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17,自己紹介

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 ――ホテルはまずいです。社長のお孫さんに手を出すのはマズいでしょうし、何より、次期社長であるアナタをたぶらかそうとしたとしか思われません。

 以前、帝が言っていた言葉だ。
 けれどその場のノリで類を自宅へ連れ帰ってしまった虎牙は、帝ほど外聞を気にしない性質たちらしかった。

「虎牙さんって将直まさなおって言うんだ……」

 座卓の上に無造作に置かれていたダイレクトメールを手に取り、類はつぶやく。

「名前、知らなかったのか」

 濡れた服を着替えてきた虎牙が言った。いかにも部屋着という感じの上下スエット姿になっている。体格がいいせいで、そんなラフな格好すら様になっていた。

「それは、知る機会がなかったし……」

 類は素直に答える。

「俺はおまえのこと、それなりに調べたけどな」

 彼はそばに座り、類の腰を抱き寄せた。

「え、調べた?」
「ああ。周りのやつらに聞いて、わかる範囲。興味あったから」

 白い歯をちらりと見せて笑われた。その笑顔はどこか気恥ずかしそうにもみえる。
 けれども類の方が動揺していた。

「そんな、ぼくなんてヒキコモリだし、何かで活躍したって経験もないし……」

 きっと調べられても悲しいくらいに何もない。祖父や両親、兄弟たちはそろってインターネットのフリー百科事典に載っているのに、類はまるで初めから存在しなかったかのように、家族の欄にすら載っていないのだ。
 それだけならまだいいが、メンタルを病んでいるとか人に迷惑をかけて生きてきたとか、あまり聞かれたくないウワサが耳に入ったかもしれない。
 そう思うと恋に浮かれていた気持ちがどっと落ちてしまった。

 背中から抱きしめられ、首の後ろにキスされてもどう反応をかえしていいのかわからない。むしろ逃げ出したい。

「虎牙さん、ぼく……」
「類の小さい頃の写真が社内誌に載ってたよ」
「え……?」

 寝耳に水だった。

「天使みたいに可愛かった。好きな食べ物はアイスクリームとチョコレート。大人になったらおじいちゃんと一緒に会社でアイスクリームを作るって」
「何それ……?」

 まったく記憶になかった。

「20年くらい前の社内誌だからな」

 振り向くと、彼の慈しむような瞳と目が合う。
 20年前なら類は5歳。記憶になくても不思議はないし、社内誌のことだってよくわかっていなかったんだろうと思った。

 類の前髪をひとなでし、虎牙は続ける。

「それで気づいたんだが、ウチの会社はおまえのためにあるんじゃないのか?」

 ぞくっと背筋に鳥肌が立った。

「……そうかも……」

 類を可愛がっていた祖父は、類のためにアイスクリーム製造メーカーを買ったに違いない。ベアマンバーのライセンスを取得したのも、きっと類が子どもの頃好きだったからだ。
 それから大人になり、無為にすごしていた類を強引に会社へ引き入れようとしたのも……。

 今までモヤモヤしていたものが、ようやくひとつの糸に繋がった気がした。

「なんでじいちゃん、言ってくれればよかったのに」
「おまえにあんまプレッシャーかけたくなかったんじゃないのか?」

 本当に虎牙の言うとおりだ。祖父の気持ちは痛いほどわかった。

「そんな宝物みたいな類に、俺が触れていいのかわかんねーけど……」

 そっと絨毯の上に横たえられ、キスをされる。

「大事にする」

 何度も触れてくる優しい唇を、類は思わず涙ぐみながら受け止めた。

「じいちゃんも虎牙さんも、ぼくなんかに優しすぎる……」
「は、何言ってる。俺なんかは、ただの欲にまみれた雄の虎だ」

 彼はあきれたように笑って、今着たばかりの服を脱ぐ。

「一応自己紹介しとくと、俺は虎牙将直。37歳、開発部部長。ホワイトベアークリームに転職してきたのは、ざっと4、5年前な。やっと会社に馴染んできたところ。その前は東京の食品メーカーに勤めていて……。獣人が人間の会社で上に上がっていくのは、それなりに大変でさ。いろいろあって、今の社長に拾われた。好きな言葉は『虎に翼』。嫌いな言葉は『フードロス』。ってことで、カラダ以外にも興味持ってくれよ」

 そう言われても、目の前で脱がれたらカラダを見てしまう類だった。
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