獣人アイスクリーム 獣人だらけの世界で人間のボクがとろとろにされちゃう話

谷村にじゅうえん

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 男がスマホのホームボタンに親指を重ねた。
 彼は類の裸の写真をどこかへ送ろうとしているらしい。

「ってことで道を空けてもらおうか。兄ちゃんたち」

 男がみんなを見回しほくそ笑む。
 けれども帝が引かなかった。

「こんな大それたことをしておいて、逃げられるとでも思ってるんですか? 我々はアナタの顔を見ています。悪あがきはやめて自首しなさい」
「いいのか? そうやってイキがってると、おまえらでこいつの将来潰すことになるぞ?」

 男がスマホを掲げてみせる。

「ほらどけよっ!」
「……っ!」

 帝の顔に、動揺の色がのぞいた。
 その瞬間を見逃さず、男が強行突破しようとする。

「待って!」

 止めたのは類だった。

「おじさん、待って!」

 ようやく拘束の解けた腕で、類は男の腕にすがりつく。

「なんだよ!?」

 男が類を振り払おうとした。
 けれども類は彼の腕を放さなかった。

「ごめんなさい! おじさんを悲しませたことは謝ります! おじさんも、白熊乳業が大好きだったんですよね? 大事な会社を失って、悔しかったと思います。きっと思い出の味もあったでしょう? それを失ってしまったら、取り返しがつかない……」
「あっ……。そうか、あいつ前の社長の……」

 類の話で、虎牙たちも男の正体に気づいたようだった。
 類は続ける。

「でも、今はぼくたちがおじさんの大事な会社を守ってるから……だから許してください。おじさんの、思い出の味も取り戻したいです」
「おいっ、そんなんじゃねーぞ! 勘違いするな! 大事な会社とか思い出の味とか……全然違う! 単なる金の恨みだ」

 男が類を押しのけた。

「だったら、お金で水に流してくれるんですか?」

 類がめげずに男の腕をつかむ。

「類さん!」

 帝が止めた。

「こんなやつ、警察に引き渡せばそれで終わりです」
「だとしても、ぼくはそうしたくない。この人が白熊乳業の元の持ち主なら、同じ会社を守ってくれていた人でしょ。会社を守るのがどんなに大変なことかって、ぼくはもう知ってる」

 男がうつむき、唇を噛んだ。
 それから彼はわめき散らす。

「くそっ、なんなんだこの甘ちゃんは! “大好きな会社”だとか“思い出の味”
だとか! 会社は遊びじゃねーんだぞ。おいおまえら、こんなやつに会社を任せていいのかよ!? 速攻で潰しちまうぞ!?」
「ううん、ぼくは会社を潰さない! ぼくが、ちゃんと守る……あなたの分も」

 類は胸に手を当てて、男に訴えかけた。

 *

 結局男は類の写真を消してくれて、類たちも男を見逃した。

 帝の運転する車に揺られながら、冬夜が言う。

「さっきの類っち、かっこよかったよな~。オイラ惚れ直しちまったよ」
「かっこよかったですね。でも全裸でしたね……」
「服着てたらいいシーンだったのになあ」

 帝と虎牙がうなった。
 類は帝の隣、助手席で小さくなる。

「カッコよかったどころかごめんなさい。元はといえば、ぼくの不注意で……」
「とはいえ防ぎ切れるものでもなかったでしょう。類さんには立場上これからも危険が伴うでしょうし、いっそボディガードでもつけますか」

 フロントガラスをにらんだまま、帝が言った。

「帝チャンがボディガードなんじゃねーの?」
「オイラもそう思ってた」

 そんなふたりに、帝はしれっと言う。

「私は戦えませんから」
「だったら殺し専門かー」
「帝チャン、殺し屋みたいな目えしてたもんな」

 後部座席で冬夜たちが頷き合った。

 彼らが言い合うのを横で危機ながら、類は車窓を流れる夜の海を見ていた。
 穏やかな波が月明かりを受け、キラキラと星のように輝いている。
 そこから水平線を挟み、空には無数の星がきらめいていた。

「きれい……。こんな景色、新集ここじゃなきゃ見られないよね。ぼくはずーっとここにいたい」

 逃げ出したいと思っていた土地が、いつの間にか大好きな場所に変わっていた。
 類はその事実に胸を満たされる。

「いてくれよ」

 後部座席から虎牙が言った。

「一緒に逃げるのもいいけどさ、できれば俺もここにいたい」
「虎牙さんがそう言ってくれてよかった」

 類は運転席の帝に目を向ける。
 そして胸に引っかかっていたことを口にした。

「あのね帝さん、あの名刺、やっぱりもらえる?」
「え、副社長の名刺ですか?」

 彼がこっちを向いた。

「うん、それ」

 まだ自信を持って副社長の名刺が出せるかわからないけれど、ちゃんと持っておきたかった。ぼくが会社を守る――その言葉を現実にするために。

「おー、類っちもついに副社長か」

 冬夜が口笛を吹く。

「そんでオイラが副社長夫人?」
「なんでおまえなんだよ」
「え、兄貴もそこ狙ってんのかよ」
「俺ら結婚の約束してるもんな、類」
「え……?」

(してたっけ? プロポーズはされたけど……)

 うんと言ってしまいたいけれど、帝がいる場所ではやぶ蛇だ。

「その話はまた今度!」

 逃げるように窓を開けると、涼しい夜風と潮の香りが優しく頬をくすぐる。
 ホワイトベアークリームの看板が見えてきた。海の景色に似合う角丸の筆記体が、キラキラときらめいている。

(ぼくらの会社が、永遠でありますように)

 永遠なんてものはないけれど、それでもそう願いたくて、類は空の星に思いを託した――。

#本編ここまで
#お読みいただき誠にありがとうございました!
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