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2章:紫色のチェ・ゲバラTシャツ
第13話
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枕の布地が破れてしまったのか、視界の隅で羽根が舞う。
「あんなのは、ただの気まぐれだ。コンペとは何も関係ない」
「関係ないって……じゃあただ、早乙女さんがきれいだから、キスしたくなったとかそういう……」
それにしては今の相楽さんからは、浮ついた気配や、女性を想う照れくささのようなものは読み取れない。
目の前にある彼の瞳はブラックホールみたいに真っ暗で、覗き込む僕の方が吸い込まれてしまいそうだった。
「馬鹿だな、ミズキは」
見つめていた目元がすっと伏せられ、まつげが影を作る。
それからまばたきしたそのあとの瞳が近づいてきて、視界が暗くなった。
鼻先がぶつかり、次の瞬間には唇もぶつかる。
(え――…)
とっさに仰け反って、僕は背中から布団に倒れ込んでしまった。
相楽さんが僕の胸に枕を押しつけ、またキスをする。
「……んっ」
唇の先が触れるだけのキスとは違う、濡れた感触にたじろぐ。
ひんやりとした舌が進入してきて、前歯の先を押し上げた。
(……え? なんでこんなこと……)
あまりに衝撃的なできごとに、思考がついてこない。
身動き取れずにいるうちに、舌を絡め取られ、優しく歯を立てられた。
「や、はあっ……」
自分の口から漏れた、甘い声にドキッとする。
近すぎて視点の合わない、彼の目が笑っていた。
「俺は今、ミズキに夢中なんだ。早乙女になんか興味ねえ」
濡れた吐息とともに、耳元に低い声を吹き込まれる。
「やめてくださいっ、そんなわけ!」
「逃げんな、こっち向け! お前だって、さすがに気づいてたんじゃないのか? ひとつ屋根の下で暮らして、こういう空気、読み取れないほど鈍くねえだろ」
確かにこのマンションでは、僕たちの間にどこか親密な空気が流れていた。
相楽さんはコンペのことで不安な僕を抱きしめてくれたし、柄にもなく手料理をご馳走してくれたりもした。
それに僕と住む理由のひとつとして『抱いてもいいと思ったから』だと彼は言っていた。
思い出し、背筋がビクッと反応する。
相楽さんは布団の上で僕を抱きすくめ、耳元へ唇での愛撫を繰り返していた。
その唇は濡れてひんやりしているのに、僕の体はそれに反応して内側から発熱してしまう。
「駄目ですよ……こんなっ……」
「なんで?」
「だって、僕と相楽さんは……」
「上司と部下だから? それとも男同士だから?」
「どっちもです!」
背中を向けたのと、相楽さんの左手がシャツの上から体をまさぐってきたのとがほぼ同時だった。
「……あっ!」
脇の下をくぐって前へ来た左手に、胸の先を探し当てられる。
「だから、駄目だって――…」
「明日、世界が滅びるとしたら」
「えっ?」
「それでもミズキは今、俺を拒むのか?」
「……っ」
後ろを振り向くと、肩越しに唇を奪われた。
「あっ、相楽さ……っ……」
シャツ越しの、胸への刺激がもどかしい。
「それで拒まないなら……お前はもう、俺を受け入れてるんじゃないのか?」
耳元で語りかける、相楽さんの声が切なくかすれた。
(明日世界が滅びるなら……こういうことする罪悪感も、ないのかな?)
それなら自分の体面を保つより、目の前の人のことを悲しませたくないと思ってしまう。
「ミズキ、こっち向け。ちゃんと顔を見せてくれ」
慣れない刺激に、うつむき加減になっていた首を持ち上げる。
「そんなに目、潤ませて。可愛いな……」
笑う瞳と目が合って、こんな時なのにホッとした。
「相楽さんのこと、信じていいんですか?」
「お前だけは泣かせたくない。泣かせるようなことは、しないから……」
布団の上に組み伏せられ、真上からのキスを受ける。
(いいのかな? この人を信じても……)
部屋の天井を、また羽根が舞っている。
その下で僕は、甘いため息とともに体の力を抜いた――。
そんな時、スマホのバイブ音が聞こえてきてハッとする。
相楽さんが小さく舌打ちしながら、ポケットからスマホを取り出した。
彼は画面を見て、電源ボタンに指をかける。
「誰からですか?」
「……っ!」
「どうして黙るんですか」
何も言えないのはおかしい。
僕はとっさに彼のスマホをつかみ、画面をこちらへ向けた。
「あんなのは、ただの気まぐれだ。コンペとは何も関係ない」
「関係ないって……じゃあただ、早乙女さんがきれいだから、キスしたくなったとかそういう……」
それにしては今の相楽さんからは、浮ついた気配や、女性を想う照れくささのようなものは読み取れない。
目の前にある彼の瞳はブラックホールみたいに真っ暗で、覗き込む僕の方が吸い込まれてしまいそうだった。
「馬鹿だな、ミズキは」
見つめていた目元がすっと伏せられ、まつげが影を作る。
それからまばたきしたそのあとの瞳が近づいてきて、視界が暗くなった。
鼻先がぶつかり、次の瞬間には唇もぶつかる。
(え――…)
とっさに仰け反って、僕は背中から布団に倒れ込んでしまった。
相楽さんが僕の胸に枕を押しつけ、またキスをする。
「……んっ」
唇の先が触れるだけのキスとは違う、濡れた感触にたじろぐ。
ひんやりとした舌が進入してきて、前歯の先を押し上げた。
(……え? なんでこんなこと……)
あまりに衝撃的なできごとに、思考がついてこない。
身動き取れずにいるうちに、舌を絡め取られ、優しく歯を立てられた。
「や、はあっ……」
自分の口から漏れた、甘い声にドキッとする。
近すぎて視点の合わない、彼の目が笑っていた。
「俺は今、ミズキに夢中なんだ。早乙女になんか興味ねえ」
濡れた吐息とともに、耳元に低い声を吹き込まれる。
「やめてくださいっ、そんなわけ!」
「逃げんな、こっち向け! お前だって、さすがに気づいてたんじゃないのか? ひとつ屋根の下で暮らして、こういう空気、読み取れないほど鈍くねえだろ」
確かにこのマンションでは、僕たちの間にどこか親密な空気が流れていた。
相楽さんはコンペのことで不安な僕を抱きしめてくれたし、柄にもなく手料理をご馳走してくれたりもした。
それに僕と住む理由のひとつとして『抱いてもいいと思ったから』だと彼は言っていた。
思い出し、背筋がビクッと反応する。
相楽さんは布団の上で僕を抱きすくめ、耳元へ唇での愛撫を繰り返していた。
その唇は濡れてひんやりしているのに、僕の体はそれに反応して内側から発熱してしまう。
「駄目ですよ……こんなっ……」
「なんで?」
「だって、僕と相楽さんは……」
「上司と部下だから? それとも男同士だから?」
「どっちもです!」
背中を向けたのと、相楽さんの左手がシャツの上から体をまさぐってきたのとがほぼ同時だった。
「……あっ!」
脇の下をくぐって前へ来た左手に、胸の先を探し当てられる。
「だから、駄目だって――…」
「明日、世界が滅びるとしたら」
「えっ?」
「それでもミズキは今、俺を拒むのか?」
「……っ」
後ろを振り向くと、肩越しに唇を奪われた。
「あっ、相楽さ……っ……」
シャツ越しの、胸への刺激がもどかしい。
「それで拒まないなら……お前はもう、俺を受け入れてるんじゃないのか?」
耳元で語りかける、相楽さんの声が切なくかすれた。
(明日世界が滅びるなら……こういうことする罪悪感も、ないのかな?)
それなら自分の体面を保つより、目の前の人のことを悲しませたくないと思ってしまう。
「ミズキ、こっち向け。ちゃんと顔を見せてくれ」
慣れない刺激に、うつむき加減になっていた首を持ち上げる。
「そんなに目、潤ませて。可愛いな……」
笑う瞳と目が合って、こんな時なのにホッとした。
「相楽さんのこと、信じていいんですか?」
「お前だけは泣かせたくない。泣かせるようなことは、しないから……」
布団の上に組み伏せられ、真上からのキスを受ける。
(いいのかな? この人を信じても……)
部屋の天井を、また羽根が舞っている。
その下で僕は、甘いため息とともに体の力を抜いた――。
そんな時、スマホのバイブ音が聞こえてきてハッとする。
相楽さんが小さく舌打ちしながら、ポケットからスマホを取り出した。
彼は画面を見て、電源ボタンに指をかける。
「誰からですか?」
「……っ!」
「どうして黙るんですか」
何も言えないのはおかしい。
僕はとっさに彼のスマホをつかみ、画面をこちらへ向けた。
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