サイテー上司とデザイナーだった僕の半年

谷村にじゅうえん

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3章:ハワイアン・ジントニック

第2話

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「相楽とは、いったいどういう……」

反応を見逃さないよう、早乙女さんの顔をじっと見つめた。
彼女はわずかに眉を歪める。

「相楽くんから、何も聞いてないの?」
「はい、おふたりの関係については、何も」
「じゃあ、あんなところを見て、荒川くんはどう思ったの?」
「え……?」

あんなところというのは、やはり非常階段でのキスのことだろう。

(あの時、僕はどう思うべきだった? 早乙女さんは、どんな答えを想定してる?)

早乙女さんは辛抱強く、僕の答えを待っていた。
腹の探り合いに少し疲れて、僕はその時の気持ちを素直に打ち明けてみることにする。

「それは……ショックでした」
「ショック……?」
「はい、相楽さんのことを信用していたので。もしかしたらうちがコンペで選ばれたのも、提案が認められたんじゃなくて、単におふたりの仲あってのことなんじゃないかと思って」

すると早乙女さんは、キッパリと言ってくれる。

「それはないよ」
「……本当ですか?」
「うん、あの提案は本当に素晴らしかった」

彼女の瞳は少しも曇っていなかった。

「だったらどうして早乙女さんは、あの時……相楽さんと」

聞きながら、わずかに身を乗り出す。
コンペのことが関係ないなら、2人は純粋に恋愛関係なんだろう。
だったら僕が立ち入ることじゃない。
頭ではそう考えていたのに、やっぱり聞きたかった。

「ごめんね」

早乙女さんに小さく謝られて混乱する。

「どうして謝るんです?」
「だって相楽くん、荒川くんのなんだよね?」
「えっと?」

言葉の意味が分からずに、更に混乱した。

「大丈夫! 誰にも言ってないから」
「いやいや、待ってください! 早乙女さん、何か誤解してません? 僕と相楽さんは、そういう関係じゃなくて」
「じゃあ、どういう関係?」
「どういう関係って……」

(社長と従業員で、上司と部下で、それから同居人で……。なんか勢いでキスとかされちゃったけど、付き合ってはいなくて?)

言葉にするのは難しい。

「多分、相楽くんは荒川くんのことが好きなんだと思う。だって彼、あなたと話す時だけ雰囲気が柔らかくなるから」

早乙女さんの思いがけない言葉に戸惑う。
それから打ち合わせ中、僕に話しかける相楽さんを想像し、胸がきゅっと甘く疼いた。

「僕にはちょっと、よく分かりません……でも早乙女さんは、相楽さんのことをよく見てるんですね」

そんなふうに返すと、彼女は困ったように笑って、また口を開いた。

「私たちね、4年くらい前まで付き合ってたの。その頃は相楽くんも雇われデザイナーだったし、私も違う会社に勤めてて」
「ああ、それで……」

胸につかえていたものが、すとんと落ちた。

(非常階段でのあれは、そういう意味のキスだったんだ)

恋人同士だったふたりのキス。
気持ちがこもってみえて当然だ。

「じゃあ、今でもおふたりは……」
「あー、それは違うの!」

早乙女さんが慌てたように否定する。

「再会して運命感じちゃったけど、告白したら、見事にフラれちゃった」
「えっ、フラれた?」
「うん! だから私、2人の関係を疑って」

彼女は大げさに顔をしかめてみせる。
せっかくの美人が、子供みたいな顔になった。

(つまり……あの時相楽さんは、早乙女さんの告白を断って、抱きしめてキスをした? いや、それとも早乙女さんから?)

さすがにそれは本人には聞けない。
けれども相楽さんは、あのキスに意味なんかないと言っていた。

(だったら僕とのキスには、何か意味があったんですか? 相楽さん)

ここにはいない彼に、胸の中で問いかける。
期待したらまた痛い目をみると思いつつ、胸がざわついて仕方なかった。



それから夜間のフライトを挟み、翌朝。
僕たちはハワイのオワフ島にいた。

「うわっ! まぶし……」

空港から乗ったリムジンバスを降り、真っ白な日差しにやられそうになる。
商店がゆったりとした間隔で立ち並ぶ明るい通りに、南国風の街路樹が緑の枝を広げていた。
どこか現実感のない景色に驚いていると……。

「ミズキ、ミズキ!」

相楽さんが僕に手招きし、露天のサングラスを無理やりかけてくる。

「なんですかこれ……」
「変なサングラス! っていうか、お前がかけたら普通にイケメンだし……」

彼は残念そうに言って、僕の顔をしげしげと見つめた。

「ミズキはマジでイケメンだな、結婚して」
「しません」

いつもよりかなりテンションの高い相楽さんに呆れる。
今はみんなと一緒なのに、仕事の時の相楽さんではなく、家での彼みたいだ。

(そっか、オフなんだな……)

相楽さんのノリの違いに、僕はそんなことを実感する。

「そこ、何いちゃついてるの? ちゃんとついてきて!」

みんなを先導して歩いている、橘さんの声が聞こえてきた。
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