獣人アイスクリーム 獣人だらけの世界で人間のボクがとろとろにされちゃう話

谷村にじゅうえん

文字の大きさ
上 下
20 / 63

19,ぼくにできること

しおりを挟む
 週末はそのまま悪天候が続き、そして週明け。

「うっわー! まぶしっ」

 仕事が一段落してビーチに出た類は、抜けるような空の下で目を細める。
 ぬかるんだ砂が靴底につく。
 ビーチに人影はほとんどなかった。

「おー、類」
「……虎牙さん?」

 週末を一緒に過ごした恋人が、会社の駐車場から気だるげに手を振っていた。

「あれ、今日は……」

 普段ならベアマンバーのラッピングカーを出している時間だ。
 部長もビーチに下りてきて景色を見渡す。

「今日は無理だ。この感じじゃしばらくは人も来ないだろ」

 嵐で流されてきたゴミや流木が、ビーチに大量に打ち上げられていた。
 犬の散歩に出てきた人が、その惨状を見て引き返す。確かにゴミだらけのビーチに出るのは危ないだろうと類も思った。

「でも、いいんですか? ベアマンバーのサンプリング、まだやらなきゃなんですよね?」

 類は渋い顔をしている虎牙部長を見た。
 彼が肩をすくめてみせる。

「来週の試食会までにデータが取りたかったんだが……」
「試食会?」
「社の上層部も出席して、新しく発売するベアマンバーのフレーバーを決める」
「えっ、それってかなり重要なんじゃ?」

 サンプリングデータが足りないということは、せっかく開発した新フレーバーも、発売にこぎ着けるための説得力が足りないということにならないか。
 部長が大きく息をつく。

「まあな。けど、こんな状況じゃ仕方ない」

 彼はポケットに手を入れたり、髪を掻き回したりしながら海を見て、会社の方に戻っていった。

「“仕方ない”……」

 見ていた類も、困惑しながらその言葉を繰り返す。
 でも、本当に“仕方ない”んだろうか。

(ぼくにできることは……)

 何かしたかった。彼のために。そして会社のために。
 そこで類は、掃除用具の中からゴミばさみとゴミ袋を持ち出した。

(このビーチがキレイになれば、人が来てサンプリングができるはずだ!)

 たったひとり、ゴミばさみ一本でどうにかなるかといったら、焼け石に水なのかもしれないけれど……。でもきっと、何もしないよりはマシだ。
 類はそう思い定め、ゴミを拾い始めた。

 人のいないビーチに、嵐のあとの太陽が容赦なく照りつける。
 類は汗を拭き水を飲んで、時間の許す限りゴミを拾い続けた。

(腰痛っ……。頑張ったのに、まだこれだけだ……)

 しばらくして、類は途方に暮れながら周囲を見渡す。大きなゴミ袋3つ分も拾ったのに、ビーチの景色ははじめとほとんど変わらなかった。
 なんだかめげてしまいそうだ。

「おーい、類っちー! 何してるんだー?」

 営業先から戻ってきたんだろう、冬夜が道路脇に社用車を停め、ガードレール越しに声をかけてきた。

「犬束さん……。見ての通り、ビーチのゴミ拾いです」

 類はTシャツのそでで汗を拭きながら答える。

「ビーチって、まさかここ全部? ひとりで!? さすがに無理だろー!」
「そう思うなら手伝ってくださいよ……」

 無理と言われて、類もちょっとムッとした。

「いやいやいや、いくら類っちの頼みでもさー。ほら、オイラはスーツだし!」

 ガードレールに寄りかかっている冬夜がビーチに下りてくる気配はない。

「ならスーツ、脱いでくれば?」
「んー、脱ぐならビーチじゃなくて風呂がいいなー。そうだ、そうしよう! 類っち、ゴミ拾いより、ふたりでどっかイイトコ行こ?」

 尻尾をパタパタ振りながら言われた。

「行きません」
「行こうよー!」
「行きませんって」

 類も汗だくだけれども、今は冬夜とお風呂でキャッキャウフフしている場合じゃない。

「あー、想像したらテンション上がってきた!」

 何を想像しているのか、冬夜の尻尾が回転速度を上げている。
 そして跳びはねるようにしてビーチへ下りてきたはいいが……。

「えっ、ちょっと!?」

 冬夜に飛びつかれ、類は濡れた砂の上に尻もちをつくことになった。

「うわ、もう、何するんですかー……」

 ズボンのお尻がドロドロだ。

「にゃはは! どうせこれから一緒に風呂入るからいいだろー」
「ぼくはゴミ拾いで忙しいんで、お風呂入ってるヒマはないんです!」
「類っちは案外ガンコだなー」
「っていうか、どいてくれません?」

 けれど冬夜がどいてくれる気配はなかった。基本的にマウントポジションが好きみたいだ。

「そんなところで何を騒いでるんですか!」

(……え?)

 今度は別の方向から声が聞こえてきた。

「げ、帝サン!!」

 類の上に乗っていた冬夜がさっと離れる。
 帝は怒り心頭の表情でツカツカと歩み寄ってきた。革靴が汚れるのにも躊躇ちゅうちょする様子はない。

「はー。探しても見当たらないと思ったら……。類さん、あなたの持ち場はここですか!?」
「いえ、でも……社内の掃除は終わったし、ビーチの掃除もした方がいいと思って……」

 類は帝の勢いに押されながらも、口の中でモゴモゴと反論する。

「は、なんですか? 聞こえません!」
「ビーチに人が来なくて、開発部で新商品のサンプリングができないみたいだったので……。だから、手の空いたぼくが掃除を……」
「…………」

 帝の視線が、類が手にぶら下げているゴミ袋へ向いた。
 それから彼は大きなため息をつく。

「類さん、それはアナタの仕事ではありません」
「でも、ぼくは……みんなのために、役に立つことがしたくて……」
「………………」

 帝は眉間にしわを寄せたまま何も言わない。
 類の中で別の自分が、そんなのは自己満足だと言って笑った。
 確かに自己満足かもしれない。でも何かしたい。この手でしたいんだ。

「ぼくは……」
「類っち……」

 冬夜が気遣わしげな目を向けた。
 そんな時、ビーチに地鳴りのようなモーター音が響く。

「……え?」

 類が驚き振り向いて見ると、それは熊手のようなアームを持った、大きな重機だった。
 それがビーチの端からゴミをさらうようにして押してくる。

「何あれ……」
「行政の清掃車です。私が役所に電話しました」

 帝が淡々と説明した。
 類は愕然とする。

「ですから、ビーチの掃除はあなたの仕事ではないと」
「………………」

 言葉がなかった。
 冬夜が横から肩を叩く。

「まあ類っち、元気出せよ。オイラと風呂入りに行こ?」
「あ……」

 ダメだ、徒労感に涙が出そうだ。
 夕陽を背負った清掃車が、ゴーッと音を立てて類の目の前を通過する。自分のバカさ加減に気づき、前向きになりかけた気持ちがへし折られてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

女神の間違いで落とされた、乙女ゲームの世界でオレは愛を手に入れる。

にのまえ
BL
 バイト帰り、事故現場の近くを通ったオレは見知らぬ場所と女神に出会った。その女神は間違いだと気付かずオレを異世界へと落とす。  オレが落ちた異世界は、改変された獣人の世界が主体の乙女ゲーム。  獣人?  ウサギ族?   性別がオメガ?  訳のわからない異世界。  いきなり森に落とされ、さまよった。  はじめは、こんな世界に落としやがって! と女神を恨んでいたが。  この異世界でオレは。  熊クマ食堂のシンギとマヤ。  調合屋のサロンナばあさん。  公爵令嬢で、この世界に転生したロッサお嬢。  運命の番、フォルテに出会えた。  お読みいただきありがとうございます。  タイトル変更いたしまして。  改稿した物語に変更いたしました。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

聖獣王~アダムは甘い果実~

南方まいこ
BL
 日々、慎ましく過ごすアダムの元に、神殿から助祭としての資格が送られてきた。神殿で登録を得た後、自分の町へ帰る際、乗り込んだ馬車が大規模の竜巻に巻き込まれ、アダムは越えてはいけない国境を越えてしまう。  アダムが目覚めると、そこはディガ王国と呼ばれる獣人が暮らす国だった。竜巻により上空から落ちて来たアダムは、ディガ王国を脅かす存在だと言われ処刑対象になるが、右手の刻印が聖天を示す文様だと気が付いた兵士が、この方は聖天様だと言い、聖獣王への貢ぎ物として捧げられる事になった。  竜巻に遭遇し偶然ここへ投げ出されたと、何度説明しても取り合ってもらえず。自分の家に帰りたいアダムは逃げ出そうとする。 ※私の小説で「大人向け」のタグが表示されている場合、性描写が所々に散りばめられているということになります。タグのついてない小説は、その後の二人まで性描写はありません

処理中です...