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3章:ハワイアン・ジントニック
第4話
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「面白そうだろ!? お前もやるか?」
「あれはさすがに無理ですよ! あんなのやったことないし……」
「俺だってやったことなんかないよ! やったことがないことをやらなかったら、人生つまんねーじゃん」
それでも固辞すると、相楽さんは他のメンバーを誘いにいってしまった。
僕は緩やかな弧を描く湾の景色、そして国際色豊かな人々の姿を遠巻きに眺める。
それから木陰を見つけて読みかけの小説を開いた。
太平洋のど真ん中、時間はゆっくりと過ぎていく。
文字を追うのに疲れてふと目を上げると、相楽さんらしき後ろ姿が、水上スキーで沖合へ向かっていくのが見えた。
「ヒャッホーッ!」
楽しげな歓声が聞こえる。
その声は間違いなく彼だ。
(あの人もあんまり寝てないくせに、なんであんなに元気なんだ……)
水しぶきを上げる水上スキーを遠目に見ながら、僕はふと、不思議な爽快感に包まれる。
相楽さんは今週、テレビの仕事のために駆け回り、飛行機の中でもずっとノートPCを開いていた。
僕が彼なら今頃みんなと離れ、ホテルで寝ていると思う。
それなのにあの人はあんなに元気だなんて。
僕より6つか7つ年上の相楽さんに、どうしてそんな体力があるのか分からない。
「あの人は宇宙人か……」
呆れながらつぶやく。
そして異国のビーチに残された僕は、自分と超人的な彼との違いに、ほんの少しの寂しさを感じていた。
*
1日目の午後をビーチで過ごした僕たちは、また集まって夕食を取り、日暮れとともにホテルにチェックインした。
「あのう、僕の泊まる部屋は?」
引率の先生みたいになっている橘さんに聞いてみると、彼はルームキーを渡しながら教えてくれる。
「荒川くんは相楽と同室」
部屋はツインに簡易ベッドを追加した3人部屋が2つに、ツインが2部屋。
これに10人が収まる形になるらしい。
「明日は8時、ロビーに集合だから。それまでは自由にして」
(そっか、相楽さんと一緒なんだ)
僕はホッとしながら、各部屋へと分かれていくみんなを見た。
そしてあることに気づく。
「あれ……相楽さんは?」
夕食の時にはみんなといた、相楽さんの姿がどこにもなかった。
「あー、相楽ね……」
なぜか橘さんが、困ったように天然パーマを掻き回す。
「夕食の時、隣のテーブルにいた地元のオジサンたちと意気投合しちゃったみたいで……」
そういえば相楽さんは、流暢な英語で隣と楽しそうに会話していた。
リスニングがそれほど得意でない僕は、何か話してるなくらいにしか思わなかったけれど……。
「もしかして……その人たちに誘われて、どこか行っちゃったとか?」
「そうみたい。そのうち戻ると思うけど、旅先で団体行動が取れないヤツは困るよね……」
橘さんが、乾いた声で笑った。
*
ホテルの客室に入って数時間。
相楽さんが戻ってくることも、何かしらの連絡が来ることもないまま、僕は彼のスーツケースと向き合い、アメリカサイズの部屋で暇を持て余していた。
持ってきた文庫本はとっくに読み終わり、明日の観光の下調べもすっかり済んでしまっている。
退屈しのぎにテレビをつけてみても、これといったものはない。
ふと立ち上がって窓辺に行き、はめ殺しの窓から外を見る。
そこにはオーシャンビューが広がっていて、明るい時間ならきっときれいな景色なんだろと思った。
だが、すっかり夜も更けてしまった今、真っ黒な海はどこか不吉な気配を漂わせ、そこに横たわっているだけだ。
(相楽さん、大丈夫なのかな?)
時が経つにつれ、胸の中の不安は次第に膨れあがっていく。
夕食のレストランで隣に居合わせた人たちが、善人とは限らない。
そうでなくても何かのトラブルに巻き込まれ、帰ってこられずにいるということも考えられた。
ここは異国の地だ。何があっても不思議はない。
(どうしよう……)
日本から持ってきた僕のスマートフォンは、海外で使える契約をしていない。
橘さんならその手はずをしているはずだけれど、もう寝ているかもしれないこの時間に、相楽さんが帰ってこないことを相談すべきなのかどうか迷った。
(あの人が帰ってこないなんて、東京でも日常茶飯事なんだし……)
それでも暗い海を見ていると、いても立ってもいられなくなる。
いつの間にか時刻は深夜を回っていた。
僕はルームキーを手に部屋を出る。
エレベーターに乗り、とりあえず1階に向かってみた。
深夜のこの時間、1階のロビーには明かりはついているものの、誰もいなかった。
正面のガラス越しに、表の通りと、その向こうに広がる暗い海が見える。
車が1台2台、ガラス越しに見る通りを横切った。
ヘッドライトの光が、ツーっと線を描いて目の奥に焼き付く。
この先にある繁華街から帰る人なのか、この時間でも車通りは絶えない。
そうしてぼんやりと車の流れを眺めていた時、ホテルの車寄せにタクシーが1台走り込んできた。
(相楽さん?)
ふらふらとした足取りでタクシーから下りてきたのは、思った通りの後ろ姿だった。
(あれはどうも酔ってるよな)
何事もなく帰ってきたことにホッとして、心配させられたことに苦情のひとつも言いたくなる。
足が勝手に、ホテルの表に向かっていた。
ところが相楽さんは、こちらを振り向きもせず通りに向かって歩きだす。
(え……?)
走り去るタクシー、そして後方から別の車がやってくる。
大きなアメ車の速度にひやっとした瞬間、相楽さんが小走りに車道へと飛び出していった。
「あれはさすがに無理ですよ! あんなのやったことないし……」
「俺だってやったことなんかないよ! やったことがないことをやらなかったら、人生つまんねーじゃん」
それでも固辞すると、相楽さんは他のメンバーを誘いにいってしまった。
僕は緩やかな弧を描く湾の景色、そして国際色豊かな人々の姿を遠巻きに眺める。
それから木陰を見つけて読みかけの小説を開いた。
太平洋のど真ん中、時間はゆっくりと過ぎていく。
文字を追うのに疲れてふと目を上げると、相楽さんらしき後ろ姿が、水上スキーで沖合へ向かっていくのが見えた。
「ヒャッホーッ!」
楽しげな歓声が聞こえる。
その声は間違いなく彼だ。
(あの人もあんまり寝てないくせに、なんであんなに元気なんだ……)
水しぶきを上げる水上スキーを遠目に見ながら、僕はふと、不思議な爽快感に包まれる。
相楽さんは今週、テレビの仕事のために駆け回り、飛行機の中でもずっとノートPCを開いていた。
僕が彼なら今頃みんなと離れ、ホテルで寝ていると思う。
それなのにあの人はあんなに元気だなんて。
僕より6つか7つ年上の相楽さんに、どうしてそんな体力があるのか分からない。
「あの人は宇宙人か……」
呆れながらつぶやく。
そして異国のビーチに残された僕は、自分と超人的な彼との違いに、ほんの少しの寂しさを感じていた。
*
1日目の午後をビーチで過ごした僕たちは、また集まって夕食を取り、日暮れとともにホテルにチェックインした。
「あのう、僕の泊まる部屋は?」
引率の先生みたいになっている橘さんに聞いてみると、彼はルームキーを渡しながら教えてくれる。
「荒川くんは相楽と同室」
部屋はツインに簡易ベッドを追加した3人部屋が2つに、ツインが2部屋。
これに10人が収まる形になるらしい。
「明日は8時、ロビーに集合だから。それまでは自由にして」
(そっか、相楽さんと一緒なんだ)
僕はホッとしながら、各部屋へと分かれていくみんなを見た。
そしてあることに気づく。
「あれ……相楽さんは?」
夕食の時にはみんなといた、相楽さんの姿がどこにもなかった。
「あー、相楽ね……」
なぜか橘さんが、困ったように天然パーマを掻き回す。
「夕食の時、隣のテーブルにいた地元のオジサンたちと意気投合しちゃったみたいで……」
そういえば相楽さんは、流暢な英語で隣と楽しそうに会話していた。
リスニングがそれほど得意でない僕は、何か話してるなくらいにしか思わなかったけれど……。
「もしかして……その人たちに誘われて、どこか行っちゃったとか?」
「そうみたい。そのうち戻ると思うけど、旅先で団体行動が取れないヤツは困るよね……」
橘さんが、乾いた声で笑った。
*
ホテルの客室に入って数時間。
相楽さんが戻ってくることも、何かしらの連絡が来ることもないまま、僕は彼のスーツケースと向き合い、アメリカサイズの部屋で暇を持て余していた。
持ってきた文庫本はとっくに読み終わり、明日の観光の下調べもすっかり済んでしまっている。
退屈しのぎにテレビをつけてみても、これといったものはない。
ふと立ち上がって窓辺に行き、はめ殺しの窓から外を見る。
そこにはオーシャンビューが広がっていて、明るい時間ならきっときれいな景色なんだろと思った。
だが、すっかり夜も更けてしまった今、真っ黒な海はどこか不吉な気配を漂わせ、そこに横たわっているだけだ。
(相楽さん、大丈夫なのかな?)
時が経つにつれ、胸の中の不安は次第に膨れあがっていく。
夕食のレストランで隣に居合わせた人たちが、善人とは限らない。
そうでなくても何かのトラブルに巻き込まれ、帰ってこられずにいるということも考えられた。
ここは異国の地だ。何があっても不思議はない。
(どうしよう……)
日本から持ってきた僕のスマートフォンは、海外で使える契約をしていない。
橘さんならその手はずをしているはずだけれど、もう寝ているかもしれないこの時間に、相楽さんが帰ってこないことを相談すべきなのかどうか迷った。
(あの人が帰ってこないなんて、東京でも日常茶飯事なんだし……)
それでも暗い海を見ていると、いても立ってもいられなくなる。
いつの間にか時刻は深夜を回っていた。
僕はルームキーを手に部屋を出る。
エレベーターに乗り、とりあえず1階に向かってみた。
深夜のこの時間、1階のロビーには明かりはついているものの、誰もいなかった。
正面のガラス越しに、表の通りと、その向こうに広がる暗い海が見える。
車が1台2台、ガラス越しに見る通りを横切った。
ヘッドライトの光が、ツーっと線を描いて目の奥に焼き付く。
この先にある繁華街から帰る人なのか、この時間でも車通りは絶えない。
そうしてぼんやりと車の流れを眺めていた時、ホテルの車寄せにタクシーが1台走り込んできた。
(相楽さん?)
ふらふらとした足取りでタクシーから下りてきたのは、思った通りの後ろ姿だった。
(あれはどうも酔ってるよな)
何事もなく帰ってきたことにホッとして、心配させられたことに苦情のひとつも言いたくなる。
足が勝手に、ホテルの表に向かっていた。
ところが相楽さんは、こちらを振り向きもせず通りに向かって歩きだす。
(え……?)
走り去るタクシー、そして後方から別の車がやってくる。
大きなアメ車の速度にひやっとした瞬間、相楽さんが小走りに車道へと飛び出していった。
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