サイテー上司とデザイナーだった僕の半年

谷村にじゅうえん

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5章:棒を掲げるブルドッグ

第8話[最終話]

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それから会えなかった時間を埋めるように、お互いの気持ちと体を幾度も確かめ合ったあと――。

再会2日目の夜を迎えた僕たちのところに、早乙女さんから電話がかかってきた。

「ちょっと相楽くん、あれは卑怯じゃないの!?」

相楽さんがスマホを耳元から離し、顔をしかめてみせる。

(早乙女さん、なんか怒ってるみたいだけど……)

僕はドキドキしながら、断片的に漏れ聞こえてくる2人の会話を耳で追った。

「……早乙女さん、なんて言ってたんですか?」

しばらくしてスマホを下ろした相楽さんに聞くと、彼は得意げな笑みを浮かべる。

「壁画、あのまま使うことになったらしい」
「えっ、よかったじゃないですか!」
「だから、明日の落成式までに仕上げに来いってお達しが。それから後付けでいいから、企画書も書いてこいってさ。そしたら企画料とデザイン料を振り込むって」
「ん……? ちょっと、話が……」

ボランティアどころか押しかけ押し売りのあの壁画に、組織委員会がお金を出すということなんだろうか。
どうしてそうなるのか、僕にはさっぱり分からない。

「相楽さん、いったい何をしたんですか」

画材をバッグに詰め込もうとしている、相楽さんの前に回り込んだ。

「何したって……ミズキが仕掛けたことだろ」
「僕が?」

ますます話が分からない。

「俺はミズキがアップした壁画の写真に、競技場のやつを追加しただけだ」
「アップした写真……!?」

慌ててスマホを取り出し、昨日SNSにアップした壁画写真の投稿を見る。
それに競技場の1枚が追加され、丸1日経った今、ものすごい勢いで拡散されていた。
知らない誰かが、ご丁寧にまとめページまで作ってくれている。

「これだけ話題になってる壁画を塗りつぶしたら、組織委員会も世間から無粋だって叩かれるもんな。だったら初めから乗っかっちゃえってことになったわけだ」
「けど、競技場の壁画の写真はいつの間に……」

首をひねってから思い出す。

「そういえば相楽さん、あそこから逃げる時……」

彼は足場から下りたあと、すぐには走りださずに壁画を振り返っていた。
あの緊迫の瞬間に何をのんびりしているのかと思ったけれど、写真を撮ったとしたらそのタイミングしか考えられない。

その証拠に、SNSにアップされている競技場の壁画も、下からのアングルのものだった。

「もしかして、あの時からこうなることを目論んで!」
「当たり前だろ。これでも考えて動いてる」

相楽さんがニヤリと笑い、こめかみを叩いてみせた。

「本当にズルい人ですね」

思えば、出会った時からそうだった。
この人は僕を利用しようとしてここへ連れてきた。
そして今でも、いろんな意味で利用されているだけなのかもしれない。

「とりあえず、競技場までタクシーだな。お前も早く着替えろよ」

その証拠にこの人は、今この時もやっぱり僕に手伝わせる前提で話を進めている。

「本当にあなたは……」
「なんだよ、怒ってるのか?」

バッグを持ち、上着を羽織った相楽さんがこっちを向いた。
その顔を両手で挟み、僕は不意打ちのキスをする。
彼がパチパチとまばたきした。

「怒ってません、もういいです。あなたの勝手に、とことん付き合います!」
「ん……」

彼はほんの少し頬を緩め、愛嬌のにじむ笑顔を見せた。



2019年、東京。
2度目の東京オリンピックが来年に迫っている。
その時もまだ僕は、この人と一緒にいられるんだろうか。

ううん、逃がしはしない。
憧れの人の背中を追いかけ、僕は夜中のタクシーに向かって走った――。

<了>

──

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この物語が少しでも誰かの心に残るものであればと思います。

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