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4章:本と個展とオリンピック
第2話
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「で……寝たんですか、寝てないんですか」
夜、マンションのリビングで顔を合わせた相楽さんに聞いてみる。
僕としてはとても聞きにくい質問だったのに、相楽さんはやけに嬉しそうな顔で僕を見た。
「嫉妬か」
「じゃなくて!」
「じゃあ何……」
「僕は単純に、事実を知りたいだけです」
真面目な顔をして言うと、相楽さんは今度はがっくりと項垂れてみせる。
「馬鹿言うな! なんで俺がじいさんと寝なきゃなんねーんだよ」
「……ですよね」
「ですよね、じゃない!」
パシッと頭をはたかれた。
「ミズキは俺をなんだと思ってるんだ」
「いや、違いますって。僕が言いだしたんじゃなくて、久保田さんが」
(あ!)
うっかり口を滑らせてしまった。
「ふうん、久保田か……」
相楽さんはぞんざいにソファにもたれかかる。
「いえ……久保田さんを責めるのは筋違いだと思いますよ? 相楽さんが、日頃から疑われるようなことばかりしてるから……」
「あいつにどう思われようと構わないけどな」
「構わなくはないでしょう、一緒に働く仲間なのに……」
「……仲間ねえ……」
彼は腕組みし、黙り込んでしまう。
(あれ……もしかして相楽さん、気づいてるのかな? 久保田さんたちの反感を買ってるってこと)
それとも僕の知らないところで、すでに衝突が起きているんだろうか。
割とはっきりものを言う久保田さんなら、相楽さんに面と向かってもの申すこともあり得る気がした。
「相楽さん、あの……」
「なんだよ」
彼は厳しい表情のまま、顔を上げる。
「いえ……。加勢井先生と何もないなら、作品集と個展のことは素直に喜んでいいんですよね?」
「素直にねえ、んー……」
「ちょっと! なんでそこで黙るんですか。やっぱり後ろ暗いことがあるんじゃ?」
「ちげーよ! ただあのじいさんにも目的があるってことだ」
「目的……?」
意外な言葉に、僕はまばたきを繰り返した。
相楽さんの作品集を出版し、個展を開く。
その目的とはなんなのか。
彼は顎を撫でながら、また口を開いた。
「じいさんは、俺に箔をつけたいんだと思う。オリンピックに起用するために……」
「え……オリンピック?」
ますます混乱する。
「加勢井先生は、東京オリンピックの組織委員会にも名を連ねてるんだ。けど、オリンピックの利権はほとんどが電報堂に牛耳られてるだろ? ミズキも、それくらいは知ってるよな」
「はい、一般的な知識としては……」
軽く同意して、話の先に耳を澄ます。
「じいさんは前にこう言ってた。デザイン部門だけでも、電報堂の息のかからない市井のデザイナーに任せたい。それができる、優秀な若手を探してる」
頭の中で、ようやく話が繋がった。
「つまり……それが相楽さんなんですか?」
「……だな」
彼はわずかに表情を緩めた。
確かに相楽さんは、デザイン業界で最も注目されている若手のひとりだ。
社内から見たら人柄や仕事ぶりに難はあるけれど、外から見れば輝ける彗星に違いない。
カリスマ性、押しの強いキャラクター。
そして何より、作り出す作品の魅力。
それに加え、最近ではテレビにも顔を出している。
電報堂に対抗する勢力が、そんなこの人を利用しようとするのも不思議はない。
「でも……いいんですか、相楽さんは。それに乗っかって」
なんだか不安になってしまい、僕は彼のそばへ歩み寄った。
すると立ったままの僕を、相楽さんは余裕の笑みで見上げる。
「怖いのか? ミズキは」
「それは、怖いですよ……そんな権力争いみたいなことに、あなたが巻き込まれるのは」
「ミズキ……」
腕を引かれ、ソファの隣に座らされた。
彼の体温を近くに感じ、少しだけ気持ちが和らぐ。
「けど俺も、嫌いじゃないんだよな、オリンピックが」
相楽さんが不意に、明るい声になってそう言った。
「みんなで集まって競い合ったり、応援するのってなんか楽しいだろ?」
「そうですね」
隣にある、純粋な笑顔にホッとする。
「だからさ、じいさんの思惑はどうあれ、この話には乗ってみたいんだ」
(相楽さんがそう思うなら、僕が止めることなんてないのかな?)
穏やかな横顔に見とれていると、その顔がこっちを見てふっと笑った。
「ミズキは相当、俺のことが好きだよな?」
「へっ……?」
思わず変な声が出てしまう。
「嫉妬したり心配してくれたり、可愛いやつ」
「いや、嫉妬はしてませんって!」
「ホントかよ!」
「本当に、そういうんじゃありません……」
もじもじと下を向くと、隣から腰を引き寄せられた。
ハワイ以来の甘い触れ合いに、心臓が跳ねる。
「ちょっとこっち向いてみ?」
顔を上げたその拍子に、鼻先が触れ合った。
夜、マンションのリビングで顔を合わせた相楽さんに聞いてみる。
僕としてはとても聞きにくい質問だったのに、相楽さんはやけに嬉しそうな顔で僕を見た。
「嫉妬か」
「じゃなくて!」
「じゃあ何……」
「僕は単純に、事実を知りたいだけです」
真面目な顔をして言うと、相楽さんは今度はがっくりと項垂れてみせる。
「馬鹿言うな! なんで俺がじいさんと寝なきゃなんねーんだよ」
「……ですよね」
「ですよね、じゃない!」
パシッと頭をはたかれた。
「ミズキは俺をなんだと思ってるんだ」
「いや、違いますって。僕が言いだしたんじゃなくて、久保田さんが」
(あ!)
うっかり口を滑らせてしまった。
「ふうん、久保田か……」
相楽さんはぞんざいにソファにもたれかかる。
「いえ……久保田さんを責めるのは筋違いだと思いますよ? 相楽さんが、日頃から疑われるようなことばかりしてるから……」
「あいつにどう思われようと構わないけどな」
「構わなくはないでしょう、一緒に働く仲間なのに……」
「……仲間ねえ……」
彼は腕組みし、黙り込んでしまう。
(あれ……もしかして相楽さん、気づいてるのかな? 久保田さんたちの反感を買ってるってこと)
それとも僕の知らないところで、すでに衝突が起きているんだろうか。
割とはっきりものを言う久保田さんなら、相楽さんに面と向かってもの申すこともあり得る気がした。
「相楽さん、あの……」
「なんだよ」
彼は厳しい表情のまま、顔を上げる。
「いえ……。加勢井先生と何もないなら、作品集と個展のことは素直に喜んでいいんですよね?」
「素直にねえ、んー……」
「ちょっと! なんでそこで黙るんですか。やっぱり後ろ暗いことがあるんじゃ?」
「ちげーよ! ただあのじいさんにも目的があるってことだ」
「目的……?」
意外な言葉に、僕はまばたきを繰り返した。
相楽さんの作品集を出版し、個展を開く。
その目的とはなんなのか。
彼は顎を撫でながら、また口を開いた。
「じいさんは、俺に箔をつけたいんだと思う。オリンピックに起用するために……」
「え……オリンピック?」
ますます混乱する。
「加勢井先生は、東京オリンピックの組織委員会にも名を連ねてるんだ。けど、オリンピックの利権はほとんどが電報堂に牛耳られてるだろ? ミズキも、それくらいは知ってるよな」
「はい、一般的な知識としては……」
軽く同意して、話の先に耳を澄ます。
「じいさんは前にこう言ってた。デザイン部門だけでも、電報堂の息のかからない市井のデザイナーに任せたい。それができる、優秀な若手を探してる」
頭の中で、ようやく話が繋がった。
「つまり……それが相楽さんなんですか?」
「……だな」
彼はわずかに表情を緩めた。
確かに相楽さんは、デザイン業界で最も注目されている若手のひとりだ。
社内から見たら人柄や仕事ぶりに難はあるけれど、外から見れば輝ける彗星に違いない。
カリスマ性、押しの強いキャラクター。
そして何より、作り出す作品の魅力。
それに加え、最近ではテレビにも顔を出している。
電報堂に対抗する勢力が、そんなこの人を利用しようとするのも不思議はない。
「でも……いいんですか、相楽さんは。それに乗っかって」
なんだか不安になってしまい、僕は彼のそばへ歩み寄った。
すると立ったままの僕を、相楽さんは余裕の笑みで見上げる。
「怖いのか? ミズキは」
「それは、怖いですよ……そんな権力争いみたいなことに、あなたが巻き込まれるのは」
「ミズキ……」
腕を引かれ、ソファの隣に座らされた。
彼の体温を近くに感じ、少しだけ気持ちが和らぐ。
「けど俺も、嫌いじゃないんだよな、オリンピックが」
相楽さんが不意に、明るい声になってそう言った。
「みんなで集まって競い合ったり、応援するのってなんか楽しいだろ?」
「そうですね」
隣にある、純粋な笑顔にホッとする。
「だからさ、じいさんの思惑はどうあれ、この話には乗ってみたいんだ」
(相楽さんがそう思うなら、僕が止めることなんてないのかな?)
穏やかな横顔に見とれていると、その顔がこっちを見てふっと笑った。
「ミズキは相当、俺のことが好きだよな?」
「へっ……?」
思わず変な声が出てしまう。
「嫉妬したり心配してくれたり、可愛いやつ」
「いや、嫉妬はしてませんって!」
「ホントかよ!」
「本当に、そういうんじゃありません……」
もじもじと下を向くと、隣から腰を引き寄せられた。
ハワイ以来の甘い触れ合いに、心臓が跳ねる。
「ちょっとこっち向いてみ?」
顔を上げたその拍子に、鼻先が触れ合った。
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