サイテー上司とデザイナーだった僕の半年

谷村にじゅうえん

文字の大きさ
上 下
19 / 58
2章:紫色のチェ・ゲバラTシャツ

第5話

しおりを挟む
「……ミズキ、大丈夫か?」
「大丈夫です……」
「あんな小者相手にびびってんじゃねえぞ」
「そんなこと言われても……」

あからさまな悪意を向けられるのに慣れている人は少ないと思う。
僕から見たら相楽さんも三木さんも、雲の上に住む特別な人間だ。

「相楽さんこそ、よくもまああんなハッタリが言えましたね」
「ハッタリ?」

彼は不思議そうに、僕の顔を見た。

「そうですよ。僕がエース候補とか、僕を落としたのは三木さんの判断ミスだとか……」
「エース候補かはともかく、ミズキの才能を見抜けなかったのは、本気で三木さんの判断ミスだろ」

相楽さんは、それが当たり前のような顔をして言う。

「けどそういう相楽さんだって、僕のこと営業要員として拾っただけですよね? 才能を認めてくれたわけじゃない」
「お前、まだそのことで拗ねてんのか」
「拗ねてるとかじゃなくて、僕は事実を……」

言いかけた僕の頬を、相楽さんがぎゅっとつまんだ。

「ミズキ、なんか勘違いしてないか?」

(勘違い?)

目で聞き返す。

「俺はこの顔を、すごくいいと思った。そりゃあ営業に連れてけば、取引先の女に可愛がられるだろうなっていう打算もあったよ。けどさ、相手が馬鹿かできるヤツかは、顔見りゃだいたい分かる。ミズキはできる男だ、そばに置いておいて損はない。そう思った俺は間違ってなかった」

(相楽さん……)

思わず納得してしまいそうになったけど、騙されてはいけない。
相楽さんが僕を拾った理由が、顔だけだという事実は変わらない。
僕は落胆しながら、頬をつまんでいるその手を払いのけた。

「結局、久保田さんたちが言うように僕は顔採用なんですね」
「顔も実力だろ」
「意味が分かりません」
「こんなところで拗ねんなって!」

相楽さんが言うように、僕は拗ねているんだろうか?

「……そろそろ行くぞ? 時間に遅れる」

相楽さんに促され、ビルの受付に進んだ。

顔で採用された僕が、実力勝負のコンペで採用を勝ち取ることができるのだろうか。
もちろんアートディレクターは相楽さんなんだから、僕はその指示に従い実力を出し切ればいい。
けれどコンペに負ければ三木さんを喜ばせ、相楽さんに恥をかかせることになる。
そう思うと、オリエンに向かう足が重かった。



それから――。

オリエンを終えた僕は、事務所ではなく裏のマンションに直帰していた。
相楽さんは次の訪問先があるということで、駅で別れている。
季節は初夏。夕刻のリビングには、ブラインド越しに斜めの光が差し込んでいた。

(あーどうしよ……)

オリエンを受けた今になっても、何もイメージが浮かばない。
あるのはプレッシャーばかりだった。
ベランダに続くサッシを開け、リビングのよどんだ空気を入れ換える。

相楽さんに不動産屋の資料を破かれたあと、僕は一旦引っ越しを諦め、この部屋の整備に動き始めていた。
散らかりがちな小物の定位置を決め、棚にピクトグラムのラベルを貼った。
千切れていたブラインドの紐は新しいものに取り替え、破れかけたまま放置されていたリビングチェアの座面もなんとか修理した。

物は大切に長く使う。
それが信条の僕は、修理したりリサイクルしたりということが割と得意だ。
それを活かして、学生時代はリサイクル屋でバイトしていたくらいだ。

オリエンで貰ってきたペットボトルの水をテーブルに置き、自ら修理した椅子に腰を下ろす。
目の前にあるこの水がストーリー飲料の出す新商品なのだが、中身はなんとただの水道水だ。
貴重な水資源の活用を目的とし『エコ水』というネーミングで打ち出したいらしいが、名水でもないただの水を売るとなると魅力付けが難しい。
そこで販売元はデザインの力でなんとかしたいと考え、今回、ほうぼうのデザイン事務所に声をかけたということだ。

確かに見れば見るほどなんの変哲もない水だった。
ボトルを包む透明ラベルに、今は緑色の丸ゴシックで『エコ水』とだけ書かれている。

(水道水なら、普通に水道のを飲むよなあ)

そんなことを思いながら、僕はペットボトルのキャップをひねった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

青少年病棟

BL
性に関する診察・治療を行う病院。 小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。 ※性的描写あり。 ※患者・医師ともに全員男性です。 ※主人公の患者は中学一年生設定。 ※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜

水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。 そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー ------------------------------- 松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳 カフェ・ルーシェのオーナー 横家大輝(よこやだいき) 27歳 サッカー選手 吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳 ファッションデザイナー ------------------------------- 2024.12.21~

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

処理中です...