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第1章 バルトロメオ
第19話
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数日後の夜――。
ユキ親子が寝付いたのを見届け宿舎に戻ると、部屋の戸を開けた途端に微かな電子音が聞こえてきた。
「……バルトさん?」
あぐらを掻いて洗濯物を畳む彼の耳に、イヤフォンが突っ込まれていた。
ユァンが慌ててそれを引っこ抜くと、手元を見ていた彼が笑顔を向けてくる。
「おお。ユァンか、おかえり」
「おかえりじゃないですよ。これ……」
引っこ抜いたイヤフォンの先から、軽快な音楽が漏れ聞こえた。
同室だったルカが部屋を譲ってくれて、今ここはユァンとバルトロメオの二人部屋になっている。
けれど、人が来たら大変だ。
「あとその、口に咥えているものはなんですか?」
「ビーフジャーキーだな、おそらく」
何からツッコむべきかと頭を抱え、ユァンはまず事実を述べることにした。
「ビーフじゃなくてポークですね……うちの修道院、牛は飼っていませんから……」
「そうか」
「あとそれ、今日の食事には出てなかったでしょう。どうしたんですか?」
ユァンにとって、これが最大の問題だった。
バルトロメオは悪びれる様子もなく言う。
「食料庫からくすねてきた」
「くすねて、というのはつまり……」
「辞書通りの意味だな」
「かみさまー……!」
ここ数日で彼の自由すぎる行動にも慣れてきたけれど、毎回頭を抱えてしまうユァンだった。
「なんだ? ちゃんと神に感謝しながら食っている」
「そうじゃなくて……」
盗みは罪だとは、さすがに子供でも知っている。
彼も分かっていてユァンを煙に巻いているんだろう。
「はあ……。人を疑うのはよくありませんが、場合によっては食料庫にも鍵が必要かもしれませんね……」
「鍵ならかかっていたぞ」
「えっ、ならどうやって?」
「案外簡単だった」
バルトロメオは人差し指を上に向け、くるくると回して見せた。
よく分からないけれど、何かしらして食料庫の鍵を開けたんだろう。
油断も隙もない。
「そうですか……。山羊にかまけてあなたを一人にした僕が馬鹿でした……」
ぼやくと、笑いながら返された。
「そうだな。山羊のユキより俺に構うべきだ。俺が思うに、ユァンはユキに対して過保護すぎる」
「まあ、それは……」
最近はユキも子育てに忙しく、ユァンに前ほどの執着を示さなくなっている。
彼女が寝付くまで一緒にいるのは、ユァンの自己満足かもしれなかった。
「ん? 冗談だったのに、その顔は本気にしてるのか」
内心ドキリとして目を逸らすと、バルトロメオの視線が追いかけてくる。
「ふうん、さてはユキを子山羊たちに取られて寂しいんだろう」
「いや、そんなことは」
ユキが立派に成長したことは喜ばしいことであると同時に寂しくもあった。
けれども子山羊たちに嫉妬するなんてことはさすがにないと、自分では思う。
バルトロメオが笑いをこらえきれない表情で冷やかしてくる。
「そうかそうか。だったら人間同士、仲良くしよう。ユァンの心の隙間は俺が埋めてやる」
「バルトさんは仕事で来ているんでしょうに」
そんな人に懐いてしまっても、別れたあとが寂しい。
「そんなふうに拗ねられたら、連れて帰りたくなるじゃないか」
(え……?)
ベッドの上であぐらを掻いていたバルトロメオの隣へ、おもむろに腰を引き寄せられた。
「な、なんですか?」
「これ」
彼は向こう側の耳から外したイヤフォンの先を、ユァンの片耳につっこんでくる。
「一緒に聴こう。この曲はユァンも好きだろう」
「そんなこと、僕はひと言も」
けれどそれは以前、牧草地でも聴いていて、なぜだか耳が追いかけてしまう曲だった。
「ふうん、好きだと思ったんだが」
「好きってわけじゃ……けど多分、嫌いじゃないです」
戸惑いながら答えると、バルトロメオは満足そうに笑う。
「ならよかった」
これはこの人の優しさなんだろうか。
こうやって肩を寄せ合って音楽を聴くのも、なんだか心地よい気がした。
「これは20世紀末、世界的に流行った曲で……ああ、こっちもアンタにやる」
イヤフォンからの音に集中していたら、今度は食べかけのポークジャーキーを口につっこまれた。
「むぐ!ちょっと……」
(あれ、コレまだ生乾きだけど美味しいかも?)
ユァンの表情の変化を見計らうようにして、バルトロメオが言ってくる。
「結構美味いだろ?」
「美味しい……です」
「アンタ細いんだからもっと食うべきだ」
それからバルトロメオは食べ物の話や音楽の話を、ポツポツと、しかし楽しそうにしてくれた。
(バルトさんは自由で楽しそうで、ちょっと羨ましい)
耳は音楽を聴きながら、目はバルトロメオの楽しそうにしゃべる口元に釘付けになっていた。
(これじゃあ、僕も共犯だな……)
こんな夜中に音楽と盗み食い。
いけないことをしているのに、背徳感よりもすがすがしさが勝ってしまう。
(ちょっといろいろ、価値観が揺らいじゃうな)
そんな時、イヤフォンとは逆の耳が、部屋の外の音を捉えた。
ユキ親子が寝付いたのを見届け宿舎に戻ると、部屋の戸を開けた途端に微かな電子音が聞こえてきた。
「……バルトさん?」
あぐらを掻いて洗濯物を畳む彼の耳に、イヤフォンが突っ込まれていた。
ユァンが慌ててそれを引っこ抜くと、手元を見ていた彼が笑顔を向けてくる。
「おお。ユァンか、おかえり」
「おかえりじゃないですよ。これ……」
引っこ抜いたイヤフォンの先から、軽快な音楽が漏れ聞こえた。
同室だったルカが部屋を譲ってくれて、今ここはユァンとバルトロメオの二人部屋になっている。
けれど、人が来たら大変だ。
「あとその、口に咥えているものはなんですか?」
「ビーフジャーキーだな、おそらく」
何からツッコむべきかと頭を抱え、ユァンはまず事実を述べることにした。
「ビーフじゃなくてポークですね……うちの修道院、牛は飼っていませんから……」
「そうか」
「あとそれ、今日の食事には出てなかったでしょう。どうしたんですか?」
ユァンにとって、これが最大の問題だった。
バルトロメオは悪びれる様子もなく言う。
「食料庫からくすねてきた」
「くすねて、というのはつまり……」
「辞書通りの意味だな」
「かみさまー……!」
ここ数日で彼の自由すぎる行動にも慣れてきたけれど、毎回頭を抱えてしまうユァンだった。
「なんだ? ちゃんと神に感謝しながら食っている」
「そうじゃなくて……」
盗みは罪だとは、さすがに子供でも知っている。
彼も分かっていてユァンを煙に巻いているんだろう。
「はあ……。人を疑うのはよくありませんが、場合によっては食料庫にも鍵が必要かもしれませんね……」
「鍵ならかかっていたぞ」
「えっ、ならどうやって?」
「案外簡単だった」
バルトロメオは人差し指を上に向け、くるくると回して見せた。
よく分からないけれど、何かしらして食料庫の鍵を開けたんだろう。
油断も隙もない。
「そうですか……。山羊にかまけてあなたを一人にした僕が馬鹿でした……」
ぼやくと、笑いながら返された。
「そうだな。山羊のユキより俺に構うべきだ。俺が思うに、ユァンはユキに対して過保護すぎる」
「まあ、それは……」
最近はユキも子育てに忙しく、ユァンに前ほどの執着を示さなくなっている。
彼女が寝付くまで一緒にいるのは、ユァンの自己満足かもしれなかった。
「ん? 冗談だったのに、その顔は本気にしてるのか」
内心ドキリとして目を逸らすと、バルトロメオの視線が追いかけてくる。
「ふうん、さてはユキを子山羊たちに取られて寂しいんだろう」
「いや、そんなことは」
ユキが立派に成長したことは喜ばしいことであると同時に寂しくもあった。
けれども子山羊たちに嫉妬するなんてことはさすがにないと、自分では思う。
バルトロメオが笑いをこらえきれない表情で冷やかしてくる。
「そうかそうか。だったら人間同士、仲良くしよう。ユァンの心の隙間は俺が埋めてやる」
「バルトさんは仕事で来ているんでしょうに」
そんな人に懐いてしまっても、別れたあとが寂しい。
「そんなふうに拗ねられたら、連れて帰りたくなるじゃないか」
(え……?)
ベッドの上であぐらを掻いていたバルトロメオの隣へ、おもむろに腰を引き寄せられた。
「な、なんですか?」
「これ」
彼は向こう側の耳から外したイヤフォンの先を、ユァンの片耳につっこんでくる。
「一緒に聴こう。この曲はユァンも好きだろう」
「そんなこと、僕はひと言も」
けれどそれは以前、牧草地でも聴いていて、なぜだか耳が追いかけてしまう曲だった。
「ふうん、好きだと思ったんだが」
「好きってわけじゃ……けど多分、嫌いじゃないです」
戸惑いながら答えると、バルトロメオは満足そうに笑う。
「ならよかった」
これはこの人の優しさなんだろうか。
こうやって肩を寄せ合って音楽を聴くのも、なんだか心地よい気がした。
「これは20世紀末、世界的に流行った曲で……ああ、こっちもアンタにやる」
イヤフォンからの音に集中していたら、今度は食べかけのポークジャーキーを口につっこまれた。
「むぐ!ちょっと……」
(あれ、コレまだ生乾きだけど美味しいかも?)
ユァンの表情の変化を見計らうようにして、バルトロメオが言ってくる。
「結構美味いだろ?」
「美味しい……です」
「アンタ細いんだからもっと食うべきだ」
それからバルトロメオは食べ物の話や音楽の話を、ポツポツと、しかし楽しそうにしてくれた。
(バルトさんは自由で楽しそうで、ちょっと羨ましい)
耳は音楽を聴きながら、目はバルトロメオの楽しそうにしゃべる口元に釘付けになっていた。
(これじゃあ、僕も共犯だな……)
こんな夜中に音楽と盗み食い。
いけないことをしているのに、背徳感よりもすがすがしさが勝ってしまう。
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