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23,出来心
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(あ……)
人気のない撮影所の裏口。塀に寄りかかって見つめ合うこの状況に、気持ちが張り詰める。
ぎこちなく触れてきた彼の手が、ゆっくりと俺の頬を撫でた。
「俺が自分から触れたいと思う相手以外には、俺に触れてほしくない、か……」
「……っ……」
「何硬くなってんだよ。さっきはプロデューサーにつかみかかってたくせに」
「だって……普通は顔とか触らないでしょう」
羽田さんの手は、いつまでも俺の頬の辺りに留まっている。
「メイクさんは触るだろ。こことか、こことか」
指先が眉をなぞって目元をたどり、下唇をそっと押す。
「……ちゃんと息してる?」
羽田さんが顔を近づけ、額を合わせてきた。思わず目を伏せると、口の脇辺りに彼の唇が触れる。
「何……やってるんですか……」
温かい唇と、吐息が当たる感触に酔いそうになった。
「……悪い、魔が差した」
掠れた声で謝りながらも、彼の声はどこか弾んで聞こえる。
(どういう意味?)
頭が働かず、言葉の意味と状況を上手く理解できなかった。
魔が差したっていうことは、この人はそんな気もないのに俺にこういうことをしているんだろうか。だったら、どうしてすぐに離れてくれない?
塀と羽田さんの胸板の間で、俺はしばらく頬に触れてくる甘い吐息を感じていた。
何十秒か、何分か。ただ騒がしい自分の鼓動と、彼の吐息の温度を感じていた時。
「一月……」
髪を梳くようにして頭皮を撫でられ、今度は唇にまっすぐキスをされた。
「んっ……」
唇に触れるねっとりした熱と、世界が反転するような感覚。俺はその場に足を踏ん張った。
(だから、なんで羽田さんが俺にこういうことをするんだ!)
たぶん、今度は出来心じゃない。頭の後ろにあてがわれた大きな手から、はっきりとした意志を感じる。
(……っ、どうする?)
押しのけて逃げてもいいはずなのに、どうしてかそうしようとは思わなかった。人に見られていないことを祈って周りの気配を気にする。
気が遠くなるほど長い数秒だった。
「は……」
唇が離れてから、俺はすぐに苦情を言う。
「……っ、こういうのはマズいでしょう。表でプロデューサーの胸倉をつかむより、場合によってはよっぽど……」
すると今キスしてきた唇がニヤリと笑った。
「誰かに見られてたら、俺に無理やりされたって言えよ」
「……なっ! 言い訳みたいに言ってますけど、実際無理やりだと思います」
「俺はむしろ一月の方が積極的なんだと思った」
その含み笑いの意味が分からずに、俺は羽田さんの視線の先を確かめる。
すると俺の両手が、彼の上着の脇腹をぎゅっとつかんでいた。
(う、嘘だ!)
慌てて手をほどき、塀につけていた背中をずらして羽田さんから距離を取る。
カニ歩きの俺を、羽田さんは怪訝そうに見ていた。
「一月」
「違います! この手は……その、無意識で!」
「無意識ってことは、逆に素直な気持ちなんじゃねーの?」
羽田さんは茶化すように言って笑っている。
「んなわけないでしょう!」
こんなの絶対ただの反射だ。俺が羽田さんにキスされたかったなんて、あるわけない!
「……どっちが先だったんですか? 俺がつかむのと、羽田さんがその……キスするのと」
もじもじと聞くと、彼は自分の下唇に指を乗せた。
「えっ? お前の方が先だったよ。俺がお前のここんとこ、触った辺りで」
「!?」
(だったら完全に、俺からねだった感じじゃないか……)
ひざから崩れ落ちそうになる。
「おーっと一月!」
羽田さんが俺の腰に腕を回して抱き留めた。そうやって密着するのもなんだか怖くて、俺は礼も言わずに彼の腕から逃れる。
「逃げることないだろ」
「さっきのは事故ですから!」
それを勝手に勘違いされても困る。そんな俺の思惑に反して、羽田さんは飄々と言ってのけた。
「どっちでもいいだろ。俺とお前の仲なんだし」
「は……俺と羽田さんの仲ってなんなんですか!」
「一心同体、2人で1人のヒーローだろ? これ以上の関係はない」
親指を立て、爽やかに微笑まれた。ここでそのセリフと笑顔は困る……。
「くっ……そんなふうに言われたら、うっかり嬉しくなるじゃないですか!」
思わず泣きそうになっていると、羽田さんに笑いながら背中を叩かれた。
「よかったな一月、これからはラブシーンなんかもいける!」
「は……?」
この人は、今のがキスの練習だったとでも言うんだろうか。
「子供の見る番組で、そういうシーンはありませんから」
「お前んとこのマネージャーがまた、エッチなグラビアの仕事とか取ってくるかも」
「それも嫌だ……」
そんな時、ちょうど噂していたマネージャーの声が聞こえてくる。
「いつきぃい! どこいった!?」
そうだ、車を停めさせて降りたっきりだった。
きっとマネージャーは撮影所の駐車場に車を止めてから、俺を探しに来たんだろう。あんな形で姿を消して、さすがに心配したに違いない。
「行ってやれよ、心配してる」
「はい……」
苦笑いの羽田さんに頷き返した。
「じゃあ、俺は」
「うん、またあとでな」
羽田さんはそのまま颯爽と、撮影所の敷地内を進んでいく。
俺は裏門を出て、歩道の方に見えたマネージャーに向かって走っていった。
人気のない撮影所の裏口。塀に寄りかかって見つめ合うこの状況に、気持ちが張り詰める。
ぎこちなく触れてきた彼の手が、ゆっくりと俺の頬を撫でた。
「俺が自分から触れたいと思う相手以外には、俺に触れてほしくない、か……」
「……っ……」
「何硬くなってんだよ。さっきはプロデューサーにつかみかかってたくせに」
「だって……普通は顔とか触らないでしょう」
羽田さんの手は、いつまでも俺の頬の辺りに留まっている。
「メイクさんは触るだろ。こことか、こことか」
指先が眉をなぞって目元をたどり、下唇をそっと押す。
「……ちゃんと息してる?」
羽田さんが顔を近づけ、額を合わせてきた。思わず目を伏せると、口の脇辺りに彼の唇が触れる。
「何……やってるんですか……」
温かい唇と、吐息が当たる感触に酔いそうになった。
「……悪い、魔が差した」
掠れた声で謝りながらも、彼の声はどこか弾んで聞こえる。
(どういう意味?)
頭が働かず、言葉の意味と状況を上手く理解できなかった。
魔が差したっていうことは、この人はそんな気もないのに俺にこういうことをしているんだろうか。だったら、どうしてすぐに離れてくれない?
塀と羽田さんの胸板の間で、俺はしばらく頬に触れてくる甘い吐息を感じていた。
何十秒か、何分か。ただ騒がしい自分の鼓動と、彼の吐息の温度を感じていた時。
「一月……」
髪を梳くようにして頭皮を撫でられ、今度は唇にまっすぐキスをされた。
「んっ……」
唇に触れるねっとりした熱と、世界が反転するような感覚。俺はその場に足を踏ん張った。
(だから、なんで羽田さんが俺にこういうことをするんだ!)
たぶん、今度は出来心じゃない。頭の後ろにあてがわれた大きな手から、はっきりとした意志を感じる。
(……っ、どうする?)
押しのけて逃げてもいいはずなのに、どうしてかそうしようとは思わなかった。人に見られていないことを祈って周りの気配を気にする。
気が遠くなるほど長い数秒だった。
「は……」
唇が離れてから、俺はすぐに苦情を言う。
「……っ、こういうのはマズいでしょう。表でプロデューサーの胸倉をつかむより、場合によってはよっぽど……」
すると今キスしてきた唇がニヤリと笑った。
「誰かに見られてたら、俺に無理やりされたって言えよ」
「……なっ! 言い訳みたいに言ってますけど、実際無理やりだと思います」
「俺はむしろ一月の方が積極的なんだと思った」
その含み笑いの意味が分からずに、俺は羽田さんの視線の先を確かめる。
すると俺の両手が、彼の上着の脇腹をぎゅっとつかんでいた。
(う、嘘だ!)
慌てて手をほどき、塀につけていた背中をずらして羽田さんから距離を取る。
カニ歩きの俺を、羽田さんは怪訝そうに見ていた。
「一月」
「違います! この手は……その、無意識で!」
「無意識ってことは、逆に素直な気持ちなんじゃねーの?」
羽田さんは茶化すように言って笑っている。
「んなわけないでしょう!」
こんなの絶対ただの反射だ。俺が羽田さんにキスされたかったなんて、あるわけない!
「……どっちが先だったんですか? 俺がつかむのと、羽田さんがその……キスするのと」
もじもじと聞くと、彼は自分の下唇に指を乗せた。
「えっ? お前の方が先だったよ。俺がお前のここんとこ、触った辺りで」
「!?」
(だったら完全に、俺からねだった感じじゃないか……)
ひざから崩れ落ちそうになる。
「おーっと一月!」
羽田さんが俺の腰に腕を回して抱き留めた。そうやって密着するのもなんだか怖くて、俺は礼も言わずに彼の腕から逃れる。
「逃げることないだろ」
「さっきのは事故ですから!」
それを勝手に勘違いされても困る。そんな俺の思惑に反して、羽田さんは飄々と言ってのけた。
「どっちでもいいだろ。俺とお前の仲なんだし」
「は……俺と羽田さんの仲ってなんなんですか!」
「一心同体、2人で1人のヒーローだろ? これ以上の関係はない」
親指を立て、爽やかに微笑まれた。ここでそのセリフと笑顔は困る……。
「くっ……そんなふうに言われたら、うっかり嬉しくなるじゃないですか!」
思わず泣きそうになっていると、羽田さんに笑いながら背中を叩かれた。
「よかったな一月、これからはラブシーンなんかもいける!」
「は……?」
この人は、今のがキスの練習だったとでも言うんだろうか。
「子供の見る番組で、そういうシーンはありませんから」
「お前んとこのマネージャーがまた、エッチなグラビアの仕事とか取ってくるかも」
「それも嫌だ……」
そんな時、ちょうど噂していたマネージャーの声が聞こえてくる。
「いつきぃい! どこいった!?」
そうだ、車を停めさせて降りたっきりだった。
きっとマネージャーは撮影所の駐車場に車を止めてから、俺を探しに来たんだろう。あんな形で姿を消して、さすがに心配したに違いない。
「行ってやれよ、心配してる」
「はい……」
苦笑いの羽田さんに頷き返した。
「じゃあ、俺は」
「うん、またあとでな」
羽田さんはそのまま颯爽と、撮影所の敷地内を進んでいく。
俺は裏門を出て、歩道の方に見えたマネージャーに向かって走っていった。
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