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43,ベアマンバー オーロラ味

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 その日の午後――。

「よお、類っち~!」

 虎牙に呼ばれ、開発部へ向かっていた廊下の途中で、冬夜に声をかけられる。

「あっ、冬夜。大丈夫だった? 今朝のこと……」

 類は周囲を気にし、声をひそめた。

「類っちの方こそ大丈夫だったのか? 帝サンのお仕置き!」
「まあ……ぼくはこの通りなんだけど……」

 噛まれた小指をそっと見せる。

「うおあ! 怖い恋人だなー」

 冬夜は顔を引きつらせた。

「人から見えるところに歯型つけるのは、独占欲の表れだぞ?」
「恋人……。いや、付き合ってないし。本人も保護者だって言ってるよ」
「だとしても、あの人の独占欲は半端ないと思うぞ? オイラ昼休みに説教部屋に呼び出されたけど、類っちの自由恋愛は禁止で、いずれふさわしい相手と……とか言いながら泣きそうだったもん。あれは相当こじらせてる」
「そうかあ……」

 類としても頭の痛い話だ。

「ぼくはどうすればいいの……?」
「そうだなあ。寮でオイタをすれば高確率で帝サンに見つかるから、とりあえず遊ぶなら外だな!」

 冬夜は真顔でそんなアドバイスをした。
 類だってさすがに、あの部屋に人を呼ぶつもりはないけれど……。

「それは仕方ないとして、問題は“アイス禁止”の方だよね……」

 それに関しても、帝は譲ってくれなかった。

「何、アイス禁止になったの?」

 一緒に廊下を歩きながら、冬夜が驚いた顔をする。

「うん。昨日も言ったけど、ぼくには獣人用の添加物が合わなくて、ヘタするとああなっちゃうから……」
「まあ、アイス禁止は致し方ないよな」
「えっ? 冬夜もそう思う?」
「だってさ、考えてもみろよ。その気になった類っちを前に、オコトワリできる獣人なんてほぼいないだろ。そのうち類のとりこにされた者同士で、殺し合いが発生する。っていうか、真っ先にヤりかねないのは帝サンだ」
「………………」

 ないとは言い切れない。

「でもまあ安心しろ。オイラはオトナだからさ、類っちの相手が他に何人かいても構わないぞ」

 冬夜は笑いながら肩を叩いた。
 そこで、開発部のドアから虎牙が顔を出した。

「お、来たな類!」

 笑顔で手招きされる。

「虎牙さん」
「できてるぞ、例の。ベアマンバー、オーロラ味!」

 オーロラ味は前の会議で、類が思いつきで提案した、ベアマンバーの季節限定フレーバーだった。その試作品ができたらしい。

「え、見たいです!」
「オイラも!」

 冬夜も開発部の中までついてくる。

「これだ。なかなかいいだろ?」

 虎牙がバットに入れた試作品を、ミーティング用のテーブルまで運んできた。

「うわあ……」

 白い冷気を放つそれは、黒と鮮やかな黄緑色の、2色に彩られたアイスバーだった。アイスの中央で揺らめくように混じり合う、グラデーションがきれいだ。

「ホントにオーロラだぁ……!」
「これってつまり、何味なんスか?」

 感嘆の声をあげる類の隣で、冬夜が向かいの虎牙に聞く。

「黄緑色のオーロラが青リンゴ味、夜空の方はブドウ味だ」
「なるほど。ふたつの味が楽しめるならお得感がありますよね!」
「だろー!? 見た目やネーミングもいいし、俺もこれは絶対ウケると思う!」

 虎牙が胸を張った。
 類としても、自分の思いつきがこんなふうに形になってくれて嬉しい。

「すごく美味しそう! でも食べるのもったいないですね」
「ははっ、そう言わずに食べてみてくれよ」

 虎牙に勧められ、類は試作品に手を伸ばした。
 けれどもその手が止まってしまう。

(あっ、アイス禁止なんだった!)

「どうした?」
「えーと……」

 どう説明すればいいのか。アイスで発情する件は、虎牙部長にはあまり知られたくない。
 黙ってしまった類に代わり、隣で冬夜が口を開いた。

「類っちは今、アイス禁止なんスよ。獣人用のアイスで発情しちまう体質で、帝サンに止められてて」

 あっさり暴露されてしまった。

「う……。冬夜、そのこと……」
「え、もしかして秘密だった? 悪い……」

 試作品を囲んだテーブルに、気まずい空気が流れた。
 類の正面にいる虎牙は、戸惑いの表情を浮かべている。

「待て待て、俺、結構類にアイス食わせたよな? 確か初めて会った時も……。あれはもしかして、そういう感じだった?」

 類は思わず下を向く。

「そうだよなあ……。類の性格を知った上で考え合わせると、あの時は明らかに様子がおかしかったもんな……。すまない。俺は何も知らずに……」
「虎牙さん……」

 なんと言うべきなのか。
『ぼくこそすみません』? でもそれじゃ、あの時結んだ関係が間違いだったみたいだ。そんなふうには思いたくない。
 だからといって、類の口からアイスの影響を否定するのは難しい。そこまで白々しいウソはつけないと思った。

 何か言おうと開けた口が渇く。

「悪いのはぼくなんです」

 絞り出すようにして口から出たのは、そんな言葉だった。

「でもぼくは、虎牙さんが好きで……」

 虎牙の目が泳ぐ。

「だから、あの時のことは」

 間違いじゃなかった、そう言いたい。
 ところが……。

「悪い、その話はあとにしよう」

 難しい顔をした虎牙にさえぎられてしまった。
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