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8,ホワイトベアークリーム
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ホワイトベアークリームの社屋と工場は、新集西駅から徒歩2~30分、車なら5分ほどの場所にある。敷地は昨日来たビーチに面していた。
昨日類がビーチに来たのは、翌日の初出社に備えてのことだった。あの時は会社の場所を確認するために来たのに、その会社にたどり着く前に逃げ出してしまったわけだが……。
帝の運転する車が会社のエントランス前に停まり、類は後部座席から降ろされた。すると爽やかな朝の潮風を肌に感じる。
周囲では背の高いフェニックスの街路樹が、さわさわと音を立てて揺れていた。
社屋と工場の外壁は、海辺の景色になじむ空色をしている。
空に高く掲げられた『White Bear Cream』の看板も、海の景色に似合う角丸の筆記体だった。
(なんだかいい雰囲気だな……!)
ずっと来るのが怖かった会社に、今ほんの少しだけ親しみを覚えた。親しみというより、もっと手前の軽い安心感みたいなものなのかもしれない。
(じいちゃんが作った会社だから?)
胸に生まれた好感の理由を、類はそう解釈する。
多忙な祖父とは盆正月もなかなか顔を合わせられないけれど、小さい頃、類を誰よりも可愛がってくれたのは祖父だった。
あれはただ、できそこないの末の孫を哀れんでのことだったのかもしれないが。
類の兄や従兄弟たちはみな優秀で、それぞれの分野で活躍している。いい年になっても身の振り方が決まっていないのは類だけだった。
車を駐車場へ停めに行っていた帝が、エントランス前へ戻ってくる。
「類さん、中へ行きましょう」
まずは工場をのぞき、工場長に挨拶。工場長は隈田という名の体の大きな獣人だった。帝曰く、白クマ型獣人らしい。ホワイトベアークリームの社名にピッタリだ。
彼は分厚いアクリル板越しに首だけで会釈する。衛生管理を理由に類たちが中まで行けないこともあったが、もともと無口な人なんだと帝が説明した。
それから社屋の方へ入り、営業、生産管理、総務の各部門を回る。
おっかなびっくりの類に対し、皆はにこやかに頭を下げた。
一見して怖そうな人はいなかった。
犬束という営業部の若い犬型獣人が、類の匂いを嗅ぎに来たのには困ったが。
犬の耳をつけてきたせいで獣人たちに注目されずに済んでいるけれど、犬型獣人には同類だと思われ、逆に興味を持たれてしまったようだ。
彼にだけは、類も正体を黙っていられず、こっそり「人間なんです」と説明した。
それから開発部へ行って、類は件の虎牙部長が、意外にも開発部のトップだということを知る。ちょうど本人は不在だったけれど、部署の人が教えてくれた。
どうして開発部の部長がホワイトベアーマンに扮しているのか。
それについては、市場調査のためだと説明された。そう言われても、部長自らホワイトベアーマンになる理由がどこにあるのか、類にはまったく理解できない。
見るとまたビーチの方にベアマンバーのラッピングカーが出ていたから、虎牙部長はそっちに行っているのかもしれなかった。
気になるけれど、帝と一緒にいる手前、類もそのことは聞けなかった。
その帝は総務部に属しており、社長室を取り仕切っている。
月に1、2回しか会社に来ない社長に代わって、会社の細々としたことを進めているのはどうも彼らしかった。とはいえ社長とは、電話やメールでこまめにやりとりしているということだ。
「そのうち社長に代わって、類さんにはこの椅子に座っていただくことになります」
社長不在の社長室。帝が革張りの社長椅子に羽根ばたきをかけながら、類にそんなことを言ってきた。
類は恐縮しながら応接用のソファに座り、窓からの景色へ目をやった。
目の前は配送用のトラックが並ぶ駐車場、その向こうはビーチ。
まるで時間が止まったかのように、駐車場に動く気配はなかった。
「あの……この会社って、ちゃんとその……儲かってるんですか?」
社屋も工場も素敵な空色をしていたけれど、塗装がはげ、さび付いているところもある。
社長がいなくても会社が回っているのはいいことだが、なんだか、主不在の間延びした空気が漂っていた。
類には社会人経験はないものの、経営者の一族に生まれて、会社というものの空気をよく知っている。
帝が類を見つめ、一瞬だけ片眉を上げた。
「いずれ財務資料をお見せしようと思っていましたが……」
彼が銀縁眼鏡を押し上げる。
「端的に言ってしまいますと、我が社の経営状態はあまり思わしくありません」
(やっぱり……)
嫌な予感は当たってしまった。
帝が、財務資料のファイルをテーブルに広げながら続ける。
「主力商品であるベアマンバーの出荷量は安定していますが、子ども向け商品での値上げは難しく、原料の値上がりがじわじわと経営を圧迫しています。それにあれにはライセンス料がかかりますしね。いずれ赤字に転落するでしょう。そうなる前に、ベアマンバーの売り上げ幅をアップさせるか、他の商品をヒットさせなければ……」
(なるほど……)
それから話を聞くうちに、単価の高くないアイスクリームという商材で売り上げを立てることがいかに大変か、類にもなんとなくわかってきた。
とはいえ素人の類に、いい対策が思いつくはずもなく……。
昨日類がビーチに来たのは、翌日の初出社に備えてのことだった。あの時は会社の場所を確認するために来たのに、その会社にたどり着く前に逃げ出してしまったわけだが……。
帝の運転する車が会社のエントランス前に停まり、類は後部座席から降ろされた。すると爽やかな朝の潮風を肌に感じる。
周囲では背の高いフェニックスの街路樹が、さわさわと音を立てて揺れていた。
社屋と工場の外壁は、海辺の景色になじむ空色をしている。
空に高く掲げられた『White Bear Cream』の看板も、海の景色に似合う角丸の筆記体だった。
(なんだかいい雰囲気だな……!)
ずっと来るのが怖かった会社に、今ほんの少しだけ親しみを覚えた。親しみというより、もっと手前の軽い安心感みたいなものなのかもしれない。
(じいちゃんが作った会社だから?)
胸に生まれた好感の理由を、類はそう解釈する。
多忙な祖父とは盆正月もなかなか顔を合わせられないけれど、小さい頃、類を誰よりも可愛がってくれたのは祖父だった。
あれはただ、できそこないの末の孫を哀れんでのことだったのかもしれないが。
類の兄や従兄弟たちはみな優秀で、それぞれの分野で活躍している。いい年になっても身の振り方が決まっていないのは類だけだった。
車を駐車場へ停めに行っていた帝が、エントランス前へ戻ってくる。
「類さん、中へ行きましょう」
まずは工場をのぞき、工場長に挨拶。工場長は隈田という名の体の大きな獣人だった。帝曰く、白クマ型獣人らしい。ホワイトベアークリームの社名にピッタリだ。
彼は分厚いアクリル板越しに首だけで会釈する。衛生管理を理由に類たちが中まで行けないこともあったが、もともと無口な人なんだと帝が説明した。
それから社屋の方へ入り、営業、生産管理、総務の各部門を回る。
おっかなびっくりの類に対し、皆はにこやかに頭を下げた。
一見して怖そうな人はいなかった。
犬束という営業部の若い犬型獣人が、類の匂いを嗅ぎに来たのには困ったが。
犬の耳をつけてきたせいで獣人たちに注目されずに済んでいるけれど、犬型獣人には同類だと思われ、逆に興味を持たれてしまったようだ。
彼にだけは、類も正体を黙っていられず、こっそり「人間なんです」と説明した。
それから開発部へ行って、類は件の虎牙部長が、意外にも開発部のトップだということを知る。ちょうど本人は不在だったけれど、部署の人が教えてくれた。
どうして開発部の部長がホワイトベアーマンに扮しているのか。
それについては、市場調査のためだと説明された。そう言われても、部長自らホワイトベアーマンになる理由がどこにあるのか、類にはまったく理解できない。
見るとまたビーチの方にベアマンバーのラッピングカーが出ていたから、虎牙部長はそっちに行っているのかもしれなかった。
気になるけれど、帝と一緒にいる手前、類もそのことは聞けなかった。
その帝は総務部に属しており、社長室を取り仕切っている。
月に1、2回しか会社に来ない社長に代わって、会社の細々としたことを進めているのはどうも彼らしかった。とはいえ社長とは、電話やメールでこまめにやりとりしているということだ。
「そのうち社長に代わって、類さんにはこの椅子に座っていただくことになります」
社長不在の社長室。帝が革張りの社長椅子に羽根ばたきをかけながら、類にそんなことを言ってきた。
類は恐縮しながら応接用のソファに座り、窓からの景色へ目をやった。
目の前は配送用のトラックが並ぶ駐車場、その向こうはビーチ。
まるで時間が止まったかのように、駐車場に動く気配はなかった。
「あの……この会社って、ちゃんとその……儲かってるんですか?」
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類には社会人経験はないものの、経営者の一族に生まれて、会社というものの空気をよく知っている。
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(なるほど……)
それから話を聞くうちに、単価の高くないアイスクリームという商材で売り上げを立てることがいかに大変か、類にもなんとなくわかってきた。
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