3 / 63
2,ちょっとおかしい
しおりを挟む
ホワイトベアーマンが、右手を手刀の形に構えて振り上げる。
「フンッ!」
「お、おう! 暴力か!? 子どもたちのヒーローが人に暴力振るっていいと思ってんのか!?」
絡んできていた獣人はわかりやすく動揺の色を見せたかと思うと、わめきながら逃げていってしまった。
ホワイトベアーマンは北極グマをモチーフにしたヒーローだ。相手がいくら獣人でも、体格のいい北極グマに敵う者はあまりいないだろう。
目の前のホワイトベアーマンも、人間ではあまり見ないような大きな体をしていた。
でも、どういうことだろう?
類の知るホワイトベアーマンは、アイスキャンディのパッケージに描かれたヘタうまなイラストだ。当然、実在しない。となると彼はコスプレイヤーか何かか。
衣装のクオリティが高すぎるのにはびっくりするけれど……。
「……!?」
凝視していると、振り返った彼と目が合ってしまった。
デカい。怖い。この中の人も、“人間チャンをよしよし”したいと思っているんだろうか。
思わず鳥肌が立つ。
類は回れ右し、早足でその場から離れた。
「えっ、おい、キミ?」
ホワイトベアーマンが追いかけてくる。海に沈む夕陽を背にしているせいで、彼の大きな影が類に覆い被さった。
「……っ!」
本能的な恐怖から、類は歩く速度を速めた。
「なあ、どうした、大丈夫なのか?」
まだ彼は来る。これじゃあまるで追いかけっこだ。
いつの間にか早足が、走る速さになる。
(なんで来るの!?)
類はもう全速力で走っていた。
ビーチの砂に足を取られる。
なんとか転ばずに済んだけれども、靴の中が砂だらけになった。
(なんでぼくが、こんな目に!)
後ろを振り返るのが怖くて、類はよろけながらもまだ走る。
通りがかりのサーファーたちが、驚いた顔でこちらを振り向いた。
ビーチから道に上がる石段までたどり着き、類は息をつく。
普段運動なんかしないから息が苦しい。ひざに両手をついて息を整えようとした。
ホワイトベアーマンは追いついてこなかった。
そして振り向いてみても、後ろには誰もいなかった。
追いかけられていると思ったのは、恐怖からの妄想だったのか……?
(ぼくは何やってる? 助けてもらって、お礼も言わずにただ逃げて……)
突然ひとり取り残されてしまった気がした。もともとひとりぼっちだったのに。
この街に来て自分が壊れてしまったみたいで、類は突然泣きたくなってしまった。
泣きたくなった時にはもう目の周りがぐしょくしょに濡れていた。
顔をこすると、涙で砂が貼り付いている。
(バカみたいだ……!)
石段に座ってひとり泣いた。
そんな時……。
「ほら」
(え……?)
目の前にすっとアイスキャンディが差し出される。
懐かしいパッケージ。“ベアマンバー”だ。確か定価は60円。
パッケージに描かれたヘタうまなホワイトベアーマンが、類に笑いかけていた。
そっと手を伸ばし、アイスキャンディを受け取る。
差し出しているのはさっきのコスプレ男だった。
彼の背後にある道には、ベアマンバーの白いラッピングカーがぽつんと駐車している。
あそこからアイスキャンディを取ってきたのか。となるとこの人は、アイスの販売員か何か?
(ぼくはものすごく、失礼な誤解をしてた……)
類は余計に泣きたくなってしまい、顔を隠してうなだれた。
「やっぱ大丈夫じゃなかったかー……」
コスプレ男、もとい、アイスの販売員か何かの人が、隣にゆっくり腰を下ろす。
「怖かったよな? けど泣くことない。それ食べたらきっと元気が出る」
類は少し溶けかけたベアマンバーを袋から出して、口に含んだ。
ソーダの酸味と甘みが、すっと口の中を浄化する。子どもの頃に食べていた、とても懐かしい味だった。
「ごめんなさい……。さっきは逃げたりして……。ぼく、ちょっとおかしくて……」
類は自分の精神状態に自信がなかった。
だって今、アイスを食べながらも、ボロボロとこぼれる涙を止められないでいる。
「いや……おかしくないよ」
ホワイトベアーマンの声は優しかった。
そして彼は息をつき、仮面をはずす――。
「フンッ!」
「お、おう! 暴力か!? 子どもたちのヒーローが人に暴力振るっていいと思ってんのか!?」
絡んできていた獣人はわかりやすく動揺の色を見せたかと思うと、わめきながら逃げていってしまった。
ホワイトベアーマンは北極グマをモチーフにしたヒーローだ。相手がいくら獣人でも、体格のいい北極グマに敵う者はあまりいないだろう。
目の前のホワイトベアーマンも、人間ではあまり見ないような大きな体をしていた。
でも、どういうことだろう?
類の知るホワイトベアーマンは、アイスキャンディのパッケージに描かれたヘタうまなイラストだ。当然、実在しない。となると彼はコスプレイヤーか何かか。
衣装のクオリティが高すぎるのにはびっくりするけれど……。
「……!?」
凝視していると、振り返った彼と目が合ってしまった。
デカい。怖い。この中の人も、“人間チャンをよしよし”したいと思っているんだろうか。
思わず鳥肌が立つ。
類は回れ右し、早足でその場から離れた。
「えっ、おい、キミ?」
ホワイトベアーマンが追いかけてくる。海に沈む夕陽を背にしているせいで、彼の大きな影が類に覆い被さった。
「……っ!」
本能的な恐怖から、類は歩く速度を速めた。
「なあ、どうした、大丈夫なのか?」
まだ彼は来る。これじゃあまるで追いかけっこだ。
いつの間にか早足が、走る速さになる。
(なんで来るの!?)
類はもう全速力で走っていた。
ビーチの砂に足を取られる。
なんとか転ばずに済んだけれども、靴の中が砂だらけになった。
(なんでぼくが、こんな目に!)
後ろを振り返るのが怖くて、類はよろけながらもまだ走る。
通りがかりのサーファーたちが、驚いた顔でこちらを振り向いた。
ビーチから道に上がる石段までたどり着き、類は息をつく。
普段運動なんかしないから息が苦しい。ひざに両手をついて息を整えようとした。
ホワイトベアーマンは追いついてこなかった。
そして振り向いてみても、後ろには誰もいなかった。
追いかけられていると思ったのは、恐怖からの妄想だったのか……?
(ぼくは何やってる? 助けてもらって、お礼も言わずにただ逃げて……)
突然ひとり取り残されてしまった気がした。もともとひとりぼっちだったのに。
この街に来て自分が壊れてしまったみたいで、類は突然泣きたくなってしまった。
泣きたくなった時にはもう目の周りがぐしょくしょに濡れていた。
顔をこすると、涙で砂が貼り付いている。
(バカみたいだ……!)
石段に座ってひとり泣いた。
そんな時……。
「ほら」
(え……?)
目の前にすっとアイスキャンディが差し出される。
懐かしいパッケージ。“ベアマンバー”だ。確か定価は60円。
パッケージに描かれたヘタうまなホワイトベアーマンが、類に笑いかけていた。
そっと手を伸ばし、アイスキャンディを受け取る。
差し出しているのはさっきのコスプレ男だった。
彼の背後にある道には、ベアマンバーの白いラッピングカーがぽつんと駐車している。
あそこからアイスキャンディを取ってきたのか。となるとこの人は、アイスの販売員か何か?
(ぼくはものすごく、失礼な誤解をしてた……)
類は余計に泣きたくなってしまい、顔を隠してうなだれた。
「やっぱ大丈夫じゃなかったかー……」
コスプレ男、もとい、アイスの販売員か何かの人が、隣にゆっくり腰を下ろす。
「怖かったよな? けど泣くことない。それ食べたらきっと元気が出る」
類は少し溶けかけたベアマンバーを袋から出して、口に含んだ。
ソーダの酸味と甘みが、すっと口の中を浄化する。子どもの頃に食べていた、とても懐かしい味だった。
「ごめんなさい……。さっきは逃げたりして……。ぼく、ちょっとおかしくて……」
類は自分の精神状態に自信がなかった。
だって今、アイスを食べながらも、ボロボロとこぼれる涙を止められないでいる。
「いや……おかしくないよ」
ホワイトベアーマンの声は優しかった。
そして彼は息をつき、仮面をはずす――。
0
お気に入りに追加
110
あなたにおすすめの小説
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
少年ペット契約
眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。
↑上記作品を知らなくても読めます。
小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
アダルトショップでオナホになった俺
ミヒロ
BL
初めて同士の長年の交際をしていた彼氏と喧嘩別れした弘樹。
覚えてしまった快楽に負け、彼女へのプレゼントというていで、と自分を慰める為にアダルトショップに行ったものの。
バイブやローションの品定めしていた弘樹自身が客や後には店員にオナホになる話し。
※表紙イラスト as-AIart- 様(素敵なイラストありがとうございます!)
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる