18 / 58
2章:紫色のチェ・ゲバラTシャツ
第4話
しおりを挟む
(僕は、相楽さんとどうなりたいんだろ……)
いろいろあっても、この人は僕にとって憧れの人だ。
彼の作品を見て感動し、影響を受けてきた。
その人柄にはムカつくことも多いけど、褒められれば他の誰に言われるより嬉しいし、もっと頑張りたいと思う。
(やっぱり……特別扱いされたいのかな?)
自分の気持ちが分からなくて、余計にモヤモヤする。
「昼飯行ってきます!」
勢いよく立ち上がると、2人が驚いた顔で僕を見た。
「え、お前、キリのいいところまでやりたいからって残ったんじゃねーの?」
「気が変わりました!」
「なんだ、突然だな……」
「そう、いってらっしゃい……」
2人の声を背中で聞きながら、靴を履く。
そして事務所を出て外の空気吸っても、胸のモヤモヤはなかなか晴れてくれなかった。
*
その翌日のことだった。
相楽さんのお供をして行った飲料メーカーの本社ビルで、僕は思いがけない人と鉢合わせする――。
「相楽くん?」
僕を連れて歩く相楽さんに声をかけてきたのは、以前は面接官として僕の前に現れた、電報堂イノベーションズの三木さんだった。
今日はスーツでなく爽やかな色のポロシャツで、髪も撫でつけずにラフに下ろしている。
「三木さん、その節はどうも」
相楽さんが足を止め、人の行き交うロビーで三木さんに対峙する。
三木さんの斜め後ろには、部下らしき若い男も一緒にいた。
「そちらも新商品のデザインコンペですか?」
相楽さんが人懐っこい笑みを浮かべる。
今回僕たちはここの会社・ストーリー飲料が出す飲料水の、デザインコンペのオリエンに呼ばれてきていた。
新商品を出すにあたり複数のデザイン事務所に声をかけ、コンペ形式でそのデザインを募っているわけだ。
「ええ、おたくもその件でしたか」
三木さんの視線が相楽さんと、それから僕に注がれる。
そこで彼はようやく僕に気づいたらしく、片眉を上げた。
「君は確か……」
「面接でお世話になった、荒川水樹です」
おそらく彼は覚えていないだろうけれど、僕は自分の名前を口にする。
「アラカワ……ふうん」
思った通り、初めて名前を聞いたような反応が返ってきた。
三木さんはポロシャツの襟を整えながら、相楽さんに視線を戻す。
「相楽くんのところは少数精鋭でやってるって聞いたけど、どうしてまたうちで落とした子なんかを採ったんだい? さすがに君の判断ミスだと思うな」
「判断ミス……?」
さすがにカチンときたのか、相楽さんが腹の底に響く声でつぶやいた。
(わっ、これは完全に怒ってるよね?)
とっさに体の後ろで、僕は彼の腕に触れる。
これからコンペに参加させてもらう企業のロビーで、ライバル会社の人とケンカするわけにはいかない。
もともと相楽さんも感情より仕事を優先する人だけれど、時々予想もつかない行動に出ることがあるから焦ってしまった。
僕の無言の思いが通じたのか、相楽さんの体から、ふっと力が抜ける。
横顔には、いつもの営業スマイルが戻っていた。
「……どうかしたかな?」
三木さんが、すました顔で煽ってくる。
「いや、判断ミスはどっちでしょうねえ?」
相楽さんが笑顔で応じた。
「ミズキの才能を見誤ったこと、今回のコンペで後悔することになりますよ? こいつは、うちのエース候補ですから」
(は? エース候補!?)
そんな話聞いたこともない、相楽さんのいつもの口からでまかせだ。
それより僕が焦ってしまったのは、今回コンペでデザインを担当するのは僕ではなく、チーフの橘さんの予定だったからだ。
今日のオリエンも橘さんが出ることになっていたのに別件で都合が悪くなり、代わりに僕が連れられてきた。
(まさか相楽さん、本当に僕の作品をコンペに出すつもりじゃ!?)
嫌な予感に汗が出る。
今回はクレアポルテの時と違って、広告のデザインをするわけじゃない。
商品そのもののデザインだ。
小手先の技術で乗り切れるとは思えなかった。
「それは楽しみだね。頑張って、アライくん」
三木さんは笑って、僕の肩を叩いていく。
彼の頬に貼り付いたその笑いは、営業スマイルではなく明らかに侮蔑の笑みだった。
「は――…」
無意識に詰めていた息を吐き、遠ざかっていく三木さんの背中を見つめる。
彼は余韻を楽しむ様子もなく、足早にビルを出ていった。
吹き抜けのロビーに、消えていた音が戻ってくる。
「アライって誰だよ!」
相楽さんのツッコミが聞こえた。
いろいろあっても、この人は僕にとって憧れの人だ。
彼の作品を見て感動し、影響を受けてきた。
その人柄にはムカつくことも多いけど、褒められれば他の誰に言われるより嬉しいし、もっと頑張りたいと思う。
(やっぱり……特別扱いされたいのかな?)
自分の気持ちが分からなくて、余計にモヤモヤする。
「昼飯行ってきます!」
勢いよく立ち上がると、2人が驚いた顔で僕を見た。
「え、お前、キリのいいところまでやりたいからって残ったんじゃねーの?」
「気が変わりました!」
「なんだ、突然だな……」
「そう、いってらっしゃい……」
2人の声を背中で聞きながら、靴を履く。
そして事務所を出て外の空気吸っても、胸のモヤモヤはなかなか晴れてくれなかった。
*
その翌日のことだった。
相楽さんのお供をして行った飲料メーカーの本社ビルで、僕は思いがけない人と鉢合わせする――。
「相楽くん?」
僕を連れて歩く相楽さんに声をかけてきたのは、以前は面接官として僕の前に現れた、電報堂イノベーションズの三木さんだった。
今日はスーツでなく爽やかな色のポロシャツで、髪も撫でつけずにラフに下ろしている。
「三木さん、その節はどうも」
相楽さんが足を止め、人の行き交うロビーで三木さんに対峙する。
三木さんの斜め後ろには、部下らしき若い男も一緒にいた。
「そちらも新商品のデザインコンペですか?」
相楽さんが人懐っこい笑みを浮かべる。
今回僕たちはここの会社・ストーリー飲料が出す飲料水の、デザインコンペのオリエンに呼ばれてきていた。
新商品を出すにあたり複数のデザイン事務所に声をかけ、コンペ形式でそのデザインを募っているわけだ。
「ええ、おたくもその件でしたか」
三木さんの視線が相楽さんと、それから僕に注がれる。
そこで彼はようやく僕に気づいたらしく、片眉を上げた。
「君は確か……」
「面接でお世話になった、荒川水樹です」
おそらく彼は覚えていないだろうけれど、僕は自分の名前を口にする。
「アラカワ……ふうん」
思った通り、初めて名前を聞いたような反応が返ってきた。
三木さんはポロシャツの襟を整えながら、相楽さんに視線を戻す。
「相楽くんのところは少数精鋭でやってるって聞いたけど、どうしてまたうちで落とした子なんかを採ったんだい? さすがに君の判断ミスだと思うな」
「判断ミス……?」
さすがにカチンときたのか、相楽さんが腹の底に響く声でつぶやいた。
(わっ、これは完全に怒ってるよね?)
とっさに体の後ろで、僕は彼の腕に触れる。
これからコンペに参加させてもらう企業のロビーで、ライバル会社の人とケンカするわけにはいかない。
もともと相楽さんも感情より仕事を優先する人だけれど、時々予想もつかない行動に出ることがあるから焦ってしまった。
僕の無言の思いが通じたのか、相楽さんの体から、ふっと力が抜ける。
横顔には、いつもの営業スマイルが戻っていた。
「……どうかしたかな?」
三木さんが、すました顔で煽ってくる。
「いや、判断ミスはどっちでしょうねえ?」
相楽さんが笑顔で応じた。
「ミズキの才能を見誤ったこと、今回のコンペで後悔することになりますよ? こいつは、うちのエース候補ですから」
(は? エース候補!?)
そんな話聞いたこともない、相楽さんのいつもの口からでまかせだ。
それより僕が焦ってしまったのは、今回コンペでデザインを担当するのは僕ではなく、チーフの橘さんの予定だったからだ。
今日のオリエンも橘さんが出ることになっていたのに別件で都合が悪くなり、代わりに僕が連れられてきた。
(まさか相楽さん、本当に僕の作品をコンペに出すつもりじゃ!?)
嫌な予感に汗が出る。
今回はクレアポルテの時と違って、広告のデザインをするわけじゃない。
商品そのもののデザインだ。
小手先の技術で乗り切れるとは思えなかった。
「それは楽しみだね。頑張って、アライくん」
三木さんは笑って、僕の肩を叩いていく。
彼の頬に貼り付いたその笑いは、営業スマイルではなく明らかに侮蔑の笑みだった。
「は――…」
無意識に詰めていた息を吐き、遠ざかっていく三木さんの背中を見つめる。
彼は余韻を楽しむ様子もなく、足早にビルを出ていった。
吹き抜けのロビーに、消えていた音が戻ってくる。
「アライって誰だよ!」
相楽さんのツッコミが聞こえた。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説

青少年病棟
暖
BL
性に関する診察・治療を行う病院。
小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。
※性的描写あり。
※患者・医師ともに全員男性です。
※主人公の患者は中学一年生設定。
※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜
水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。
そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー
-------------------------------
松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳
カフェ・ルーシェのオーナー
横家大輝(よこやだいき) 27歳
サッカー選手
吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳
ファッションデザイナー
-------------------------------
2024.12.21~

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる