見えない感じの男だ。今集合していた中に顔が見えなかったから嫌な予感がしていた。
「白土くん? 知らない。知ってる?」
「吊り橋の方に行ったよ! 部長に怒られるよって言ったんだけど、へらへら笑いながら行っちゃった」
「マジか、馬鹿……」
俺は額に手を当てる。あいつが入部して三カ月。あの紐のない風船みたいな男に、俺は密かに手を焼いていた。
「白土ー!」
名前を呼びながら、俺は吊り橋へ向かって駆けていく。道は舗装されていない山道だ。周囲は雑木林で見通しが悪い。
そんな景色の先に、綿菓子みたいな天パ頭が見えてきた。白土だ。
「おい、白土!」
「あ、部長」
やつは俺に気づいて小さく笑ったものの、先へ進む足を止めない。
「吊り橋は立ち入り禁止だって言っただろ! この先には吊り橋しかない」
「いいからいいから」
「よくねーよ!」
ポケットに手を入れて歩く細い背中が、俺との距離を保つように先へ先へと進んでいった。
俺は吊り橋の手前でようやくヤツの手首をつかまえる。
「おい、戻るぞ」
「あ~、捕まっちゃったか。でもここがゴールだ」
「ゴール?」
白土の視線は朽ちかけた吊り橋に向けられていた。
「吊り橋が見たかっただけなのか?」
「なかなか絶景じゃない?」
風に揺れる細い吊り橋。そのはるか下には白い小川。空は高く晴れ渡っていた。
こちらを振り向く彼の顔は笑っている。俺を見る瞳が宝石みたいに輝いていた。
「行ってみようよ部長。いや、宝田くん」
どうしてかヤツは俺を苗字で呼び直し、大股で吊り橋の先へと進んでいく。
「えっ、おい!」
手首をつかんでいた俺は引きずられた。橋を吊る荒縄がミシミシと鳴る。足下の板もギシリと音を立てた。
「危ないって!」
「大丈夫だよ。本当にヤバいならこんなふうに放置されてない」
「それはお前、行政を信頼しすぎだろ……事故ってからじゃ遅い」
部長らしく振る舞いたいのに、俺の声は足下の吊り橋みたいに不安を映して揺れる。それなのに同じ吊り橋にいる白土はニコニコと笑っていた。
こいつは危険を顧みずに俺をやたらとハラハラさせる。こんなことが今までにも何度かあった。
「お前はなんなんだよ! 俺を困らせるのがそんなに楽しいのか!」
俺は手首をつかんだまま、吊り橋の途中で足を踏ん張る。
「わっ!?」
白土が反動で体勢を崩した。
慌ててヤツの体を抱き留める。吊り橋が大きくしなった。
「……っ!」
白土が俺にしがみつく。さっきまでニコニコしていたのに、彼の胸の鼓動は早かった。
俺はそんな彼を抱き留めたまま、吊り橋の揺れが落ち着くのを待つことにする。
「本当に、なんでこんなところに来たんだよ」
「宝田くんが、追いかけてきてくれるかなーと思ったから」
「はあっ!? お前な……」
薄々そんな気はしていたけれど、計算高いのかガキなのか。
「俺と追いかけっこがしたかったのかよ!?」
俺の腕の中で、白土が小刻みに肩を震わせた。
「ご名答。でも追いかけているのは俺の方だ」
突然真剣みを帯びた声色にドキリとする。けれども彼はまた元の調子に戻り話題を変えた。
「宝田くん、吊り橋効果ってわかる? 不安定な状態にいる時、人は一緒にいる相手に恋愛感情を持ちやすくなるっていう……」
「聞いたことくらいは」
「その吊り橋効果を提唱した心理学者は実験のために、吊り橋の上に男女を乗せて、連絡先の交換をさせたんだって。吊り橋の上だと、普通の場所と比べて連絡先を教えてもらえる確率が2倍近くにまで跳ね上がる」
「本当ならすごいな……」
風が吹くせいで、俺たちの乗っている吊り橋の揺れはなかなか収まらない。白土の胸の鼓動も相変わらずだ。もしかしたら俺もドキドキしているんだろうか。
白土が続けた。
「それで宝田くん、連絡先教えてくれない?」
「あのな、今の前置きはなんなんだ。普通に言えば教える。同じ部の仲間なんだし」
「じゃあ俺と付き合って」
「……はぁっ!?」
驚いて見ると、腕の中の男はニヤニヤと笑っていた。
「もしかして俺が入部した理由に気づいてない? 鈍いなー。普通好きでもない人を相手に、ここまで構ってちゃんにはならないって」
なんだかいろいろと腑に落ちて、今度は俺の方が倒れ込みそうになってしまった。
「その話は……今度揺れていないところで話そうか」
「残念! せっかく部長をこんなとこまで誘導してきたのに」
面倒くさいヤツなのに、白土の笑い顔はちょっとかわいい。
いや、俺がこの男にドキドキしているのは、きっとそういうんじゃない。
揺れるこの、吊り橋のせいだ。
―了―
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