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2章:紫色のチェ・ゲバラTシャツ
第5話
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「……ミズキ、大丈夫か?」
「大丈夫です……」
「あんな小者相手にびびってんじゃねえぞ」
「そんなこと言われても……」
あからさまな悪意を向けられるのに慣れている人は少ないと思う。
僕から見たら相楽さんも三木さんも、雲の上に住む特別な人間だ。
「相楽さんこそ、よくもまああんなハッタリが言えましたね」
「ハッタリ?」
彼は不思議そうに、僕の顔を見た。
「そうですよ。僕がエース候補とか、僕を落としたのは三木さんの判断ミスだとか……」
「エース候補かはともかく、ミズキの才能を見抜けなかったのは、本気で三木さんの判断ミスだろ」
相楽さんは、それが当たり前のような顔をして言う。
「けどそういう相楽さんだって、僕のこと営業要員として拾っただけですよね? 才能を認めてくれたわけじゃない」
「お前、まだそのことで拗ねてんのか」
「拗ねてるとかじゃなくて、僕は事実を……」
言いかけた僕の頬を、相楽さんがぎゅっとつまんだ。
「ミズキ、なんか勘違いしてないか?」
(勘違い?)
目で聞き返す。
「俺はこの顔を、すごくいいと思った。そりゃあ営業に連れてけば、取引先の女に可愛がられるだろうなっていう打算もあったよ。けどさ、相手が馬鹿かできるヤツかは、顔見りゃだいたい分かる。ミズキはできる男だ、そばに置いておいて損はない。そう思った俺は間違ってなかった」
(相楽さん……)
思わず納得してしまいそうになったけど、騙されてはいけない。
相楽さんが僕を拾った理由が、顔だけだという事実は変わらない。
僕は落胆しながら、頬をつまんでいるその手を払いのけた。
「結局、久保田さんたちが言うように僕は顔採用なんですね」
「顔も実力だろ」
「意味が分かりません」
「こんなところで拗ねんなって!」
相楽さんが言うように、僕は拗ねているんだろうか?
「……そろそろ行くぞ? 時間に遅れる」
相楽さんに促され、ビルの受付に進んだ。
顔で採用された僕が、実力勝負のコンペで採用を勝ち取ることができるのだろうか。
もちろんアートディレクターは相楽さんなんだから、僕はその指示に従い実力を出し切ればいい。
けれどコンペに負ければ三木さんを喜ばせ、相楽さんに恥をかかせることになる。
そう思うと、オリエンに向かう足が重かった。
*
それから――。
オリエンを終えた僕は、事務所ではなく裏のマンションに直帰していた。
相楽さんは次の訪問先があるということで、駅で別れている。
季節は初夏。夕刻のリビングには、ブラインド越しに斜めの光が差し込んでいた。
(あーどうしよ……)
オリエンを受けた今になっても、何もイメージが浮かばない。
あるのはプレッシャーばかりだった。
ベランダに続くサッシを開け、リビングのよどんだ空気を入れ換える。
相楽さんに不動産屋の資料を破かれたあと、僕は一旦引っ越しを諦め、この部屋の整備に動き始めていた。
散らかりがちな小物の定位置を決め、棚にピクトグラムのラベルを貼った。
千切れていたブラインドの紐は新しいものに取り替え、破れかけたまま放置されていたリビングチェアの座面もなんとか修理した。
物は大切に長く使う。
それが信条の僕は、修理したりリサイクルしたりということが割と得意だ。
それを活かして、学生時代はリサイクル屋でバイトしていたくらいだ。
オリエンで貰ってきたペットボトルの水をテーブルに置き、自ら修理した椅子に腰を下ろす。
目の前にあるこの水がストーリー飲料の出す新商品なのだが、中身はなんとただの水道水だ。
貴重な水資源の活用を目的とし『エコ水』というネーミングで打ち出したいらしいが、名水でもないただの水を売るとなると魅力付けが難しい。
そこで販売元はデザインの力でなんとかしたいと考え、今回、ほうぼうのデザイン事務所に声をかけたということだ。
確かに見れば見るほどなんの変哲もない水だった。
ボトルを包む透明ラベルに、今は緑色の丸ゴシックで『エコ水』とだけ書かれている。
(水道水なら、普通に水道のを飲むよなあ)
そんなことを思いながら、僕はペットボトルのキャップをひねった。
「大丈夫です……」
「あんな小者相手にびびってんじゃねえぞ」
「そんなこと言われても……」
あからさまな悪意を向けられるのに慣れている人は少ないと思う。
僕から見たら相楽さんも三木さんも、雲の上に住む特別な人間だ。
「相楽さんこそ、よくもまああんなハッタリが言えましたね」
「ハッタリ?」
彼は不思議そうに、僕の顔を見た。
「そうですよ。僕がエース候補とか、僕を落としたのは三木さんの判断ミスだとか……」
「エース候補かはともかく、ミズキの才能を見抜けなかったのは、本気で三木さんの判断ミスだろ」
相楽さんは、それが当たり前のような顔をして言う。
「けどそういう相楽さんだって、僕のこと営業要員として拾っただけですよね? 才能を認めてくれたわけじゃない」
「お前、まだそのことで拗ねてんのか」
「拗ねてるとかじゃなくて、僕は事実を……」
言いかけた僕の頬を、相楽さんがぎゅっとつまんだ。
「ミズキ、なんか勘違いしてないか?」
(勘違い?)
目で聞き返す。
「俺はこの顔を、すごくいいと思った。そりゃあ営業に連れてけば、取引先の女に可愛がられるだろうなっていう打算もあったよ。けどさ、相手が馬鹿かできるヤツかは、顔見りゃだいたい分かる。ミズキはできる男だ、そばに置いておいて損はない。そう思った俺は間違ってなかった」
(相楽さん……)
思わず納得してしまいそうになったけど、騙されてはいけない。
相楽さんが僕を拾った理由が、顔だけだという事実は変わらない。
僕は落胆しながら、頬をつまんでいるその手を払いのけた。
「結局、久保田さんたちが言うように僕は顔採用なんですね」
「顔も実力だろ」
「意味が分かりません」
「こんなところで拗ねんなって!」
相楽さんが言うように、僕は拗ねているんだろうか?
「……そろそろ行くぞ? 時間に遅れる」
相楽さんに促され、ビルの受付に進んだ。
顔で採用された僕が、実力勝負のコンペで採用を勝ち取ることができるのだろうか。
もちろんアートディレクターは相楽さんなんだから、僕はその指示に従い実力を出し切ればいい。
けれどコンペに負ければ三木さんを喜ばせ、相楽さんに恥をかかせることになる。
そう思うと、オリエンに向かう足が重かった。
*
それから――。
オリエンを終えた僕は、事務所ではなく裏のマンションに直帰していた。
相楽さんは次の訪問先があるということで、駅で別れている。
季節は初夏。夕刻のリビングには、ブラインド越しに斜めの光が差し込んでいた。
(あーどうしよ……)
オリエンを受けた今になっても、何もイメージが浮かばない。
あるのはプレッシャーばかりだった。
ベランダに続くサッシを開け、リビングのよどんだ空気を入れ換える。
相楽さんに不動産屋の資料を破かれたあと、僕は一旦引っ越しを諦め、この部屋の整備に動き始めていた。
散らかりがちな小物の定位置を決め、棚にピクトグラムのラベルを貼った。
千切れていたブラインドの紐は新しいものに取り替え、破れかけたまま放置されていたリビングチェアの座面もなんとか修理した。
物は大切に長く使う。
それが信条の僕は、修理したりリサイクルしたりということが割と得意だ。
それを活かして、学生時代はリサイクル屋でバイトしていたくらいだ。
オリエンで貰ってきたペットボトルの水をテーブルに置き、自ら修理した椅子に腰を下ろす。
目の前にあるこの水がストーリー飲料の出す新商品なのだが、中身はなんとただの水道水だ。
貴重な水資源の活用を目的とし『エコ水』というネーミングで打ち出したいらしいが、名水でもないただの水を売るとなると魅力付けが難しい。
そこで販売元はデザインの力でなんとかしたいと考え、今回、ほうぼうのデザイン事務所に声をかけたということだ。
確かに見れば見るほどなんの変哲もない水だった。
ボトルを包む透明ラベルに、今は緑色の丸ゴシックで『エコ水』とだけ書かれている。
(水道水なら、普通に水道のを飲むよなあ)
そんなことを思いながら、僕はペットボトルのキャップをひねった。
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