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15,おにぎりとアイスコーヒー
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「おっ、類っち発見!」
翌日。会社の屋上でコンビニおにぎりをかじっていたら、弾んだ声が聞こえてきた。
「あっ、犬束さん」
「冬夜でいいって。それかアニキな!」
ベンチに座る類の隣に、同じコンビニのアイスコーヒーを持った冬夜が腰を下ろす。ベンチは3人か4人座れる広さなのに、その距離は近かった。
「それより昨日はごめんなー」
アイスコーヒーを持った手で、冬夜が肩を抱いてくる。
「昨日って、トイレでのこと?」
昨日類は掃除中に冬夜から押し倒され、そのせいでサボっていると、工場長から誤解されたのだった。
「そう。あの時は類っちのことトイレに置き去りにしちゃったからさ。寂しかったかなと思って」
(……え、そっち?)
「いや、寂しくは……」
咀嚼したおにぎりを飲み込みながら、類は答えに困る。
それより肩の上にある手に、アイスコーヒーをこぼされないか心配だ。けれども冬夜の方はアイスコーヒーの存在を忘れたかのように、類の首元の匂いを嗅いでいた。
「オイラは寂しかったけどなー。類っちのこと好きだし。一緒にいたいし」
「それは……」
ありがとうと言うべきなんだろうか? 類の何がそんなに彼のお気に召したのか。たぶん匂いなんだけど、類には感覚的に理解できなかった。
自分たちの匂いより、コーヒーの香りがおにぎりに合わないことの方が気になる。逆にコーヒーを飲んでいる冬夜の方は、おにぎりの匂いが気にならないんだろうか?
「……あ、それより“ごえす”って?」
答えが出ないことを考えるのはやめ、類は頭を切り換える。
「5Sか。整理・整頓・清掃・清潔・しつけ。製造業のスローガンみたいなやつだよ。工場の入り口にデカデカと貼ってある」
類の肩に回していた腕を外して冬夜が答えた。
「工場に……。全然気づきませんでした」
「まあ。整理整頓、掃除はともかくとしてさ、“しつけ”は古いよなあ。犬か何かかよ! って、犬はオイラか!」
冬夜はストローをくわえてケラケラと笑っている。
「確かに古いけど……教育の徹底、みたいな意味かな?」
「あー、そんなところだろうな」
(教育の徹底……)
体が大きすぎてあまり顔が見えない工場長のことを思い浮かべた。というか、白い帽子にマスクのせいで、顔がよくわからない。
「あの工場長がいたら、みんなきっと掃除がんばりますよね。そういえば工場の中、すごいピカピカだった」
「食品扱う会社だからな。そこはちゃんとしてないと命取りだ」
冬夜が真面目な顔をして答えた。
「犬束さんもそう思いますか?」
「えっ、うん……まー、ジョーシキ!」
「じょーしき……」
けど以前、類が少しの間だけアルバイトをしたバーガーショップはもっと雑然としていた。あそこはバイト中心の現場だったっていうこともあるけれど……。
「やっぱり、ホワイトベアークリームはちゃんとした会社なんだ……」
類の口から感嘆のため息が漏れた。
冬夜は誇らしげに言う。
「そうだなー。オイラが言うのもなんだけど、獣人って人間ほど自制的じゃないからさ、きっちりした仕事はあんま向かないんだよ。そこ考えるとうちの会社は頑張ってる方だ」
それを聞いて疑問が生まれた。
「なんでじいちゃん……社長は獣人の街にこの会社を作ったんだろう?」
「さあ、なんでだろ?」
一緒に首をかしげてから、冬夜が思い出したように言う。
「あ、でももともとの会社……確かその頃はナントカ乳業だったか。潰れかけのアイスクリームメーカーだったらしい。今の社長はそこを買い上げて、会社を大きくしたって話だぞ」
「へえ?」
「獣人はアイスクリームが好きだからな。昔は屋台みたいな小さなアイスクリーム屋がいくつもあったらしい」
冬夜がそう付け足した。
だからこの街の景色には、アイスクリームが似合っているのか。類は妙に納得する。
獣人がアイスクリームを好きだというのも、ベアマンバーの人気を考えるとその通りだと思った。
翌日。会社の屋上でコンビニおにぎりをかじっていたら、弾んだ声が聞こえてきた。
「あっ、犬束さん」
「冬夜でいいって。それかアニキな!」
ベンチに座る類の隣に、同じコンビニのアイスコーヒーを持った冬夜が腰を下ろす。ベンチは3人か4人座れる広さなのに、その距離は近かった。
「それより昨日はごめんなー」
アイスコーヒーを持った手で、冬夜が肩を抱いてくる。
「昨日って、トイレでのこと?」
昨日類は掃除中に冬夜から押し倒され、そのせいでサボっていると、工場長から誤解されたのだった。
「そう。あの時は類っちのことトイレに置き去りにしちゃったからさ。寂しかったかなと思って」
(……え、そっち?)
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それより肩の上にある手に、アイスコーヒーをこぼされないか心配だ。けれども冬夜の方はアイスコーヒーの存在を忘れたかのように、類の首元の匂いを嗅いでいた。
「オイラは寂しかったけどなー。類っちのこと好きだし。一緒にいたいし」
「それは……」
ありがとうと言うべきなんだろうか? 類の何がそんなに彼のお気に召したのか。たぶん匂いなんだけど、類には感覚的に理解できなかった。
自分たちの匂いより、コーヒーの香りがおにぎりに合わないことの方が気になる。逆にコーヒーを飲んでいる冬夜の方は、おにぎりの匂いが気にならないんだろうか?
「……あ、それより“ごえす”って?」
答えが出ないことを考えるのはやめ、類は頭を切り換える。
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類の肩に回していた腕を外して冬夜が答えた。
「工場に……。全然気づきませんでした」
「まあ。整理整頓、掃除はともかくとしてさ、“しつけ”は古いよなあ。犬か何かかよ! って、犬はオイラか!」
冬夜はストローをくわえてケラケラと笑っている。
「確かに古いけど……教育の徹底、みたいな意味かな?」
「あー、そんなところだろうな」
(教育の徹底……)
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冬夜が真面目な顔をして答えた。
「犬束さんもそう思いますか?」
「えっ、うん……まー、ジョーシキ!」
「じょーしき……」
けど以前、類が少しの間だけアルバイトをしたバーガーショップはもっと雑然としていた。あそこはバイト中心の現場だったっていうこともあるけれど……。
「やっぱり、ホワイトベアークリームはちゃんとした会社なんだ……」
類の口から感嘆のため息が漏れた。
冬夜は誇らしげに言う。
「そうだなー。オイラが言うのもなんだけど、獣人って人間ほど自制的じゃないからさ、きっちりした仕事はあんま向かないんだよ。そこ考えるとうちの会社は頑張ってる方だ」
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「へえ?」
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だからこの街の景色には、アイスクリームが似合っているのか。類は妙に納得する。
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