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2章:紫色のチェ・ゲバラTシャツ
第7話
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確かに相楽さんの料理は、それなりの腕前だった。
パスタの塩加減はばっちりだし、包丁を握る手つきも手慣れていた。
スパイスなんかにやたらと凝る人もいるけれど、最低限の食材でしっかりと味を調えられるのは、いかにも器用な彼らしい。
そして大きな器を使った盛りつけ方は、レストランみたいにきれいだった。
「けど……料理ができるなら、片づけなんて簡単だと思いますけど……」
ふと気づいて指摘すると、相楽さんは右手に握ったフォークの先を呆れ顔で僕に向ける。
「そういう問題じゃない! 俺は創造性のある作業が好きなんだ」
自信満々に言う言い訳に笑ってしまったけれど、言いたいことはよく分かった。
つまり食事の片づけは、できないんじゃなくて、やらないだけらしい。
「本当に勝手な人ですねえ」
「勝手で結構。そういうミズキは、逆にあるものに手を入れるのが好きみたいだけどな」
「あるものに手を入れる?」
なんのことかと思えば、相楽さんは僕の修理した椅子をポンポンと叩いてみせた。
「ああ、これのことですか。僕は手を入れるというより、ものを大切に使うのが好きなんです。これ、パーシモンチェアですよね? 長大作がデザインした」
「そうだった」
相楽さんが、思い出したように椅子を見下ろす。
「僕はデザインするのも好きですけど、今あるいいものを、大切にしたいんです。世の中にあふれているデザインのほとんどは、どんどん消費されて、消えていってしまうから……」
「消えていく……まあそうか」
相楽さんも、一旦納得したような顔をした。
けれどもすぐ僕の顔を見て、面白そうに笑いだす。
「っていうか、ミズキはじじいか!」
「えっ、じいい?」
「そうだよ。そういう懐古主義的なことをいうのは大抵じじいだ」
「そう言われると、そうかもしれませんけど……」
なかなか就職が決まらなかった僕は、デザイン業界を志しながら、その周辺をじっと見つめていた。
そうすると、いろいろなことを考えてしまう。
デザインとは何か。
新しい形を、ものあり方を、生み出すことの意味は……。
そして業界の動きはめまぐるしい。
次々と新しいものがもてはやされる一方で、忘れ去られていくもの、疲弊していく人々の存在にも気づく。
「確かに僕の考えは懐古主義かもしれません。けどこの前納品したクレアポルテのポスターだって、期間限定のキャンペーンでたった1カ月の命じゃないですか。僕の手がけた作品が世に出るのは嬉しいですけど、ずっと使ってもらうのは本当に難しいんだなって……」
「ミズキは、そんなふうに考えてるのか」
相楽さんが、フォークを止めて僕を見た。
「……すみません。新人のくせにこんなこと言うのはおこがましいですよね!」
彼から視線を外し、パスタを口に押し込む。
「別におこがましくなんかない。俺がもっとでかい仕事を取ってきてやるよ!」
パスタを咀嚼していた背中を、いきなり平手で叩かれた。
「ごふっ……何するんですか!」
「悪い」
「もう……」
そこでふと、相楽さんが遠くに目を向ける。
「けどさ、たった1カ月の命、それも結構じゃないか」
(え……?)
僕は驚きをもって、彼の横顔を見つめる。
「俺は一瞬の輝きに人生かけられるし、一瞬でも誰かを楽しませたり、喜ばせたりできればそれでいい。歴史の評価なんて、そんなたいそうなものは望まねえよ」
そう言って相楽さんは、グラスの水を豪快に飲み干した。
その刹那主義的な考えはいかにも彼らしい。
けれどもオリンピックロゴを初め、そんな相楽さんの作品のいくつもが歴史に残っている。
いいものは残る、それだけだ。
天才は後ろを振り向き、感傷に浸ったりはしない。
(やっぱりこの人は、天才なんだ……)
そんな時、相楽さんがテーブルの脇に置いていたスケッチブックに手を伸ばす。
「で、これがミズキのエコ水?」
「あ~っ、それは!」
慌てて回収しようとしたけれど、スケッチブックの中身をばっちり見られてしまった。
パスタの塩加減はばっちりだし、包丁を握る手つきも手慣れていた。
スパイスなんかにやたらと凝る人もいるけれど、最低限の食材でしっかりと味を調えられるのは、いかにも器用な彼らしい。
そして大きな器を使った盛りつけ方は、レストランみたいにきれいだった。
「けど……料理ができるなら、片づけなんて簡単だと思いますけど……」
ふと気づいて指摘すると、相楽さんは右手に握ったフォークの先を呆れ顔で僕に向ける。
「そういう問題じゃない! 俺は創造性のある作業が好きなんだ」
自信満々に言う言い訳に笑ってしまったけれど、言いたいことはよく分かった。
つまり食事の片づけは、できないんじゃなくて、やらないだけらしい。
「本当に勝手な人ですねえ」
「勝手で結構。そういうミズキは、逆にあるものに手を入れるのが好きみたいだけどな」
「あるものに手を入れる?」
なんのことかと思えば、相楽さんは僕の修理した椅子をポンポンと叩いてみせた。
「ああ、これのことですか。僕は手を入れるというより、ものを大切に使うのが好きなんです。これ、パーシモンチェアですよね? 長大作がデザインした」
「そうだった」
相楽さんが、思い出したように椅子を見下ろす。
「僕はデザインするのも好きですけど、今あるいいものを、大切にしたいんです。世の中にあふれているデザインのほとんどは、どんどん消費されて、消えていってしまうから……」
「消えていく……まあそうか」
相楽さんも、一旦納得したような顔をした。
けれどもすぐ僕の顔を見て、面白そうに笑いだす。
「っていうか、ミズキはじじいか!」
「えっ、じいい?」
「そうだよ。そういう懐古主義的なことをいうのは大抵じじいだ」
「そう言われると、そうかもしれませんけど……」
なかなか就職が決まらなかった僕は、デザイン業界を志しながら、その周辺をじっと見つめていた。
そうすると、いろいろなことを考えてしまう。
デザインとは何か。
新しい形を、ものあり方を、生み出すことの意味は……。
そして業界の動きはめまぐるしい。
次々と新しいものがもてはやされる一方で、忘れ去られていくもの、疲弊していく人々の存在にも気づく。
「確かに僕の考えは懐古主義かもしれません。けどこの前納品したクレアポルテのポスターだって、期間限定のキャンペーンでたった1カ月の命じゃないですか。僕の手がけた作品が世に出るのは嬉しいですけど、ずっと使ってもらうのは本当に難しいんだなって……」
「ミズキは、そんなふうに考えてるのか」
相楽さんが、フォークを止めて僕を見た。
「……すみません。新人のくせにこんなこと言うのはおこがましいですよね!」
彼から視線を外し、パスタを口に押し込む。
「別におこがましくなんかない。俺がもっとでかい仕事を取ってきてやるよ!」
パスタを咀嚼していた背中を、いきなり平手で叩かれた。
「ごふっ……何するんですか!」
「悪い」
「もう……」
そこでふと、相楽さんが遠くに目を向ける。
「けどさ、たった1カ月の命、それも結構じゃないか」
(え……?)
僕は驚きをもって、彼の横顔を見つめる。
「俺は一瞬の輝きに人生かけられるし、一瞬でも誰かを楽しませたり、喜ばせたりできればそれでいい。歴史の評価なんて、そんなたいそうなものは望まねえよ」
そう言って相楽さんは、グラスの水を豪快に飲み干した。
その刹那主義的な考えはいかにも彼らしい。
けれどもオリンピックロゴを初め、そんな相楽さんの作品のいくつもが歴史に残っている。
いいものは残る、それだけだ。
天才は後ろを振り向き、感傷に浸ったりはしない。
(やっぱりこの人は、天才なんだ……)
そんな時、相楽さんがテーブルの脇に置いていたスケッチブックに手を伸ばす。
「で、これがミズキのエコ水?」
「あ~っ、それは!」
慌てて回収しようとしたけれど、スケッチブックの中身をばっちり見られてしまった。
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