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3章:ハワイアン・ジントニック
第7話
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建物内のWi-Fiに接続し、メールサーバーを覗く。
するとメールではなくテキストチャットの方に、どういうわけか早乙女さんからメッセージが届いていた。
何かと思えば、そこには『相楽くんとその後どう?』とだけ書いてある。
こちらは夜だけれど、日本は翌日の昼過ぎくらいの時間のはずだ。
もしかしたら昼休みにでも暇つぶしに送信したのかもしれない。
しかし『その後どう』と言われても返す言葉に困ってしまう。
僕はただ『どうって何がですか?』と聞き返した。
するとすぐ、早乙女さんから返事がある。
『相楽くんといい感じになったなら教えてよね!』
(男同士のいい感じって、いったい……)
人に見られたら変に思われると思い、僕は誰もいない寝室を見回した。
廊下の方からも人が来る気配はない。
僕はまた、ノートPCに向き直る。
それにしても早乙女さんは、個人的なテキストチャットを送ってくるくらい、僕らのことが気になってるのか。
日本を離れる前に聞いた、彼女の言葉を思い出す。
――私たちね、4年くらい前まで付き合ってたの。
(あの口ぶりだと、結構長く付き合ってたんだろうな……)
そこで何か、ひらめくものがあった。
(あれっ? だったら早乙女さん、相楽さんの過去をいろいろと知ってるんじゃ!?)
もう一度周りを確認し、僕はノートPCの前で居住まいを正す。
『それより、ひとつ聞いてもいいですか?』
そう送ってみると、早乙女さんから頷く顔のアイコンが送られてきた。
ごくりとつばを飲む。
相楽さんの一昨日のあの言葉は、僕の思い上がりでなければ僕だけに打ち明けてくれた言葉だ。
それをそのまま伝えてはいけない気がした。
そこで僕は別の聞き方をしてみる。
『相楽さんって、過去に何かあったんですか? 何かで死にかけたとか、価値観が大きく変わるようなできごとが』
しばらく待って、返事が返ってきた。
『彼、代理店時代に職場で倒れてるの。手当が早くて命は取り留めたけど、入院とリハビリで何カ月かは大変だった』
(え……職場で倒れた? リハビリが必要なほどってことは、脳卒中か何か?)
ただごとでない事態が浮かび、緊張が走る。
(そんな、あの人には似合わない……)
けれど、僕が『そのうち倒れます』と言った時、相楽さんは『それは分かってる』と即答していた。
これ以上やったら倒れるという限界を、あの人は知っている。
そして普通の人間なら手前で自制するところを、あの人はあえて攻めているんだ。
(本当になんなんだ!)
汗ばむ暑さなのに鳥肌が立つ。
一方で死を背負いながらも走り続ける彼を思うと、胸が熱かった。
リビングの方からワアッという歓声が聞こえてくる。
その中にある相楽さんの声を聞き分け、僕はそれに耳を澄ました。
*
ハワイ最後の夜。
みんなはコンドミニアムのリビングでお酒を飲み、力尽きたようにベッドに入っていった。
さすがにこれまでの旅の疲れが溜まっていたんだろう。
寝静まるのも早かった。
ベッドでしばらくスマホを見ていた僕は、時刻が深夜に近づいたのを確認し、それを置いた。
そんな時、廊下の方にふと誰かの気配を感じる。
胸騒ぎがして身を起こすと、少し開いているドアの向こうを人影が通り過ぎた。
(……相楽さん?)
パーカーを羽織りボディバッグを持つその姿は、少なくともトイレに行く格好ではない。
「どこ行くんですか?」
僕は寝間着のまま廊下へ出て、彼の背中に呼びかけた。
「ミズキか」
相楽さんがこちらを振り向き、半笑いを浮かべた。
その顔からして、どこか遊びにでも行くところだったに違いない。
「どこ行くんですか」
もう一度聞くと、彼は「ちょっとな」と言葉を濁した。
「また飲みにでも行く気でしょう」
「みんな寝ちまって暇だったから」
相楽さんはおどけたように肩をすくめる。
「暇って、明日は朝イチで帰りの便に乗るんですよ?」
「まだ8時間ある」
その余裕の口ぶりに呆れてしまった。
「相楽さん、一昨日のこと忘れちゃいましたか?」
そばに行き、彼の前髪にそっと触れる。
もう絆創膏は取れていて、前髪を下ろしていれば傷も目立たなくなっていた。
「ちゃんと寝てください、無茶な遊び方も飲み方も控えてください。仕事もです。生き急ぐみたいなことはやめてください。倒れるギリギリに挑むなんて馬鹿げてますよ……」
暗い廊下で、彼の瞳をまっすぐに見つめる。
みんなを起こさないよう声をひそめてはいるけれど、気迫で逃がさないつもりだった。
「ミズキは、何を心配している?」
相楽さんの瞳が、不安げに揺れた気がした。
するとメールではなくテキストチャットの方に、どういうわけか早乙女さんからメッセージが届いていた。
何かと思えば、そこには『相楽くんとその後どう?』とだけ書いてある。
こちらは夜だけれど、日本は翌日の昼過ぎくらいの時間のはずだ。
もしかしたら昼休みにでも暇つぶしに送信したのかもしれない。
しかし『その後どう』と言われても返す言葉に困ってしまう。
僕はただ『どうって何がですか?』と聞き返した。
するとすぐ、早乙女さんから返事がある。
『相楽くんといい感じになったなら教えてよね!』
(男同士のいい感じって、いったい……)
人に見られたら変に思われると思い、僕は誰もいない寝室を見回した。
廊下の方からも人が来る気配はない。
僕はまた、ノートPCに向き直る。
それにしても早乙女さんは、個人的なテキストチャットを送ってくるくらい、僕らのことが気になってるのか。
日本を離れる前に聞いた、彼女の言葉を思い出す。
――私たちね、4年くらい前まで付き合ってたの。
(あの口ぶりだと、結構長く付き合ってたんだろうな……)
そこで何か、ひらめくものがあった。
(あれっ? だったら早乙女さん、相楽さんの過去をいろいろと知ってるんじゃ!?)
もう一度周りを確認し、僕はノートPCの前で居住まいを正す。
『それより、ひとつ聞いてもいいですか?』
そう送ってみると、早乙女さんから頷く顔のアイコンが送られてきた。
ごくりとつばを飲む。
相楽さんの一昨日のあの言葉は、僕の思い上がりでなければ僕だけに打ち明けてくれた言葉だ。
それをそのまま伝えてはいけない気がした。
そこで僕は別の聞き方をしてみる。
『相楽さんって、過去に何かあったんですか? 何かで死にかけたとか、価値観が大きく変わるようなできごとが』
しばらく待って、返事が返ってきた。
『彼、代理店時代に職場で倒れてるの。手当が早くて命は取り留めたけど、入院とリハビリで何カ月かは大変だった』
(え……職場で倒れた? リハビリが必要なほどってことは、脳卒中か何か?)
ただごとでない事態が浮かび、緊張が走る。
(そんな、あの人には似合わない……)
けれど、僕が『そのうち倒れます』と言った時、相楽さんは『それは分かってる』と即答していた。
これ以上やったら倒れるという限界を、あの人は知っている。
そして普通の人間なら手前で自制するところを、あの人はあえて攻めているんだ。
(本当になんなんだ!)
汗ばむ暑さなのに鳥肌が立つ。
一方で死を背負いながらも走り続ける彼を思うと、胸が熱かった。
リビングの方からワアッという歓声が聞こえてくる。
その中にある相楽さんの声を聞き分け、僕はそれに耳を澄ました。
*
ハワイ最後の夜。
みんなはコンドミニアムのリビングでお酒を飲み、力尽きたようにベッドに入っていった。
さすがにこれまでの旅の疲れが溜まっていたんだろう。
寝静まるのも早かった。
ベッドでしばらくスマホを見ていた僕は、時刻が深夜に近づいたのを確認し、それを置いた。
そんな時、廊下の方にふと誰かの気配を感じる。
胸騒ぎがして身を起こすと、少し開いているドアの向こうを人影が通り過ぎた。
(……相楽さん?)
パーカーを羽織りボディバッグを持つその姿は、少なくともトイレに行く格好ではない。
「どこ行くんですか?」
僕は寝間着のまま廊下へ出て、彼の背中に呼びかけた。
「ミズキか」
相楽さんがこちらを振り向き、半笑いを浮かべた。
その顔からして、どこか遊びにでも行くところだったに違いない。
「どこ行くんですか」
もう一度聞くと、彼は「ちょっとな」と言葉を濁した。
「また飲みにでも行く気でしょう」
「みんな寝ちまって暇だったから」
相楽さんはおどけたように肩をすくめる。
「暇って、明日は朝イチで帰りの便に乗るんですよ?」
「まだ8時間ある」
その余裕の口ぶりに呆れてしまった。
「相楽さん、一昨日のこと忘れちゃいましたか?」
そばに行き、彼の前髪にそっと触れる。
もう絆創膏は取れていて、前髪を下ろしていれば傷も目立たなくなっていた。
「ちゃんと寝てください、無茶な遊び方も飲み方も控えてください。仕事もです。生き急ぐみたいなことはやめてください。倒れるギリギリに挑むなんて馬鹿げてますよ……」
暗い廊下で、彼の瞳をまっすぐに見つめる。
みんなを起こさないよう声をひそめてはいるけれど、気迫で逃がさないつもりだった。
「ミズキは、何を心配している?」
相楽さんの瞳が、不安げに揺れた気がした。
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