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57,副社長の名刺
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――数日後の社長室。
「類さん、シングルベアーの件で、またあなたに取材の問い合わせです」
電話の子機の通話口を手でふさいだ帝が、類を振り返る。
「え、また?」
「はい。これで何件目でしたか……。折り返しでいいですか?」
「ううん、出るよ」
心配そうな帝に笑顔を見せ、類は受話器を受け取った。
「白石です。……はい。お問い合わせありがとうございます」
テレビ新集のローカルニュースが全国のニュースでも紹介されると、類のところには取材の依頼が殺到した。
ホワイトベアークリームという地方企業のがんばりと、“キュートな犬型獣人の白石さん”による体当たりのアピールが世間から好意的に受け取られたんだろう。
新商品“シングルベアー”も、発売前にして話題の商品となった。
「……承知しました。では日程の確認をしてメールでご連絡さしあげます」
類は電話の子機を耳に当てたまま頭を下げて、通話を切る。
「すごいですね。類さんの人気ぶりは。いったいどんな魔法をかけたんですか?」
子機を受け取りながら、帝がからかうように言った。
「何も……。ただテレビの取材を受けただけで……」
「それにしても、電話対応、取材の対応。しっかりできてるじゃないですか。あなたはそういうこと、苦手だと思っていました」
その通りだ。以前の類だったらこんなの絶対ムリだった。
でもなぜかできていた。
状況に身を任せる虎牙のフレキシブルさ、誰とでも気負わず話せる冬夜のテキトー力。いつの間にか彼らの影響を受けいきたのかもしれない。
帝からビジネスマナーのことをチクチク言われてきたのも、もちろんあるけれど。
「ぼくもちょっとは、会社の役に立ててるのかな……?」
ノートPCでスケジュール表を開きながら、類はつぶやく。
「そう思っていいんじゃないですか? ベアマンバーは定番品、季節商品ともども好調ですし、シングルベアーの方もこの調子なら心配ないでしょう。アナタの頑張りのおかげです」
帝が小さく笑って答えた。
そんな時、ふたりだけの社長室へ冬夜が入ってくる。
「よっ、類っち! 帝サン!」
彼はぬいぐるみをふたつ抱えていた。
類の目は、見慣れないそれに吸い寄せられる。
「なにそれ?」
「ふふ、見てろよ♪」
冬夜がぬいぐるみのお腹を押した。
『私はホワイトベアーマン! 正義のゆるキャラヒーローだ』
ホワイトベアーマンをかたどったぬいぐるみから音が鳴る。
『がんばって! ホワイトベアーマン!』
犬型獣人のぬいぐるみからも声が出た。
「ホワイトベアーマンはわかるんだけど、そっちの犬型獣人は新キャラか何か?」
類が首をかしげる。
「何言ってる。こいつは類っちに決まってんだろー」
冬夜がにやりと笑った。
「“犬型獣人の白石さん”は、ホワイトベアーマン以来の人気キャラだろ? グッズ化するしかないと思ってさ。知り合いの玩具メーカーにサンプルを作ってもらったんだ」
「行動が早いですね。普段の提出物も、これくらい早いといいんですが」
帝が呆れ顔で言う。
「ホワイトベアーマンの方は前から頼んであったんだ。今回は販促費で作ったけど、これからはグッズ部門とか作って、こういうキャラクター商品を取り扱ってもいいんじゃないか?」
「その前に広報部でしょうね。今は社長室が兼ねていますが、これだけ取材が殺到するなら、広報というものを戦略的に考えていいはずです」
ふたりが口々に言った。
少し前のホワイトベアークリームではあり得ない会話だった。部門どころか、会社の存続自体が危ぶまれていたわけだから……。
「そうだ! “シングルベアー”の発売キャンペーンで、このぬいぐるみ使うってのはどうよ!?」
冬夜が手のひらに拳を打ち付けた。
「“白石さん”はSNSでも話題だしさ、絶対注目される! な、類、いいだろ?」
「うーん、このぬいぐるみを使うのは構わないけど……」
類は“白石さん”のぬいぐるみを持ち上げる。
類としては、自分をモデルにしたキャラクターがもてはやされるのは変な気分だ。それに、自分が会社の顔みたいに扱われていて大丈夫なのかなという気持ちもあった。
「ほんとにぼくでいいのかな? だって、いちバイトだよ?」
「いい加減、次期社長の立場を認めてはいかがですか?」
帝が真面目な顔で言った。
「社長に言われて、副社長の名刺も用意しているんです。なんなら取材の時に使ってください」
名刺の束が棚から出てきて、テーブルに置かれる。
「いいんじゃないか? 副社長。これからオイラたちを引っ張ってくれるのは類っちだ」
類より冬夜の方が嬉しそうな顔をした。
「ぼくがみんなを引っ張る……」
類は思わずうなる。それは類がここ、ホワイトベアークリーム社に連れてこられた理由でもあったのだが……。
『祖父がぼくに、会社を継げって言うんです!』
『へえ、そりゃあすごいな!』
『助けてください!』
出会った時の、虎牙部長との会話……。
結局類は、あの日の望みが叶わずここにいた。
(今のぼくには、会社とみんなが宝物だ。仕事も楽しい。でも……)
さすがに“副社長”の名刺は受け取れなくて、類はそれをそっと元の棚に戻した。
そんな矢先――。
「犬型獣人の白石さん?」
取材を受けた帰り、ビーチの暗がりで誰かに声をかけられる。
「え……?」
振り向くと、相手は狼か、ハイエナか……見たところ大型肉食獣をルーツに持つ獣人だった。
雑誌の記者か何かだろうか。けれども立ちはだかる彼の口からは、アルコール臭が香っている。
「話聞かせてくれないかな?」
「ごめんなさい。ぼくもう帰らなきゃで」
「なんだよつれないなあ。獣人の相手なんかできないってか? “人間の白石サン”は」
長い爪を持つ男の手が、類の肩を捕まえた。
(えっ、これヤバいよね!? 逃げなきゃ!)
身の危険を感じたときには遅かった。
ハンカチで口をふさがれ……。
(何これ……!?)
抵抗する余裕もなく、類の意識は遠のいていった――。
「類さん、シングルベアーの件で、またあなたに取材の問い合わせです」
電話の子機の通話口を手でふさいだ帝が、類を振り返る。
「え、また?」
「はい。これで何件目でしたか……。折り返しでいいですか?」
「ううん、出るよ」
心配そうな帝に笑顔を見せ、類は受話器を受け取った。
「白石です。……はい。お問い合わせありがとうございます」
テレビ新集のローカルニュースが全国のニュースでも紹介されると、類のところには取材の依頼が殺到した。
ホワイトベアークリームという地方企業のがんばりと、“キュートな犬型獣人の白石さん”による体当たりのアピールが世間から好意的に受け取られたんだろう。
新商品“シングルベアー”も、発売前にして話題の商品となった。
「……承知しました。では日程の確認をしてメールでご連絡さしあげます」
類は電話の子機を耳に当てたまま頭を下げて、通話を切る。
「すごいですね。類さんの人気ぶりは。いったいどんな魔法をかけたんですか?」
子機を受け取りながら、帝がからかうように言った。
「何も……。ただテレビの取材を受けただけで……」
「それにしても、電話対応、取材の対応。しっかりできてるじゃないですか。あなたはそういうこと、苦手だと思っていました」
その通りだ。以前の類だったらこんなの絶対ムリだった。
でもなぜかできていた。
状況に身を任せる虎牙のフレキシブルさ、誰とでも気負わず話せる冬夜のテキトー力。いつの間にか彼らの影響を受けいきたのかもしれない。
帝からビジネスマナーのことをチクチク言われてきたのも、もちろんあるけれど。
「ぼくもちょっとは、会社の役に立ててるのかな……?」
ノートPCでスケジュール表を開きながら、類はつぶやく。
「そう思っていいんじゃないですか? ベアマンバーは定番品、季節商品ともども好調ですし、シングルベアーの方もこの調子なら心配ないでしょう。アナタの頑張りのおかげです」
帝が小さく笑って答えた。
そんな時、ふたりだけの社長室へ冬夜が入ってくる。
「よっ、類っち! 帝サン!」
彼はぬいぐるみをふたつ抱えていた。
類の目は、見慣れないそれに吸い寄せられる。
「なにそれ?」
「ふふ、見てろよ♪」
冬夜がぬいぐるみのお腹を押した。
『私はホワイトベアーマン! 正義のゆるキャラヒーローだ』
ホワイトベアーマンをかたどったぬいぐるみから音が鳴る。
『がんばって! ホワイトベアーマン!』
犬型獣人のぬいぐるみからも声が出た。
「ホワイトベアーマンはわかるんだけど、そっちの犬型獣人は新キャラか何か?」
類が首をかしげる。
「何言ってる。こいつは類っちに決まってんだろー」
冬夜がにやりと笑った。
「“犬型獣人の白石さん”は、ホワイトベアーマン以来の人気キャラだろ? グッズ化するしかないと思ってさ。知り合いの玩具メーカーにサンプルを作ってもらったんだ」
「行動が早いですね。普段の提出物も、これくらい早いといいんですが」
帝が呆れ顔で言う。
「ホワイトベアーマンの方は前から頼んであったんだ。今回は販促費で作ったけど、これからはグッズ部門とか作って、こういうキャラクター商品を取り扱ってもいいんじゃないか?」
「その前に広報部でしょうね。今は社長室が兼ねていますが、これだけ取材が殺到するなら、広報というものを戦略的に考えていいはずです」
ふたりが口々に言った。
少し前のホワイトベアークリームではあり得ない会話だった。部門どころか、会社の存続自体が危ぶまれていたわけだから……。
「そうだ! “シングルベアー”の発売キャンペーンで、このぬいぐるみ使うってのはどうよ!?」
冬夜が手のひらに拳を打ち付けた。
「“白石さん”はSNSでも話題だしさ、絶対注目される! な、類、いいだろ?」
「うーん、このぬいぐるみを使うのは構わないけど……」
類は“白石さん”のぬいぐるみを持ち上げる。
類としては、自分をモデルにしたキャラクターがもてはやされるのは変な気分だ。それに、自分が会社の顔みたいに扱われていて大丈夫なのかなという気持ちもあった。
「ほんとにぼくでいいのかな? だって、いちバイトだよ?」
「いい加減、次期社長の立場を認めてはいかがですか?」
帝が真面目な顔で言った。
「社長に言われて、副社長の名刺も用意しているんです。なんなら取材の時に使ってください」
名刺の束が棚から出てきて、テーブルに置かれる。
「いいんじゃないか? 副社長。これからオイラたちを引っ張ってくれるのは類っちだ」
類より冬夜の方が嬉しそうな顔をした。
「ぼくがみんなを引っ張る……」
類は思わずうなる。それは類がここ、ホワイトベアークリーム社に連れてこられた理由でもあったのだが……。
『祖父がぼくに、会社を継げって言うんです!』
『へえ、そりゃあすごいな!』
『助けてください!』
出会った時の、虎牙部長との会話……。
結局類は、あの日の望みが叶わずここにいた。
(今のぼくには、会社とみんなが宝物だ。仕事も楽しい。でも……)
さすがに“副社長”の名刺は受け取れなくて、類はそれをそっと元の棚に戻した。
そんな矢先――。
「犬型獣人の白石さん?」
取材を受けた帰り、ビーチの暗がりで誰かに声をかけられる。
「え……?」
振り向くと、相手は狼か、ハイエナか……見たところ大型肉食獣をルーツに持つ獣人だった。
雑誌の記者か何かだろうか。けれども立ちはだかる彼の口からは、アルコール臭が香っている。
「話聞かせてくれないかな?」
「ごめんなさい。ぼくもう帰らなきゃで」
「なんだよつれないなあ。獣人の相手なんかできないってか? “人間の白石サン”は」
長い爪を持つ男の手が、類の肩を捕まえた。
(えっ、これヤバいよね!? 逃げなきゃ!)
身の危険を感じたときには遅かった。
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