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2章:紫色のチェ・ゲバラTシャツ
第16話
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そんな時、床に積んだままになっていた段ボール箱が目に留まった。
一旦引っ越しは諦めたもののここには長くはいないと思って、普段使わない荷物は箱詰めしたままになっている。
その中の1番上の箱。
そこに相楽さんの作品集を入れていたのを思い出した。
作品集といっても学生時代の僕が、雑誌の切り抜きやプリントしたWEBページを勝手にファイリングしたものだ。
それをそっと開いてみると、ひどく懐かしい思いにとらわれる。
(これ、広告賞を獲った時のやつだ……)
インタビュー記事で相楽さんは、なぜかティラノサウルスのかぶり物を被っている。
それでも写真に映り込んだ手元は、間違いなく相楽さんのもので。
そこにある指の長い骨張った手を、とても愛おしく感じてしまった。
それからページを遡っていくと、彼のデザイナー時代の作品に行き当たる。
僕はお気に入りのキャラクターイラストを見つけ、その線を指で撫でた。
(このイラストとか、パッと見は相楽さんらしい大胆さなのに0,1ミリ単位で計算され尽してるんだよな……)
久保田さんたちはああ言っていたけれど、本当にこれが下のデザイナーの作品なんだろうか。
ここまで計算された線と個性を、他人が変わって作り出せるとは思えない。
別人の作品が紛れ込んでいれば、それは違和感となって表に出てくるはずだ。
(やっぱりこれは、相楽さん本人の作品だ)
確信があるわけじゃない。
あの人の嘘やハッタリには散々振り回されてきた。
けれど少なくとも彼の『作品』は、信じられる気がして……。
ページを捲るたび、その思いは強くなっていった。
*
翌朝――。
「ミズキ、俺のチェ・ゲバラTシャツ知らねえ? 紫色のやつ」
リビングのドアを開けた相楽さんが、僕をまっすぐに見て言い放った。
(会うのが気まずいって思ってたのに、この人は……)
朝食のパンをかじっていた僕は、モグモグしながら反論する。
「知りませんよ! 脱いで適当なところに置くからでしょう。どうせ洗面所の棚の裏にでも落っこちてると思いますよ」
「洗面所の棚の裏か……」
相楽さんは素直に回れ右をして、リビングを出ていった。
そして洗面所から、ゴソゴソと探す物音が聞こえてくる。
(……あったのかな?)
気まずさもありつつ、気になって僕も洗面所に向かう。
するとちょうど相楽さんが、棚の裏から紫色のTシャツを引っ張りだしたところだった。
「案の定ですね」
予想が当たり、僕はほんの少し得意になる。
「半信半疑だったけど、ミズキの言う通りだった……」
「僕は相楽さんみたいに、適当なことばっかり言いませんから」
「適当ってなんのことだよ?」
相楽さんがムッとした顔でこっちを見た。
そして僕が答える前に自分で言い当てる。
「そうか、昨日のこと言ってんのか!」
「よく分かりましたね」
ミズキに夢中だ、なんて言われて本気にしてしまった自分もどうかと思う。
少し複雑な気分になっていると、ムッとした顔のままの相楽さんにいきなり鼻をつままれた。
「んんっ! 何するんですか!」
「可愛くねーな」
「可愛くなくて結構です!」
「昨日、おっぱい触ってやった時は、素直に感じてたくせに」
カッと顔全体が熱を持つ。
「……っ! それ、今度言ったら張り倒しますよ!?」
鼻をつまむ手を払いのけて行こうとすると、後ろから手首をつかまれた。
「ミーズキ」
「なんですか、なんなんですか……」
「嘘だよ、ごめん」
急に甘え声で言われて、反応に困る。
「何が嘘で、何に対して謝ってるんですか?」
もしも、昨日の甘い言葉が全部嘘だと認めるなら……。
僕も怒りはするけど、なんとか水に流せる気がする。
そんなことを思いながら僕は、朝方のアンニュイな色気を漂わせる彼の顔をそっと見つめた。
一旦引っ越しは諦めたもののここには長くはいないと思って、普段使わない荷物は箱詰めしたままになっている。
その中の1番上の箱。
そこに相楽さんの作品集を入れていたのを思い出した。
作品集といっても学生時代の僕が、雑誌の切り抜きやプリントしたWEBページを勝手にファイリングしたものだ。
それをそっと開いてみると、ひどく懐かしい思いにとらわれる。
(これ、広告賞を獲った時のやつだ……)
インタビュー記事で相楽さんは、なぜかティラノサウルスのかぶり物を被っている。
それでも写真に映り込んだ手元は、間違いなく相楽さんのもので。
そこにある指の長い骨張った手を、とても愛おしく感じてしまった。
それからページを遡っていくと、彼のデザイナー時代の作品に行き当たる。
僕はお気に入りのキャラクターイラストを見つけ、その線を指で撫でた。
(このイラストとか、パッと見は相楽さんらしい大胆さなのに0,1ミリ単位で計算され尽してるんだよな……)
久保田さんたちはああ言っていたけれど、本当にこれが下のデザイナーの作品なんだろうか。
ここまで計算された線と個性を、他人が変わって作り出せるとは思えない。
別人の作品が紛れ込んでいれば、それは違和感となって表に出てくるはずだ。
(やっぱりこれは、相楽さん本人の作品だ)
確信があるわけじゃない。
あの人の嘘やハッタリには散々振り回されてきた。
けれど少なくとも彼の『作品』は、信じられる気がして……。
ページを捲るたび、その思いは強くなっていった。
*
翌朝――。
「ミズキ、俺のチェ・ゲバラTシャツ知らねえ? 紫色のやつ」
リビングのドアを開けた相楽さんが、僕をまっすぐに見て言い放った。
(会うのが気まずいって思ってたのに、この人は……)
朝食のパンをかじっていた僕は、モグモグしながら反論する。
「知りませんよ! 脱いで適当なところに置くからでしょう。どうせ洗面所の棚の裏にでも落っこちてると思いますよ」
「洗面所の棚の裏か……」
相楽さんは素直に回れ右をして、リビングを出ていった。
そして洗面所から、ゴソゴソと探す物音が聞こえてくる。
(……あったのかな?)
気まずさもありつつ、気になって僕も洗面所に向かう。
するとちょうど相楽さんが、棚の裏から紫色のTシャツを引っ張りだしたところだった。
「案の定ですね」
予想が当たり、僕はほんの少し得意になる。
「半信半疑だったけど、ミズキの言う通りだった……」
「僕は相楽さんみたいに、適当なことばっかり言いませんから」
「適当ってなんのことだよ?」
相楽さんがムッとした顔でこっちを見た。
そして僕が答える前に自分で言い当てる。
「そうか、昨日のこと言ってんのか!」
「よく分かりましたね」
ミズキに夢中だ、なんて言われて本気にしてしまった自分もどうかと思う。
少し複雑な気分になっていると、ムッとした顔のままの相楽さんにいきなり鼻をつままれた。
「んんっ! 何するんですか!」
「可愛くねーな」
「可愛くなくて結構です!」
「昨日、おっぱい触ってやった時は、素直に感じてたくせに」
カッと顔全体が熱を持つ。
「……っ! それ、今度言ったら張り倒しますよ!?」
鼻をつまむ手を払いのけて行こうとすると、後ろから手首をつかまれた。
「ミーズキ」
「なんですか、なんなんですか……」
「嘘だよ、ごめん」
急に甘え声で言われて、反応に困る。
「何が嘘で、何に対して謝ってるんですか?」
もしも、昨日の甘い言葉が全部嘘だと認めるなら……。
僕も怒りはするけど、なんとか水に流せる気がする。
そんなことを思いながら僕は、朝方のアンニュイな色気を漂わせる彼の顔をそっと見つめた。
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