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53,ロミオとジュリエット
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虎牙へ、試作のことを知らせるメッセージを送ると、翌朝になって返事が来ていた。
『お手伝い作戦お疲れ様だな。みんなのために体張ってくれてありがとう』
遅く起きた類は、部屋でブランチを取りながら返信する。
『ぼくのお手伝いは関係なくて、工場長が自分の考えで動いてくれただけだよ。あの人は職人だから』
『だとしても類のこと見てたと思う。そんで工場長にも、類の頑張りに応えなきゃって気持ちはあったはず』
(だったらうれしい)
チョコレートクリームをぬったトーストをかみしめ、笑みがこぼれた。
『で、今おまえ何してんの?』
(え、ぼく?)
なぜかドキッとする。
それから何往復かのやりとりのあと、虎牙がビーチにいることがわかった。
(どうしよう……。会いに行きたい。でも迷惑かなあ……? 会いたかったら、向こうから誘ってくれると思うし……)
もやもやと悩んだ結果、類はじっとしていられなくなってしまい結局ビーチへ向かった。
まだ午前中だが、週末とあってビーチにはそこそこ人が出ている。
(虎牙さんは?)
ビーチ沿いの道の歩道を歩きながら、ざっと見渡してみても見つからない。
(え……、もう帰っちゃったとか?)
類は『来る』と言えないまま来てしまった自分を恨んだ。
(ああ……コミュ力……コミュ力が欲しい!)
とその時、パラソルの下のビーチチェアに座っている人の中に、それらしき姿を見つける。
上の道からはサンダルを履いたひざ下しか見えなかったけれど、わかってしまった。彼だ。
類は駆け寄りたい気持ちを抑えて近づいた。
そして。
「よお、類」
振り向いた虎牙は笑顔だった。
彼はビーチチェアで本を読んでいるところだったのに、どうして類が来たことわかったのか。
「えっ、なんで」
反射的に聞くと、虎牙は白い牙をのぞかせる。
「来るだろうと思ってたし、おまえの匂いくらいわかる」
「えええ……来ると思ってたなら誘ってくださいよー」
悩んだりドキドキしたり、落ち込んだりしてしまった類はなんだったのか。
苦情を言うと、虎牙は笑って教えた。
「俺だって、おまえが来るんじゃないかって考えてワクワクしたかったんだよ」
(そんなこと言われたら、ドキドキする……)
「ここ来いよ!」
彼が隣にあったビーチチェアを自分の方へ引き寄せた。
類は言われるままに腰を下ろす。
そしてそこから隣を見ると、虎牙の胸元へ目が行った。彼はポロシャツにハーフパンツ姿なのだが、そのポロシャツの胸のボタンが全開だった。
発達した胸筋が悩ましい。
「どした?」
「えっ、いや……」
そこばかり見ていてヘンに思われたのか。
類は違う意味でドキドキしながら別の話題を探した。
「えっと、その本、何読んでるんですか?」
虎牙が手にしていた本を指さす。
「なんだと思う?」
「え……なんだろ?」
カバーがかかった文庫本の、中身はちらりとも見えない。
「シェイクスピア。今読んでるのはロミオとジュリエット」
「えええっ、虎牙さん、そういうの読む人なんだ」
意外すぎてヘンな声をあげてしまった。
そんな類を見て、虎牙はニヤニヤしている。
「たまたまテレビで映画観て、そういや原作読んだことねーなって思って」
「なるほど……」
「知ってた? こいつら出会ってその日にキスして、翌日にはふたりだけの結婚式。そんで初夜」
「え、そういう話なんですか?」
「うん、若いっていいよな」
「いいですね」
しみじみと言う虎牙に、類もしみじみと答えた。
「でも、人生にはそれくらいの勢いが必要なのかも」
ひるがえってみると、出会ったその日に勢いで体を重ねてしまった自分たちの関係は、その後とくに発展していない。どうもお互いに好きみたいなのに。
「結婚する? 類……」
見つめていると彼が言った。その顔は笑ってもいないし思い詰めてもいなかった。
「でも、どうやって?」
類は本気にできないまま返す。
「まあいろいろと障害はあるだろうけどさ、こういうのは意思の問題じゃないかと思って」
(そっか、意思の問題……)
ビーチに来るとも言えずにいた類に、そんな大きな決断ができるんだろうか。ちょっと悩んでしまった。
「あの、ぼく……」
何か言おうとして、類はビーチチェアの上で居住まいを正す。
「前から思ってたんですけど……」
「うん……」
「できればその……虎牙さんとお付き合いがしたいです! あなたのことが好きなので……その時の気分じゃなく、ちゃんと付き合ってるって……そんなふうに思いたい……」
こういう時にスパッと言えたらいいのに。類はしどろもどろになってしまう自分が恥ずかしかった。
「んー……」
虎牙は思案顔になる。それからプッと噴き出すようにして笑った。
「なにそれ、可愛い」
「か、可愛いとかじゃなくて!」
隣のビーチチェアから身を乗り出してきた虎牙に、髪をぐりぐりとなでられた。
『お手伝い作戦お疲れ様だな。みんなのために体張ってくれてありがとう』
遅く起きた類は、部屋でブランチを取りながら返信する。
『ぼくのお手伝いは関係なくて、工場長が自分の考えで動いてくれただけだよ。あの人は職人だから』
『だとしても類のこと見てたと思う。そんで工場長にも、類の頑張りに応えなきゃって気持ちはあったはず』
(だったらうれしい)
チョコレートクリームをぬったトーストをかみしめ、笑みがこぼれた。
『で、今おまえ何してんの?』
(え、ぼく?)
なぜかドキッとする。
それから何往復かのやりとりのあと、虎牙がビーチにいることがわかった。
(どうしよう……。会いに行きたい。でも迷惑かなあ……? 会いたかったら、向こうから誘ってくれると思うし……)
もやもやと悩んだ結果、類はじっとしていられなくなってしまい結局ビーチへ向かった。
まだ午前中だが、週末とあってビーチにはそこそこ人が出ている。
(虎牙さんは?)
ビーチ沿いの道の歩道を歩きながら、ざっと見渡してみても見つからない。
(え……、もう帰っちゃったとか?)
類は『来る』と言えないまま来てしまった自分を恨んだ。
(ああ……コミュ力……コミュ力が欲しい!)
とその時、パラソルの下のビーチチェアに座っている人の中に、それらしき姿を見つける。
上の道からはサンダルを履いたひざ下しか見えなかったけれど、わかってしまった。彼だ。
類は駆け寄りたい気持ちを抑えて近づいた。
そして。
「よお、類」
振り向いた虎牙は笑顔だった。
彼はビーチチェアで本を読んでいるところだったのに、どうして類が来たことわかったのか。
「えっ、なんで」
反射的に聞くと、虎牙は白い牙をのぞかせる。
「来るだろうと思ってたし、おまえの匂いくらいわかる」
「えええ……来ると思ってたなら誘ってくださいよー」
悩んだりドキドキしたり、落ち込んだりしてしまった類はなんだったのか。
苦情を言うと、虎牙は笑って教えた。
「俺だって、おまえが来るんじゃないかって考えてワクワクしたかったんだよ」
(そんなこと言われたら、ドキドキする……)
「ここ来いよ!」
彼が隣にあったビーチチェアを自分の方へ引き寄せた。
類は言われるままに腰を下ろす。
そしてそこから隣を見ると、虎牙の胸元へ目が行った。彼はポロシャツにハーフパンツ姿なのだが、そのポロシャツの胸のボタンが全開だった。
発達した胸筋が悩ましい。
「どした?」
「えっ、いや……」
そこばかり見ていてヘンに思われたのか。
類は違う意味でドキドキしながら別の話題を探した。
「えっと、その本、何読んでるんですか?」
虎牙が手にしていた本を指さす。
「なんだと思う?」
「え……なんだろ?」
カバーがかかった文庫本の、中身はちらりとも見えない。
「シェイクスピア。今読んでるのはロミオとジュリエット」
「えええっ、虎牙さん、そういうの読む人なんだ」
意外すぎてヘンな声をあげてしまった。
そんな類を見て、虎牙はニヤニヤしている。
「たまたまテレビで映画観て、そういや原作読んだことねーなって思って」
「なるほど……」
「知ってた? こいつら出会ってその日にキスして、翌日にはふたりだけの結婚式。そんで初夜」
「え、そういう話なんですか?」
「うん、若いっていいよな」
「いいですね」
しみじみと言う虎牙に、類もしみじみと答えた。
「でも、人生にはそれくらいの勢いが必要なのかも」
ひるがえってみると、出会ったその日に勢いで体を重ねてしまった自分たちの関係は、その後とくに発展していない。どうもお互いに好きみたいなのに。
「結婚する? 類……」
見つめていると彼が言った。その顔は笑ってもいないし思い詰めてもいなかった。
「でも、どうやって?」
類は本気にできないまま返す。
「まあいろいろと障害はあるだろうけどさ、こういうのは意思の問題じゃないかと思って」
(そっか、意思の問題……)
ビーチに来るとも言えずにいた類に、そんな大きな決断ができるんだろうか。ちょっと悩んでしまった。
「あの、ぼく……」
何か言おうとして、類はビーチチェアの上で居住まいを正す。
「前から思ってたんですけど……」
「うん……」
「できればその……虎牙さんとお付き合いがしたいです! あなたのことが好きなので……その時の気分じゃなく、ちゃんと付き合ってるって……そんなふうに思いたい……」
こういう時にスパッと言えたらいいのに。類はしどろもどろになってしまう自分が恥ずかしかった。
「んー……」
虎牙は思案顔になる。それからプッと噴き出すようにして笑った。
「なにそれ、可愛い」
「か、可愛いとかじゃなくて!」
隣のビーチチェアから身を乗り出してきた虎牙に、髪をぐりぐりとなでられた。
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