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23,課題
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施設内の休憩所。正座する類と冬夜の前に、見慣れたアイスキャンディが置かれた。ソーダ味のベアマンバーだ。
「まあ、あれだな。偶然にしろ、あんなところに割り込んでった俺が悪かったよ」
虎牙が自分の分のベアマンバーを開けながら、座卓の向かいに座った。
濡れたタオルが掛かったままの、風呂上がりの首筋が悩ましい。上半身はランニングシャツ一枚だった。
思わず「好き」と言いそうになる口に、類は無言でベアマンバーを運ぶ。今は余計なことを言って、さらに場を混乱させたくなかった。
それから。
「「……うまっ!」」
自然と出てきた言葉が、隣にいる冬夜と被った。
「だよなー。やっぱ風呂上がりはこれだよな!」
虎牙部長が嬉しそうに言ってベアマンバーを眺める。
「ここにこいつを売り込んだ冬夜はグッジョブだよな」
「え、これ冬夜が?」
類が聞くと、冬夜は隣で濡れた襟足をかいた。
「まあな。ここ一店舗じゃ大した売り上げにはなんねーけど」
「売り上げ云々より、いかに喫食シーンを広げるかってことが大事だ」
「どういうことですか?」
類には、虎牙の言っている言葉の意味がよくわからなかった。
「つまりさ、“子どものおやつにアイス”とか“夏の海でアイス”ってのは定番だとして、ほかにどんなシーンにコイツを定着させるかっていうことが大事なんだ」
「じゃあ、冬夜が売ったのはベアマンバーだけじゃなく、“温泉施設でアイス”っていう食習慣だったってことですか?」
「まさにそういうことだ」
「いや、全然、偶然っすよ……。スーパーやコンビニじゃ新規開拓は難しかったから……」
冬夜が困った顔をする一方で、虎牙は自分のことのように嬉しそうにしていた。
「ここを足がかりに、ほかの温泉施設へも売り込めるんじゃないのか?」
(そっか、虎牙さんはそういうことを考えてる人なんだ)
ただのコスプレ男でも、海辺のアイス売りでもないんだと、類は今さらながらに思う。
そういえば彼は以前、東京の食品メーカーに勤めていたと言っていた。そして転職先のホワイトベアークリームで開発部長を任されるということは、それなりの結果を残してきた人なんだろう。
冬夜だってそうだ。天性の勘で営業活動をしているのかもしれないが、営業部員として虎牙部長に褒められるような結果を残している。
「冬夜はすごいんだね」
類が心の声をそのまま口にすると、彼は困ったように首を横に振った。
「そんなんじゃないって。開発部がいい商品を作って、製造部が品質の高いものを安定供給してくれる。オイラたちは取引先の御用聞きをして回りながら、隙あらばそれを売るってだけ。何も営業部がすごいんじゃない」
それを聞いて類にも少し、会社のことがわかった気がした。
(あれ? だったらどうして売り上げは伸び悩んでるんだっけ?)
出社初日、帝が言っていた言葉が思い出される。
――主力商品であるベアマンバーの出荷量は安定していますが、子ども向け商品での値上げは難しく、原料の値上がりがじわじわと経営を圧迫しています。それにあれにはライセンス料がかかりますしね。いずれ赤字に転落するでしょう。そうなる前に、ベアマンバーの売り上げ幅をアップさせるか、他の商品をヒットさせなければ……。
(……そっか……)
類は今ようやく、彼の言っていた課題の意味を理解した。
「おい。類っち、溶けてるぞ?」
冬夜につつかれ、類は慌てて残りのベアマンバーを口へ放り込む。
「ねえ、これの売り上げ幅をアップさせるか、他の商品をヒットさせる方法ってないの?」
「は?」
唐突な類の言葉に、冬夜はぽかんと口を開けた。
「前に帝さんからそう言われたんだ」
「あのなあ。その方法がわかってたら、オイラたちがとっくにやってるって」
「うう……それもそうか……」
類はアイスの棒を袋の上に置く。無印の棒はハズレだ。
「だいたい類っちは掃除担当だろー」
「そうだけど……」
もどかしい気持ちが胸の中に生まれた。
「まあ、あれだな。偶然にしろ、あんなところに割り込んでった俺が悪かったよ」
虎牙が自分の分のベアマンバーを開けながら、座卓の向かいに座った。
濡れたタオルが掛かったままの、風呂上がりの首筋が悩ましい。上半身はランニングシャツ一枚だった。
思わず「好き」と言いそうになる口に、類は無言でベアマンバーを運ぶ。今は余計なことを言って、さらに場を混乱させたくなかった。
それから。
「「……うまっ!」」
自然と出てきた言葉が、隣にいる冬夜と被った。
「だよなー。やっぱ風呂上がりはこれだよな!」
虎牙部長が嬉しそうに言ってベアマンバーを眺める。
「ここにこいつを売り込んだ冬夜はグッジョブだよな」
「え、これ冬夜が?」
類が聞くと、冬夜は隣で濡れた襟足をかいた。
「まあな。ここ一店舗じゃ大した売り上げにはなんねーけど」
「売り上げ云々より、いかに喫食シーンを広げるかってことが大事だ」
「どういうことですか?」
類には、虎牙の言っている言葉の意味がよくわからなかった。
「つまりさ、“子どものおやつにアイス”とか“夏の海でアイス”ってのは定番だとして、ほかにどんなシーンにコイツを定着させるかっていうことが大事なんだ」
「じゃあ、冬夜が売ったのはベアマンバーだけじゃなく、“温泉施設でアイス”っていう食習慣だったってことですか?」
「まさにそういうことだ」
「いや、全然、偶然っすよ……。スーパーやコンビニじゃ新規開拓は難しかったから……」
冬夜が困った顔をする一方で、虎牙は自分のことのように嬉しそうにしていた。
「ここを足がかりに、ほかの温泉施設へも売り込めるんじゃないのか?」
(そっか、虎牙さんはそういうことを考えてる人なんだ)
ただのコスプレ男でも、海辺のアイス売りでもないんだと、類は今さらながらに思う。
そういえば彼は以前、東京の食品メーカーに勤めていたと言っていた。そして転職先のホワイトベアークリームで開発部長を任されるということは、それなりの結果を残してきた人なんだろう。
冬夜だってそうだ。天性の勘で営業活動をしているのかもしれないが、営業部員として虎牙部長に褒められるような結果を残している。
「冬夜はすごいんだね」
類が心の声をそのまま口にすると、彼は困ったように首を横に振った。
「そんなんじゃないって。開発部がいい商品を作って、製造部が品質の高いものを安定供給してくれる。オイラたちは取引先の御用聞きをして回りながら、隙あらばそれを売るってだけ。何も営業部がすごいんじゃない」
それを聞いて類にも少し、会社のことがわかった気がした。
(あれ? だったらどうして売り上げは伸び悩んでるんだっけ?)
出社初日、帝が言っていた言葉が思い出される。
――主力商品であるベアマンバーの出荷量は安定していますが、子ども向け商品での値上げは難しく、原料の値上がりがじわじわと経営を圧迫しています。それにあれにはライセンス料がかかりますしね。いずれ赤字に転落するでしょう。そうなる前に、ベアマンバーの売り上げ幅をアップさせるか、他の商品をヒットさせなければ……。
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類は今ようやく、彼の言っていた課題の意味を理解した。
「おい。類っち、溶けてるぞ?」
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「ねえ、これの売り上げ幅をアップさせるか、他の商品をヒットさせる方法ってないの?」
「は?」
唐突な類の言葉に、冬夜はぽかんと口を開けた。
「前に帝さんからそう言われたんだ」
「あのなあ。その方法がわかってたら、オイラたちがとっくにやってるって」
「うう……それもそうか……」
類はアイスの棒を袋の上に置く。無印の棒はハズレだ。
「だいたい類っちは掃除担当だろー」
「そうだけど……」
もどかしい気持ちが胸の中に生まれた。
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