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2章:紫色のチェ・ゲバラTシャツ
第11話
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(マズい、相楽さんの分のゲストバッチ、僕が預かったままだった!)
さすがにゲストバッチがないだけで警備に捕まることはないだろうが、相楽さんがまだこのビルにいるなら、渡しておいた方がよさそうだ。
僕はゲストバッチを手に、彼の乗っていったエレベーターを追いかけた。
*
(相楽さん、どこ行っちゃったんだろう?)
まず会議室のフロアへ来てみたけれど、それらしい姿は見当たらない。
(ここじゃないとなると……)
企画部は、エレベーターでここより2階上だった。
ところがここの社員たちの退社時刻に差しかかってしまったようで、各駅停車のエレベーターは一向に来る気配がない。
(……どうしよう?)
その時、廊下の頭上に掲示されている、非常階段のピクトグラムが目に留まった。
(非常階段か。2階上なら、そっちの方が早いかも?)
ピクトグラムに導かれて重たいドアを開けると、そこは外階段になっていた。
隣のビルが近いせいで薄暗く、見通しも悪い。
その上、下の通りからは車の走行音が聞こえてきて騒がしかった。
(これ、階段から落ちたら誰にも気づかれずに死ぬよな……)
僕は足がすくむのを感じつつ、階段へ1歩踏み出した。
慎重に歩を進め、1階上のドアの前に到着する。
(あと1階だ……)
息をつき、先を見上げた時だった。
途中で折れた階段の向こう側に、人がいることに気づく。
何か、胸騒ぎがした。
僕は手すりに身を乗り出し、上を見ようとする。
(え……?)
手すりにもたれかかるようにして、体を寄せ合っている人たちがいる。
もつれ合う足が見えて、そのことが分かった。
ひとつはストッキングを履いている、女性の足。
もうひとつは……。
見覚えのある色の、チノパンだった。
胸騒ぎがひどくなる。
「ん……」
うめくような、女の声が聞こえた。
このまま行くべきかどうか迷って、上と下を見た。
このまま行けば、見てはいけないものを見てしまう気がする。
けれど……。
(僕の、思い違いかもしれないし……)
踊り場の少し手前まで行って、もう一度上を確かめた。
(あ――)
息が止まり、騒がしかった車の音が聞こえなくなる。
そこで絡み合っていたのは、相楽さんと、クライアントの早乙女さんだった――。
相楽さんが顎を引き、2人の顔が離れる。
深いキスをしていたのか、唇から糸が引くのが見えた。
僕はショックに崩れ落ちそうになりながら、階段の手すりを強くつかむ。
その瞬間、相楽さんがこっちを向いた。
お互いに見つめ合い、声も出ない。
「荒川くん……」
沈黙を破ったのは、相楽さんでも僕でもなく、早乙女さんだった。
「どうして、ここに……」
「ごめんなさい、僕はただ……これを渡そうと」
相楽さんの分のゲストバッチを前に示す。
「本当に、ごめんなさい」
どうして自分が謝っているのか分からない。
相楽さんの手元にバッチを押しつけ、逃げるように階段を下りる。
(相楽さんと早乙女さんがそういう仲なら、昨日のコンペは、初めからうちが有利だったんだ……)
それを目的に、相楽さんが早乙女さんに近づいたのかもしれない。
思えばコンペは半月前から決まっていた。
その間に相楽さんは早乙女さんを誘い出し、口説くこともできたはずだ。
そういえば、あの人がマンションに帰らない夜だって、何度もあった。
――ミズキ、俺を信じろ。
コンペの前に聞いた、相楽さんの言葉が頭の中に響く。
いま見てしまった景色が現実なら、あの言葉の意味も違ってくるはずだ。
(僕は……どういう意味で、あなたを信じればよかったんですか!?)
相楽さんは追ってこない。
ワケの分からない涙が、頬を濡らした。
*
さすがにゲストバッチがないだけで警備に捕まることはないだろうが、相楽さんがまだこのビルにいるなら、渡しておいた方がよさそうだ。
僕はゲストバッチを手に、彼の乗っていったエレベーターを追いかけた。
*
(相楽さん、どこ行っちゃったんだろう?)
まず会議室のフロアへ来てみたけれど、それらしい姿は見当たらない。
(ここじゃないとなると……)
企画部は、エレベーターでここより2階上だった。
ところがここの社員たちの退社時刻に差しかかってしまったようで、各駅停車のエレベーターは一向に来る気配がない。
(……どうしよう?)
その時、廊下の頭上に掲示されている、非常階段のピクトグラムが目に留まった。
(非常階段か。2階上なら、そっちの方が早いかも?)
ピクトグラムに導かれて重たいドアを開けると、そこは外階段になっていた。
隣のビルが近いせいで薄暗く、見通しも悪い。
その上、下の通りからは車の走行音が聞こえてきて騒がしかった。
(これ、階段から落ちたら誰にも気づかれずに死ぬよな……)
僕は足がすくむのを感じつつ、階段へ1歩踏み出した。
慎重に歩を進め、1階上のドアの前に到着する。
(あと1階だ……)
息をつき、先を見上げた時だった。
途中で折れた階段の向こう側に、人がいることに気づく。
何か、胸騒ぎがした。
僕は手すりに身を乗り出し、上を見ようとする。
(え……?)
手すりにもたれかかるようにして、体を寄せ合っている人たちがいる。
もつれ合う足が見えて、そのことが分かった。
ひとつはストッキングを履いている、女性の足。
もうひとつは……。
見覚えのある色の、チノパンだった。
胸騒ぎがひどくなる。
「ん……」
うめくような、女の声が聞こえた。
このまま行くべきかどうか迷って、上と下を見た。
このまま行けば、見てはいけないものを見てしまう気がする。
けれど……。
(僕の、思い違いかもしれないし……)
踊り場の少し手前まで行って、もう一度上を確かめた。
(あ――)
息が止まり、騒がしかった車の音が聞こえなくなる。
そこで絡み合っていたのは、相楽さんと、クライアントの早乙女さんだった――。
相楽さんが顎を引き、2人の顔が離れる。
深いキスをしていたのか、唇から糸が引くのが見えた。
僕はショックに崩れ落ちそうになりながら、階段の手すりを強くつかむ。
その瞬間、相楽さんがこっちを向いた。
お互いに見つめ合い、声も出ない。
「荒川くん……」
沈黙を破ったのは、相楽さんでも僕でもなく、早乙女さんだった。
「どうして、ここに……」
「ごめんなさい、僕はただ……これを渡そうと」
相楽さんの分のゲストバッチを前に示す。
「本当に、ごめんなさい」
どうして自分が謝っているのか分からない。
相楽さんの手元にバッチを押しつけ、逃げるように階段を下りる。
(相楽さんと早乙女さんがそういう仲なら、昨日のコンペは、初めからうちが有利だったんだ……)
それを目的に、相楽さんが早乙女さんに近づいたのかもしれない。
思えばコンペは半月前から決まっていた。
その間に相楽さんは早乙女さんを誘い出し、口説くこともできたはずだ。
そういえば、あの人がマンションに帰らない夜だって、何度もあった。
――ミズキ、俺を信じろ。
コンペの前に聞いた、相楽さんの言葉が頭の中に響く。
いま見てしまった景色が現実なら、あの言葉の意味も違ってくるはずだ。
(僕は……どういう意味で、あなたを信じればよかったんですか!?)
相楽さんは追ってこない。
ワケの分からない涙が、頬を濡らした。
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