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21,タイミング*

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「あのさ、冬夜……」

 狭いサウナ室でふたりきりになったところを見計らい、類は思い切って聞いてみる。

「もしホワイトベアークリームがぼくのためにある会社だとしたら、ぼくはどうすればいいんだろう?」
「ん、なんだそれ、どういう意味だ?」

 長い脚を組んで座っていた冬夜が、類の方へ上半身を傾けてきた。
 お互いに汗をかいた体が近づく。

「説明難しいんだけど……仮にだよ? じいちゃん……つまり社長が、ぼくのために会社を残してくれたとして。いや、そのことはどっちでもいいんだけど、このままだと会社の経営が厳しいとしたら」

 会社の経営状況を、一般社員の冬夜はどこまで知っているんだろう。仮の話をしてから類は言わなきゃよかったかもと不安になった。

「そうだなー」

 冬夜は真面目な顔をして顎をなでている。

「まー、アレだな。会社なんてものは潰れる時は潰れるモンだぞ? うちの取引先でも潰れたところはあるからさ。一寸先は闇。灯台もと暗しってな」
「“灯台もと暗し”はこの場合、関係ない気もするけど……」
「んー、つまり俺が言いたいのはだな。常に転職先を考えとけってことだ」

 類のツッコミをものともせず、冬夜はそのままのトーンで続けた。

「転職先……。冬夜は考えてるんだ」

 話の意外な展開に、類は戸惑う。でもそれは現実的な話だ。親のすねをかじっていられる類とは違って、普通はみんな、生活のために働いている。沈みかけた舟をどうこうするより、生きるために他の舟に乗り代えることを考えるのは当然だ。

「ああ。転職先の最有力候補は、類っちのヒモな!」

 冬夜は白い歯を見せて笑った。

「え、ヒモってヒモ? しかもぼくの?」

 年下の営業マンはニコニコと頷いている。

「会社潰れたって、類っちのところは金持ちなんだろうし、獣人のヒモの1匹や2匹余裕だろー」
「いや……そんなことは……」

 ニートのくせに恋人を家に連れ込むなんて、おそらく類が親兄弟に殺される。

「というか、ぼくと冬夜って付き合ってた?」

 半笑いで返すと、

「そのうちそうなるかもな。オイラとしては類っちからの好意をバシバシ感じてるし、オイラにだって、それに応える用意はあるからな!」

 とっても前向きな答えが返ってきた。

「あのさ、冬夜……。ぼくが勘違いさせたなら謝らなきゃだけど、ぼく……ほかに好きな人がいて……」

 類が戸惑いながら切り出すと、すかさず冬夜が言ってくる。

「知ってる! 虎牙のアニキだろー!? ふたり、ラブホの駐車場で帝サンに取り押さえられたって、もっぱらのウワサだぜ?」
「ぶっ!? なんで知ってる……!?」
「にゃはは! 営業部の情報網ナメんなー」

 年下の営業マンは楽しそうに笑っていた。

「類っちに迫られてアニキがどんな顔してたのか、想像するだけで楽しいな!」
「ぼくが迫ったって前提なんだ……?」

 実際そうだけど……。

「虎牙のアニキはみんなのヒーローだぞ? 一回りも年下の類っちに、軽々しく手え出さないだろー」
「んんん……。ぼくは明日から、どんな顔して会社に行けばいいのかな……?」

 類は泣きたい気持ちでこぼす。虎牙部長との関係が知れ渡っているなら、周囲から一体どんな目で見られているのか……。

「え、それは今まで通り、エロ可愛いキャラでいいんじゃねーのか?」

 冬夜はあっけらかんと答えた。

「エロかわ、何それ……」
「そんな顔すんなよ。類っちは見た目可愛すぎるから一周回ってエッチだけど、中身はピュア中のピュアだもんな?」
「た、たぶん……」

 曖昧に返すとどういうわけか、自然な動作で額にキスをされた。

「オイラは味方だからな」
「えっ、なに?」

 鼻先が触れ合う距離で微笑まれ、ドキリとする。

「言葉通りの意味。何かあってもオイラがついてるから、明日も元気に出社してこいよ」

 前にトイレで工場長に怒られた時は、先に逃げたくせに……。
 調子よくこんなことを言う冬夜が憎めなくて、類は自然と笑い返していた。
  すると、笑顔の冬夜に唇をぺろりと舐められる。

「んっ、冬――……」

 止めようと口を開いたことで、さらに口内まで舌の侵入を許してしまった。

「んっ、んっ……なに? ……え? ムッ!?」

 ねっとりと舌を絡めて吸われる。
 絡まる舌が、くちゅっとなまめかしい音を立てた。

「ごめん、暑いしなんか、コーフンした……」

 冬夜が熱い息をはき出し、謝った。

「え、暑いと興奮する?」
「いや、わかんねー。普段から類っちといると、オイラそれだけでコーフンするし。けどどうしよう、コレ……」

(“コレ”?)
 
 冬夜の声が固かった。
 類は嫌な予感を覚えながら、彼の視線の先を見る。彼のひざの上で濡れたタオルが、大きく持ち上がっていた。

「あー……これは……」

 同じ男として同情する。

「裸でふたりきりはまずい気がしてたんだよなー……」

 冬夜が眉尻を下げて言った。

「オイラの中に、類っちを友達として見るオイラと、エロい目で見るオイラが同居しててさ……。後者が8割以上なんだけど」
「2割以下の方に賭けてたの?」
「類っちと、裸の付き合いをしてみたいっていう好奇心に勝てなかった」

 類としては普通に呆れる。そして同時に頭を抱えた。

「……で、それ、どうするの?」
「抜くの手伝って」
「そういう裸の付き合いはどうかと……」
「いや、純粋に友達として」
「絶対ウソだ!」

 言い合ううちに右手を引っ張られ、テント状態になったタオルの下へ持っていかれた。
 しっとりと濡れた生々しい物体をつかまされる。

「とうや~!」
「泣くな類っち! オイラがついてる」
「ちょっと意味わかんない!」
「にゃははは!」

 上から被さっている冬夜の左手に促され、類の右手は上下に動き始める。

(誰か来たらどうしよう!?)

 そう思ったら早く終わらせることしか解決策が浮かばなくて、類は心を無にした。
 けれども……。

「あ……は……んんっ……」

 冬夜の切なげに揺れるまつげを見ていると、類もなんともいえない気持ちになる。

「冬夜……」
「るいっち……」

 視線が合わさった。

「どう? いけそう?」
「ん。類っちの手、きもちい……」

 冬夜が類の肩口へ額を乗せてくる。
 類は彼の濡れ髪に頬を預けた。
 そんな時……。

 サウナ室のドアが、ギイッと音を立てて外側から開かれる。

(え……――!?)

 しかも何も知らない顔で入ってきたのは、類たちのよく知る人物で――。

「……え、類?」
「虎牙さん!?」
「うぉわっ!? 虎牙のアニキ!?」

 3人は最悪のタイミングで対面することになってしまった。
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