33 / 58
3章:ハワイアン・ジントニック
第2話
しおりを挟む
「相楽とは、いったいどういう……」
反応を見逃さないよう、早乙女さんの顔をじっと見つめた。
彼女はわずかに眉を歪める。
「相楽くんから、何も聞いてないの?」
「はい、おふたりの関係については、何も」
「じゃあ、あんなところを見て、荒川くんはどう思ったの?」
「え……?」
あんなところというのは、やはり非常階段でのキスのことだろう。
(あの時、僕はどう思うべきだった? 早乙女さんは、どんな答えを想定してる?)
早乙女さんは辛抱強く、僕の答えを待っていた。
腹の探り合いに少し疲れて、僕はその時の気持ちを素直に打ち明けてみることにする。
「それは……ショックでした」
「ショック……?」
「はい、相楽さんのことを信用していたので。もしかしたらうちがコンペで選ばれたのも、提案が認められたんじゃなくて、単におふたりの仲あってのことなんじゃないかと思って」
すると早乙女さんは、キッパリと言ってくれる。
「それはないよ」
「……本当ですか?」
「うん、あの提案は本当に素晴らしかった」
彼女の瞳は少しも曇っていなかった。
「だったらどうして早乙女さんは、あの時……相楽さんと」
聞きながら、わずかに身を乗り出す。
コンペのことが関係ないなら、2人は純粋に恋愛関係なんだろう。
だったら僕が立ち入ることじゃない。
頭ではそう考えていたのに、やっぱり聞きたかった。
「ごめんね」
早乙女さんに小さく謝られて混乱する。
「どうして謝るんです?」
「だって相楽くん、荒川くんのなんだよね?」
「えっと?」
言葉の意味が分からずに、更に混乱した。
「大丈夫! 誰にも言ってないから」
「いやいや、待ってください! 早乙女さん、何か誤解してません? 僕と相楽さんは、そういう関係じゃなくて」
「じゃあ、どういう関係?」
「どういう関係って……」
(社長と従業員で、上司と部下で、それから同居人で……。なんか勢いでキスとかされちゃったけど、付き合ってはいなくて?)
言葉にするのは難しい。
「多分、相楽くんは荒川くんのことが好きなんだと思う。だって彼、あなたと話す時だけ雰囲気が柔らかくなるから」
早乙女さんの思いがけない言葉に戸惑う。
それから打ち合わせ中、僕に話しかける相楽さんを想像し、胸がきゅっと甘く疼いた。
「僕にはちょっと、よく分かりません……でも早乙女さんは、相楽さんのことをよく見てるんですね」
そんなふうに返すと、彼女は困ったように笑って、また口を開いた。
「私たちね、4年くらい前まで付き合ってたの。その頃は相楽くんも雇われデザイナーだったし、私も違う会社に勤めてて」
「ああ、それで……」
胸につかえていたものが、すとんと落ちた。
(非常階段でのあれは、そういう意味のキスだったんだ)
恋人同士だったふたりのキス。
気持ちがこもってみえて当然だ。
「じゃあ、今でもおふたりは……」
「あー、それは違うの!」
早乙女さんが慌てたように否定する。
「再会して運命感じちゃったけど、告白したら、見事にフラれちゃった」
「えっ、フラれた?」
「うん! だから私、2人の関係を疑って」
彼女は大げさに顔をしかめてみせる。
せっかくの美人が、子供みたいな顔になった。
(つまり……あの時相楽さんは、早乙女さんの告白を断って、抱きしめてキスをした? いや、それとも早乙女さんから?)
さすがにそれは本人には聞けない。
けれども相楽さんは、あのキスに意味なんかないと言っていた。
(だったら僕とのキスには、何か意味があったんですか? 相楽さん)
ここにはいない彼に、胸の中で問いかける。
期待したらまた痛い目をみると思いつつ、胸がざわついて仕方なかった。
*
それから夜間のフライトを挟み、翌朝。
僕たちはハワイのオワフ島にいた。
「うわっ! まぶし……」
空港から乗ったリムジンバスを降り、真っ白な日差しにやられそうになる。
商店がゆったりとした間隔で立ち並ぶ明るい通りに、南国風の街路樹が緑の枝を広げていた。
どこか現実感のない景色に驚いていると……。
「ミズキ、ミズキ!」
相楽さんが僕に手招きし、露天のサングラスを無理やりかけてくる。
「なんですかこれ……」
「変なサングラス! っていうか、お前がかけたら普通にイケメンだし……」
彼は残念そうに言って、僕の顔をしげしげと見つめた。
「ミズキはマジでイケメンだな、結婚して」
「しません」
いつもよりかなりテンションの高い相楽さんに呆れる。
今はみんなと一緒なのに、仕事の時の相楽さんではなく、家での彼みたいだ。
(そっか、オフなんだな……)
相楽さんのノリの違いに、僕はそんなことを実感する。
「そこ、何いちゃついてるの? ちゃんとついてきて!」
みんなを先導して歩いている、橘さんの声が聞こえてきた。
反応を見逃さないよう、早乙女さんの顔をじっと見つめた。
彼女はわずかに眉を歪める。
「相楽くんから、何も聞いてないの?」
「はい、おふたりの関係については、何も」
「じゃあ、あんなところを見て、荒川くんはどう思ったの?」
「え……?」
あんなところというのは、やはり非常階段でのキスのことだろう。
(あの時、僕はどう思うべきだった? 早乙女さんは、どんな答えを想定してる?)
早乙女さんは辛抱強く、僕の答えを待っていた。
腹の探り合いに少し疲れて、僕はその時の気持ちを素直に打ち明けてみることにする。
「それは……ショックでした」
「ショック……?」
「はい、相楽さんのことを信用していたので。もしかしたらうちがコンペで選ばれたのも、提案が認められたんじゃなくて、単におふたりの仲あってのことなんじゃないかと思って」
すると早乙女さんは、キッパリと言ってくれる。
「それはないよ」
「……本当ですか?」
「うん、あの提案は本当に素晴らしかった」
彼女の瞳は少しも曇っていなかった。
「だったらどうして早乙女さんは、あの時……相楽さんと」
聞きながら、わずかに身を乗り出す。
コンペのことが関係ないなら、2人は純粋に恋愛関係なんだろう。
だったら僕が立ち入ることじゃない。
頭ではそう考えていたのに、やっぱり聞きたかった。
「ごめんね」
早乙女さんに小さく謝られて混乱する。
「どうして謝るんです?」
「だって相楽くん、荒川くんのなんだよね?」
「えっと?」
言葉の意味が分からずに、更に混乱した。
「大丈夫! 誰にも言ってないから」
「いやいや、待ってください! 早乙女さん、何か誤解してません? 僕と相楽さんは、そういう関係じゃなくて」
「じゃあ、どういう関係?」
「どういう関係って……」
(社長と従業員で、上司と部下で、それから同居人で……。なんか勢いでキスとかされちゃったけど、付き合ってはいなくて?)
言葉にするのは難しい。
「多分、相楽くんは荒川くんのことが好きなんだと思う。だって彼、あなたと話す時だけ雰囲気が柔らかくなるから」
早乙女さんの思いがけない言葉に戸惑う。
それから打ち合わせ中、僕に話しかける相楽さんを想像し、胸がきゅっと甘く疼いた。
「僕にはちょっと、よく分かりません……でも早乙女さんは、相楽さんのことをよく見てるんですね」
そんなふうに返すと、彼女は困ったように笑って、また口を開いた。
「私たちね、4年くらい前まで付き合ってたの。その頃は相楽くんも雇われデザイナーだったし、私も違う会社に勤めてて」
「ああ、それで……」
胸につかえていたものが、すとんと落ちた。
(非常階段でのあれは、そういう意味のキスだったんだ)
恋人同士だったふたりのキス。
気持ちがこもってみえて当然だ。
「じゃあ、今でもおふたりは……」
「あー、それは違うの!」
早乙女さんが慌てたように否定する。
「再会して運命感じちゃったけど、告白したら、見事にフラれちゃった」
「えっ、フラれた?」
「うん! だから私、2人の関係を疑って」
彼女は大げさに顔をしかめてみせる。
せっかくの美人が、子供みたいな顔になった。
(つまり……あの時相楽さんは、早乙女さんの告白を断って、抱きしめてキスをした? いや、それとも早乙女さんから?)
さすがにそれは本人には聞けない。
けれども相楽さんは、あのキスに意味なんかないと言っていた。
(だったら僕とのキスには、何か意味があったんですか? 相楽さん)
ここにはいない彼に、胸の中で問いかける。
期待したらまた痛い目をみると思いつつ、胸がざわついて仕方なかった。
*
それから夜間のフライトを挟み、翌朝。
僕たちはハワイのオワフ島にいた。
「うわっ! まぶし……」
空港から乗ったリムジンバスを降り、真っ白な日差しにやられそうになる。
商店がゆったりとした間隔で立ち並ぶ明るい通りに、南国風の街路樹が緑の枝を広げていた。
どこか現実感のない景色に驚いていると……。
「ミズキ、ミズキ!」
相楽さんが僕に手招きし、露天のサングラスを無理やりかけてくる。
「なんですかこれ……」
「変なサングラス! っていうか、お前がかけたら普通にイケメンだし……」
彼は残念そうに言って、僕の顔をしげしげと見つめた。
「ミズキはマジでイケメンだな、結婚して」
「しません」
いつもよりかなりテンションの高い相楽さんに呆れる。
今はみんなと一緒なのに、仕事の時の相楽さんではなく、家での彼みたいだ。
(そっか、オフなんだな……)
相楽さんのノリの違いに、僕はそんなことを実感する。
「そこ、何いちゃついてるの? ちゃんとついてきて!」
みんなを先導して歩いている、橘さんの声が聞こえてきた。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
年上の恋人は優しい上司
木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。
仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。
基本は受け視点(一人称)です。
一日一花BL企画 参加作品も含まれています。
表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!!
完結済みにいたしました。
6月13日、同人誌を発売しました。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる