44 / 58
4章:本と個展とオリンピック
第3話
しおりを挟む
「あー……この顔好き」
僕の頬を両手で包み、相楽さんが笑う。
「顔ですか……」
思えば相楽さんは、出会った時からなぜか僕の顔を気に入っていた。
「顔より、体を愛でてほしい?」
「……っ、そういうことは言ってません!」
間髪置かずに否定すると、プッと吹き出して笑われる。
「そういうつれないところに、また惹かれるんだよなあ」
「えっ……」
「知らなかった?」
(そうだったんだ……)
そんな本音を漏らすなんて、今日の相楽さんは相当に機嫌がいいらしい。
(悔しいけど、機嫌がいいのは加勢井先生のおかげだよな)
僕は自ら、相楽さんの唇に手を触れる。
「……っ、どうした急に」
「本と個展とオリンピック? そんなカードは、さすがにズルいです」
「ははっ、やっぱりじいさんに嫉妬してんのかよ! 男の嫉妬はめんどくせーな」
間に僕の指を挟んだまま、相楽さんが唇を押しつけてきた。
「じゃあ、そのうち俺がエラくなって、ミズキをそのカードで誘惑してやろ」
(そんなカードなくたって、相楽さんはキスだけで僕を落とせてると思う……)
口の端に触れてくるじらすようなキスを、僕はドキドキしながら受け止める。
「はい、手はここ」
両手を優しくつかまえて、彼の首の後ろに回された。
胸が合わさり、今度はしっかりと唇同士がぶつかった。
ちゅ、と吸ってくる甘いキスに、胸の奥が痺れる。
「お前からもしてこいよ」
「え……」
「俺のこと、好きなんだろ?」
「……っ……」
いじわるな質問に、どう答えていいか分からない。
「好きならキスして、ミズキくん」
上唇の先だけを触れさせながら、今度は甘えるように言われた。
「……もう」
首に回していた腕に力を込めて、僕は諦めの吐息とともに唇を合わせる。
するとすぐ、濡れた舌が押し入ってきた。
(あ……)
唇の裏側をぬるりと舐められる。
ぞくぞくするような興奮が背中を駆け抜けた。
(この感じ……)
ここのところの僕はずっと、こうされたかったんだと確信する。
ハワイで覚えたいけないキスを、僕は知らず知らずのうちに熱望していた。
「今日は素直だな」
相楽さんがのどの奥で笑った。
それから彼は歯列や頬の裏側まで、熱い舌を使って丹念に愛撫してくる。
「んっ、ふ、」
「気持ちいい?」
「は……」
「お前、溶けちゃいそうな顔だな」
笑われてもいい、こうしていたい。
好きな人にいっぱい溶かされたい。
その夜、僕は久しぶりの触れ合いに、心満たされて眠った。
そののち訪れる嵐のことなど、何も知らずに……。
*
「……っ! これ、なんなんですか!?」
PCモニタを見つめ、マウスを握る手が震える。
社内の一斉メールで送られてきた1本の動画が、事務所を凍りつかせていた。
メールの送付元は相楽さん。
動画は前日の夜、何者かによってインターネット上にアップされたものだった。
動画の中から、ボイスチェンジャーを通した声が告発する。
『これも僕のアイデアで、制作したのも僕自身です。最初から最後まで』
顔の映らない人物が指さしているのは、近々発売されるはずの、相楽さんの作品集の版下だった。
声が冷ややかに続ける。
『最近はエラそうにテレビのコメンテーターなんかもやってますけど、相楽天なんていうクリエイターは存在しません。その実体は、名前も知られない大勢のデザイナーたち。僕もその1人でした。相楽天というひとつのプロジェクト? そう解釈すれば近いかもしれません。相楽自身は、ラフもまともに描けない素人ですから』
事務所に響く動画の音声を聞きながら、相楽さんはじっと窓ガラスを睨んでいた。
眉間には見たこともない深い皺が刻まれている。
「誰がこんな動画を!」
見ているのもつらくて、僕は動画を止めて立ち上がる。
「そんなのは、聞かなくたって分かるだろ!」
相楽さんが、空いた席を指さした。
(久保田さん…!?)
久保田さんは数日前から無断欠勤していた。
相楽さんの下で働いていたクリエイター。
発売前の作品集の、版下を持っている人物。
そして相楽さんに対し悪意を持つ――。
この条件に当てはまる人物は限られている。
「なんでこんなこと……」
ショックと動揺に体が震える。
テレビにも出ている人物のスキャンダルとあって、インターネット上にある動画の再生回数はものすごいことになっていた。
事務所の電話が、けたたましい音で鳴り始める。
「……っ、どうします?」
「出ないわけにはいかない、よね?」
そんな会話が交わされて、電話に1番近いひとりが泣きそうな顔でそれを取った。
「はい、テンクーデザイン……相楽ですか? え、と……」
彼の表情を見て、苦情の電話らしいことはすぐに分かる。
相楽さんがまっすぐ歩いていって、取り次がれる前に受話器を引き取った。
僕の頬を両手で包み、相楽さんが笑う。
「顔ですか……」
思えば相楽さんは、出会った時からなぜか僕の顔を気に入っていた。
「顔より、体を愛でてほしい?」
「……っ、そういうことは言ってません!」
間髪置かずに否定すると、プッと吹き出して笑われる。
「そういうつれないところに、また惹かれるんだよなあ」
「えっ……」
「知らなかった?」
(そうだったんだ……)
そんな本音を漏らすなんて、今日の相楽さんは相当に機嫌がいいらしい。
(悔しいけど、機嫌がいいのは加勢井先生のおかげだよな)
僕は自ら、相楽さんの唇に手を触れる。
「……っ、どうした急に」
「本と個展とオリンピック? そんなカードは、さすがにズルいです」
「ははっ、やっぱりじいさんに嫉妬してんのかよ! 男の嫉妬はめんどくせーな」
間に僕の指を挟んだまま、相楽さんが唇を押しつけてきた。
「じゃあ、そのうち俺がエラくなって、ミズキをそのカードで誘惑してやろ」
(そんなカードなくたって、相楽さんはキスだけで僕を落とせてると思う……)
口の端に触れてくるじらすようなキスを、僕はドキドキしながら受け止める。
「はい、手はここ」
両手を優しくつかまえて、彼の首の後ろに回された。
胸が合わさり、今度はしっかりと唇同士がぶつかった。
ちゅ、と吸ってくる甘いキスに、胸の奥が痺れる。
「お前からもしてこいよ」
「え……」
「俺のこと、好きなんだろ?」
「……っ……」
いじわるな質問に、どう答えていいか分からない。
「好きならキスして、ミズキくん」
上唇の先だけを触れさせながら、今度は甘えるように言われた。
「……もう」
首に回していた腕に力を込めて、僕は諦めの吐息とともに唇を合わせる。
するとすぐ、濡れた舌が押し入ってきた。
(あ……)
唇の裏側をぬるりと舐められる。
ぞくぞくするような興奮が背中を駆け抜けた。
(この感じ……)
ここのところの僕はずっと、こうされたかったんだと確信する。
ハワイで覚えたいけないキスを、僕は知らず知らずのうちに熱望していた。
「今日は素直だな」
相楽さんがのどの奥で笑った。
それから彼は歯列や頬の裏側まで、熱い舌を使って丹念に愛撫してくる。
「んっ、ふ、」
「気持ちいい?」
「は……」
「お前、溶けちゃいそうな顔だな」
笑われてもいい、こうしていたい。
好きな人にいっぱい溶かされたい。
その夜、僕は久しぶりの触れ合いに、心満たされて眠った。
そののち訪れる嵐のことなど、何も知らずに……。
*
「……っ! これ、なんなんですか!?」
PCモニタを見つめ、マウスを握る手が震える。
社内の一斉メールで送られてきた1本の動画が、事務所を凍りつかせていた。
メールの送付元は相楽さん。
動画は前日の夜、何者かによってインターネット上にアップされたものだった。
動画の中から、ボイスチェンジャーを通した声が告発する。
『これも僕のアイデアで、制作したのも僕自身です。最初から最後まで』
顔の映らない人物が指さしているのは、近々発売されるはずの、相楽さんの作品集の版下だった。
声が冷ややかに続ける。
『最近はエラそうにテレビのコメンテーターなんかもやってますけど、相楽天なんていうクリエイターは存在しません。その実体は、名前も知られない大勢のデザイナーたち。僕もその1人でした。相楽天というひとつのプロジェクト? そう解釈すれば近いかもしれません。相楽自身は、ラフもまともに描けない素人ですから』
事務所に響く動画の音声を聞きながら、相楽さんはじっと窓ガラスを睨んでいた。
眉間には見たこともない深い皺が刻まれている。
「誰がこんな動画を!」
見ているのもつらくて、僕は動画を止めて立ち上がる。
「そんなのは、聞かなくたって分かるだろ!」
相楽さんが、空いた席を指さした。
(久保田さん…!?)
久保田さんは数日前から無断欠勤していた。
相楽さんの下で働いていたクリエイター。
発売前の作品集の、版下を持っている人物。
そして相楽さんに対し悪意を持つ――。
この条件に当てはまる人物は限られている。
「なんでこんなこと……」
ショックと動揺に体が震える。
テレビにも出ている人物のスキャンダルとあって、インターネット上にある動画の再生回数はものすごいことになっていた。
事務所の電話が、けたたましい音で鳴り始める。
「……っ、どうします?」
「出ないわけにはいかない、よね?」
そんな会話が交わされて、電話に1番近いひとりが泣きそうな顔でそれを取った。
「はい、テンクーデザイン……相楽ですか? え、と……」
彼の表情を見て、苦情の電話らしいことはすぐに分かる。
相楽さんがまっすぐ歩いていって、取り次がれる前に受話器を引き取った。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜
水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。
そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー
-------------------------------
松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳
カフェ・ルーシェのオーナー
横家大輝(よこやだいき) 27歳
サッカー選手
吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳
ファッションデザイナー
-------------------------------
2024.12.21~

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
孤独な蝶は仮面を被る
緋影 ナヅキ
BL
とある街の山の中に建っている、小中高一貫である全寮制男子校、華織学園(かしきのがくえん)─通称:“王道学園”。
全学園生徒の憧れの的である生徒会役員は、全員容姿や頭脳が飛び抜けて良く、運動力や芸術力等の他の能力にも優れていた。また、とても個性豊かであったが、役員仲は比較的良好だった。
さて、そんな生徒会役員のうちの1人である、会計の水無月真琴。
彼は己の本質を隠しながらも、他のメンバーと各々仕事をこなし、極々平穏に、楽しく日々を過ごしていた。
あの日、例の不思議な転入生が来るまでは…
ーーーーーーーーー
作者は執筆初心者なので、おかしくなったりするかもしれませんが、温かく見守って(?)くれると嬉しいです。
学生のため、ストック残量状況によっては土曜更新が出来ないことがあるかもしれません。ご了承下さい。
所々シリアス&コメディ(?)風味有り
*表紙は、我が妹である あくす(Twitter名) に描いてもらった真琴です。かわいい
*多少内容を修正しました。2023/07/05
*お気に入り数200突破!!有難う御座います!2023/08/25
*エブリスタでも投稿し始めました。アルファポリス先行です。2023/03/20
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。
超美形魔王が勇者の俺に嫁になれとほざいている件
むらびっと
BL
勇者のミオ・フロースドは魔王に負け死ぬはずだった
しかし魔王はミオをなんと嫁に欲しいとほざき始めた
負け犬勇者と美形魔王とのラブコメライフが始まる!
⚠️注意:ほぼギャグ小説です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる