サイテー上司とデザイナーだった僕の半年

谷村にじゅうえん

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4章:本と個展とオリンピック

第7話

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「どういうことですか? 僕が加勢井先生のところへ行くって……」

『加勢井先生のところ』がどこを指すか分からないし、『行く』の意味も分からない。

「実質は加勢井先生の弟子がやってる事務所なんだが、若いデザイナーを積極的に育てているところがある。今回の件で、じいさんも多少は俺に同情してるだろ。その俺の頼みとあれば、向こうもミズキ1人くらいは受け入れる。橘さんについていくより、そっちの方がお前のためにもなると思う」

僕は思わず、座っていたベッドの縁から腰を上げた。

「ちょっと待ってください! 相楽さんは、僕にあなたを見捨てた人のところへ行けって言うんですか!? そんなの嫌です!」
「けど、ミズキはもともとデザイナーになりたかったんだろ? デザイナーとして仕事をするために、俺のわがままにもついてきた」
「それは……」

本当にそうなんだろうか? 戸惑いながら、自分の胸に手を当てる。
確かに初めは、何がなんでもデザイナーになりたかった。
相楽さんの都合のいい営業要員ではなく、デザインをさせてもらいたかった。
自分のデザインを認められ、評価される喜びも知ってしまった。
けれど……。

「僕は、あなたの下でデザインがしたいんです! 相楽さんが僕にインスピレーションをくれる。あなたの下に半年いて、僕のデザインはもうあなたの色に染められてるんです。あなたなしでは成り立たない!」

彼はリクライニングチェアの上から、じっと僕の顔を見つめていた。

「ミズキ、ちょっとこっちに」

静かに呼び寄せられ、顔を近づけると頬に唇を押し当てられる。

「な、なんですか……」

優しいキスに気勢を削がれてしまった。

「俺がお前に、頼りすぎたのがいけなかったな」
「え……?」
「お前にはお前の、もともと持ってたカラーがあったのに」

相楽さんは今キスした場所を、指の背で愛おしそうに撫でる。
確かに相楽さんと僕とでは作品のカラーが違って、明るく開放的なこの人のそれに比べ、僕の持ち味はもっと懐古的で落ち着いたトーンだった。

「でも僕は、あなたの作品が好きなんです。その大きな世界に、呑み込まれるのが心地いい……」

語りながら、胸が熱くなる。
相楽さんの口元が、こらえきれないように笑った。

「お前、相当俺のことが好きだよな?」
「……だとしたら、そばに置いてくれるんですか?」

僕の切ない問いかけに、彼は甘えた声で応じる。

「好きだってちゃんと言えよ」
「知ってるくせに意地悪ですね……あなたみたいなひどい人、好きになった僕が馬鹿だった」
「ははっ、ホントだな」

頬に添えられていた左手が、腰へ下りていった。
そのまま腰骨の辺りを引き寄せられ、リクライニングチェアの上で相楽さんの太腿をまたぐ形に座らされる。

「わっ……」

勢いで前のめりになって、前髪同士が触れ合った。

(駄目だ、気持ちを我慢できない……)

「好きになっちゃったものは、仕方ないじゃないですか」

不安定な背もたれに2人分の体重を預け、僕から唇を合わせる。
迎え入れるように、彼の口が開いた。
下唇の内側の、柔らかい部分に吸いつく。

「ん……」

相楽さんがのどの奥を鳴らして、僕の首の後ろを引き寄せた。
キスがぐっと深くなる。
舌先が誘うように触れ合い、すっと離れていく。
僕は自ら追いかけて、弾力のある舌を吸った。

「は……ミズキ……」

息継ぎをして、相楽さんが僕の名前を呼ぶ。

「そんなエロいキス……どこで習ってきた」
「あなたしかいないじゃないですか」

下唇を甘噛みして続けた。

「僕にいろいろ、いけないことを教えた。男の人に欲情したことなんて、なかったのに」

唾液と粘膜の感触に夢中になっているうちに、彼は僕の着ているTシャツのすそを捲った。
硬い手のひらが、肌の上を這っていく。

「……っ」

自分のものとは違う手のひらに探られる感触に、腰が浮き上がった。
それでも相楽さんは、熱心に肌に触れてくる。

我慢できなくなって身を震わせると、彼はくすりと笑った。

「ミズキの体、ホント感じやすいな」
「それは、相楽さんが……」
「俺が何だよ?」
「触り方が、いちいちやらしいからです」

すると耳元でまた笑われる。

「当たり前だろ、今、やらしいことをしてるんだから」

言いながら僕をからかうように、下から腰を揺すってくる。
そこで彼の一部が服の内側から己を主張しているのに、僕は気づいてしまった。

(どうしよう、こんなのいいのかな……?)

僕が一方的に体を触られたことはあるものの、今まではそれ止まりだった。
彼自身の欲望を、僕は直接目にしたことがない。
戸惑いながら腰の辺りを見下ろしていると、相楽さんが僕の右手を引き寄せた。
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