サイテー上司とデザイナーだった僕の半年

谷村にじゅうえん

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3章:ハワイアン・ジントニック

第1話

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翌週――。
出社した僕は、事務所のみんなから思いがけないことを聞かされた。

「荒川くん、仕事大丈夫? 今週末から社員旅行だけど」
「はいっ!?」

橘さんの言葉に、思いっきり高い声で聞き返してしまう。

「あー……やっぱり知らなかった?」
「だと思った……。荒川くんのスケジュール表、来週も普通に埋まってたから」

久保田さんが、苦笑いで僕を見た。

「変だと思ったなら言ってくださいよ。ってか社員旅行ってなんですか!」
「荒川くんが入社する前から決まってたんだ。今週金曜の午後から3泊5日のハワイ。荒川くんの分のチケットも取ってあるけど、相楽から何も聞いてなかった?」

橘さんも同情の目を僕に向ける。

「相楽さーん……」

一緒に住んでいても、あの人の口からハワイなんて言葉はひと言も出ていなかった。
おおかた本人も忘れているんだろう。
今日も外回りで空いている相楽さんの席を、僕は恨めしい思いで眺めた。

「荒川くんの今持っている仕事は……」

WEB上に上がっている僕のスケジュール表を開き、橘さんが聞いてくる。

「作業予定が被るのは、至宝堂さんの販促チラシと、それのWEBサイト用のデザインと……あと、打ち合わせの資料作りが」
「うーん、先延ばしできそうなものはないね。僕で手伝えることがあったら言って」
「はい……」

とはいえ、いつも僕より遅く帰る橘さんに仕事を押しつけることなんてできない。

(相楽さんめ~!)

彼のせいで思いがけず、仕事に追われる1週間を過ごすことになってしまった。



そしてヘロヘロになった金曜日。
僕は社員旅行前最後の仕事として、ストーリー飲料へエコ水の件の打ち合わせにやってきた。

「あれ、今日はおひとりですか?」

会議室フロアの小会議室に、早乙女さんが僕を迎え入れる。

「すみません。相楽は別件で」

(忙しくて考える余裕もなかったけど、相楽さんと早乙女さんの関係が僕の中で謎のままなんだよな……)

そんなことを思いながら、僕は誘導されるまま上座に座る。

「こちらも今日は私1人なので、ちょうどよかったです」

向かいの席に座りながら、早乙女さんはにこやかに笑ってくれた。
それにしても相楽さんとのキスを見てしまった時以来なので、やっぱり気まずい。

(余計なこと考えず、仕事しなきゃ!)

僕は荷物からペンとノートを出し、意識的に気持ちを切り替えた。

「それで細かな制作スケジュールなんですが」

早乙女さんが大きくプリントした進行表を出してくる。
今日は僕が相楽さんに変わって先方からの要望を聞き、ひとりで判断しかねることは持ち帰ることになっていた。

「これはこちらの希望で、最後の納期さえ間に合えば途中は前後しても大丈夫です」

柔らかい声のトーンと、こちらの理解を確認するように取ってくるアイコンタクトがとても自然だ。

(早乙女さん、仕事のできる人なんだろうな)

そう思うとやっぱり相楽さんとお似合いな気がして、じわりと胸が痛んだ。

(あー、考えないようにしようって思ってるのに!)

その時早乙女さんが僕を見て、ためらいがちに口を開いた。

「あの……」
「は、はい……」
「ちょっとだけ、プライベートな話をしてもいいですか?」

チャンスがあったらこの前のことを聞こうとは思っていたけれど、向こうから話を振ってくるとは思わなかった。

「この前の、非常階段でのこと」
「やっぱりその話……ですよね」
「もしかして今日相楽くんが来なかったのって、そのことと関係あったりする?」
「え……?」

早乙女さんの質問の意味をはかりかねる。

(もしかして、早乙女さんは相楽さんに避けられてると思ってる? っていうか今、相楽『くん』って言った?)

きょとんとしていると、早乙女さんの方からもう一度聞いてきた。

「……なんて聞いても、イエスとは言いにくいよね?」
「え、と……いえ、今日は本当に別件で」

それは事実だった。
相楽さんは動きだした案件よりも、常に新規案件の獲得を考えて動いている。
それでつい先日、現代美術を取り上げるテレビ番組からのオファーがあり、今頃彼はテレビ局に出向いているはずだ。

「……そうなの。変なこと聞いてごめん」

早乙女さんが、ホッとしたように頬を緩めた。

「あの……僕からも聞いていいですか?」

迷いながらも僕は切りだす。
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