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55,楽しい、難しい、面倒臭い
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“大人がワクワクするアイス”をコンセプトに開発された新商品は、『シングルベアー』と名付けられ、正式に売り出されることになった。
今日は試運転ということで、ビーチで無料配布することになっており、実際の販売に向けての問題点が洗い出される。
この日に向けてベアマンカーには、シングルベアー用のトッピングブースが設置された。
シングルベアーは客の注文にそってチョコレートコーティングを施し、フルーツやクッキー、チョコレートチップなどでトッピングする。いわばセミオーダーのチョコレートバーだ。
いろんな組み合わせが考えられるけれど、類のイチオシはチーズが隠し味のホワイトチョコに、ベリー系の各種フルーツのトッピングだ。
イラスト付きで“おすすめトッピングベスト3”のポップを制作し、類は息をついた。
「けど、こんな天気でホントにお客さん来てくれるんでしょうか?」
明らかに雲行きがあやしい。ベアマンカーの助手席から見る空には、鉛色の雲が立ちこめていた。天気のいい日ならともかく、今日はビーチに出る人も少ないだろう。
運転席から同じ空を見上げて虎牙が言う。
「ものは考えようだ。人が多いと配るだけで精いっぱいになっちまうし、こんくらいの天気の方がじっくり人を観察できていい」
「そうかもしれませんが……」
新米の類には虎牙のように、どっしりと構える心の余裕がなかった。今回のシングルベアーが、類が中心になって進めたプロジェクトだということもあって。
「いいなあ。虎牙さんは前向きで……」
類が思わずぼやくと虎牙は言う。
「後ろ向きになったって仕方ない」
「そうかもしれませんけど、ぼくは基本的に後ろ向きな人間ですから……」
「そんなことないだろ」
彼は笑っていた。
「え、虎牙さんはぼくが前向きな人間だと思っているんですか?」
聞くと意外な答えが返ってくる。
「右往左往しながら、後ろにも前にも進むのが類だろ。それで、俺らより遠くへ行く力を持ってる」
「なんですかそれ……。不思議な持ち上げ方ですね」
「持ち上げてるわけじゃない」
そんな話をするうちに他のスタッフの準備も完了し、ベアマンカーはくり出した。今日はシングルべアーのイメージに合わせ、クマ型獣人のアルバイトスタッフが2名このプロジェクトに配置されている。アイスバーにトッピングを施してくれるのは彼らだ。
サンプリングの許可をもらっているいつものビーチは、会社のすぐ目と鼻の先だ。あっという間に到着した。
のぼりを立てると、近所の人や、海遊びをあきらめヒマしているらしい観光客たちが集まってきた。
(出足はやっぱり鈍いなあ……)
ピンク色のえらを持つメキシコサラマンダー型の獣人が、あくびをしながらスタッフからの説明を聞いていた。夜行性の動物はもう眠りにつく時間なのか。
「注文の仕方を説明するのに、時間がかかってるよな。初めだから仕方ないか」
アンケート用紙を配る準備をしながら、虎牙が言う。
「ぼくも同じこと思ってました……。これだとなかなか、楽しさが伝わらない」
選べることは「楽しい」ことのはずなのに、それが「難しい」や「面倒臭い」になってしまってはマイナスだ。類はあせった。
「どうしよう……」
「どうしようって……説明するしかないんじゃないのか?」
「いや、他にも方法が……」
さっきポップを書くのに使っていたカラーマーカーがポケットから出てくる。
「そうだぼく、行ってきていいですか!?」
「え、行ってくるってどこへだよ?」
「会社です!」
類は持っていたアンケート用紙を虎牙に預け、会社へ駆け戻った。
息を切らしてエントランスをくぐる類を見て、冬夜が目を丸くする。
「どうした類っち、血相変えて! ビーチに出てたんじゃなかったのか?」
「そうなんだけど、ちょっと……」
「んん? ちょっとってなんだ?」
「ぼく、シングルベアーの注文の仕方を説明する図を書かなきゃで……」
類は廊下にあった会議用のホワイトボードに、図を交えた注文の手順を書き込んでいった。
「へええ、類っちって絵が上手かったんだな」
アイスバーやトッピングのクッキーのイラストを見て、冬夜がほめる。
「こんなの適当だよ。急がなきゃお客さん帰っちゃうし!」
相変わらず、見上げる空の雲行きはあやしかった。
「よし、できた!」
類はホワイトボードをエントランスから押し出し、祈る思いでビーチへ駆け出す。
「おおう、類っち、それごとビーチに持ってくのかよ! オイラも手伝うわ!」
冬夜も慌てて追ってきた。
今日は試運転ということで、ビーチで無料配布することになっており、実際の販売に向けての問題点が洗い出される。
この日に向けてベアマンカーには、シングルベアー用のトッピングブースが設置された。
シングルベアーは客の注文にそってチョコレートコーティングを施し、フルーツやクッキー、チョコレートチップなどでトッピングする。いわばセミオーダーのチョコレートバーだ。
いろんな組み合わせが考えられるけれど、類のイチオシはチーズが隠し味のホワイトチョコに、ベリー系の各種フルーツのトッピングだ。
イラスト付きで“おすすめトッピングベスト3”のポップを制作し、類は息をついた。
「けど、こんな天気でホントにお客さん来てくれるんでしょうか?」
明らかに雲行きがあやしい。ベアマンカーの助手席から見る空には、鉛色の雲が立ちこめていた。天気のいい日ならともかく、今日はビーチに出る人も少ないだろう。
運転席から同じ空を見上げて虎牙が言う。
「ものは考えようだ。人が多いと配るだけで精いっぱいになっちまうし、こんくらいの天気の方がじっくり人を観察できていい」
「そうかもしれませんが……」
新米の類には虎牙のように、どっしりと構える心の余裕がなかった。今回のシングルベアーが、類が中心になって進めたプロジェクトだということもあって。
「いいなあ。虎牙さんは前向きで……」
類が思わずぼやくと虎牙は言う。
「後ろ向きになったって仕方ない」
「そうかもしれませんけど、ぼくは基本的に後ろ向きな人間ですから……」
「そんなことないだろ」
彼は笑っていた。
「え、虎牙さんはぼくが前向きな人間だと思っているんですか?」
聞くと意外な答えが返ってくる。
「右往左往しながら、後ろにも前にも進むのが類だろ。それで、俺らより遠くへ行く力を持ってる」
「なんですかそれ……。不思議な持ち上げ方ですね」
「持ち上げてるわけじゃない」
そんな話をするうちに他のスタッフの準備も完了し、ベアマンカーはくり出した。今日はシングルべアーのイメージに合わせ、クマ型獣人のアルバイトスタッフが2名このプロジェクトに配置されている。アイスバーにトッピングを施してくれるのは彼らだ。
サンプリングの許可をもらっているいつものビーチは、会社のすぐ目と鼻の先だ。あっという間に到着した。
のぼりを立てると、近所の人や、海遊びをあきらめヒマしているらしい観光客たちが集まってきた。
(出足はやっぱり鈍いなあ……)
ピンク色のえらを持つメキシコサラマンダー型の獣人が、あくびをしながらスタッフからの説明を聞いていた。夜行性の動物はもう眠りにつく時間なのか。
「注文の仕方を説明するのに、時間がかかってるよな。初めだから仕方ないか」
アンケート用紙を配る準備をしながら、虎牙が言う。
「ぼくも同じこと思ってました……。これだとなかなか、楽しさが伝わらない」
選べることは「楽しい」ことのはずなのに、それが「難しい」や「面倒臭い」になってしまってはマイナスだ。類はあせった。
「どうしよう……」
「どうしようって……説明するしかないんじゃないのか?」
「いや、他にも方法が……」
さっきポップを書くのに使っていたカラーマーカーがポケットから出てくる。
「そうだぼく、行ってきていいですか!?」
「え、行ってくるってどこへだよ?」
「会社です!」
類は持っていたアンケート用紙を虎牙に預け、会社へ駆け戻った。
息を切らしてエントランスをくぐる類を見て、冬夜が目を丸くする。
「どうした類っち、血相変えて! ビーチに出てたんじゃなかったのか?」
「そうなんだけど、ちょっと……」
「んん? ちょっとってなんだ?」
「ぼく、シングルベアーの注文の仕方を説明する図を書かなきゃで……」
類は廊下にあった会議用のホワイトボードに、図を交えた注文の手順を書き込んでいった。
「へええ、類っちって絵が上手かったんだな」
アイスバーやトッピングのクッキーのイラストを見て、冬夜がほめる。
「こんなの適当だよ。急がなきゃお客さん帰っちゃうし!」
相変わらず、見上げる空の雲行きはあやしかった。
「よし、できた!」
類はホワイトボードをエントランスから押し出し、祈る思いでビーチへ駆け出す。
「おおう、類っち、それごとビーチに持ってくのかよ! オイラも手伝うわ!」
冬夜も慌てて追ってきた。
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