サイテー上司とデザイナーだった僕の半年

谷村にじゅうえん

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2章:紫色のチェ・ゲバラTシャツ

第4話

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(僕は、相楽さんとどうなりたいんだろ……)

いろいろあっても、この人は僕にとって憧れの人だ。
彼の作品を見て感動し、影響を受けてきた。
その人柄にはムカつくことも多いけど、褒められれば他の誰に言われるより嬉しいし、もっと頑張りたいと思う。

(やっぱり……特別扱いされたいのかな?)

自分の気持ちが分からなくて、余計にモヤモヤする。

「昼飯行ってきます!」

勢いよく立ち上がると、2人が驚いた顔で僕を見た。

「え、お前、キリのいいところまでやりたいからって残ったんじゃねーの?」
「気が変わりました!」
「なんだ、突然だな……」
「そう、いってらっしゃい……」

2人の声を背中で聞きながら、靴を履く。

そして事務所を出て外の空気吸っても、胸のモヤモヤはなかなか晴れてくれなかった。



その翌日のことだった。
相楽さんのお供をして行った飲料メーカーの本社ビルで、僕は思いがけない人と鉢合わせする――。

「相楽くん?」

僕を連れて歩く相楽さんに声をかけてきたのは、以前は面接官として僕の前に現れた、電報堂イノベーションズの三木さんだった。
今日はスーツでなく爽やかな色のポロシャツで、髪も撫でつけずにラフに下ろしている。

「三木さん、その節はどうも」

相楽さんが足を止め、人の行き交うロビーで三木さんに対峙する。
三木さんの斜め後ろには、部下らしき若い男も一緒にいた。

「そちらも新商品のデザインコンペですか?」

相楽さんが人懐っこい笑みを浮かべる。
今回僕たちはここの会社・ストーリー飲料が出す飲料水の、デザインコンペのオリエンに呼ばれてきていた。
新商品を出すにあたり複数のデザイン事務所に声をかけ、コンペ形式でそのデザインを募っているわけだ。

「ええ、おたくもその件でしたか」

三木さんの視線が相楽さんと、それから僕に注がれる。
そこで彼はようやく僕に気づいたらしく、片眉を上げた。

「君は確か……」
「面接でお世話になった、荒川水樹です」

おそらく彼は覚えていないだろうけれど、僕は自分の名前を口にする。

「アラカワ……ふうん」

思った通り、初めて名前を聞いたような反応が返ってきた。
三木さんはポロシャツの襟を整えながら、相楽さんに視線を戻す。

「相楽くんのところは少数精鋭でやってるって聞いたけど、どうしてまたうちで落とした子なんかを採ったんだい? さすがに君の判断ミスだと思うな」
「判断ミス……?」

さすがにカチンときたのか、相楽さんが腹の底に響く声でつぶやいた。

(わっ、これは完全に怒ってるよね?)

とっさに体の後ろで、僕は彼の腕に触れる。
これからコンペに参加させてもらう企業のロビーで、ライバル会社の人とケンカするわけにはいかない。
もともと相楽さんも感情より仕事を優先する人だけれど、時々予想もつかない行動に出ることがあるから焦ってしまった。
僕の無言の思いが通じたのか、相楽さんの体から、ふっと力が抜ける。
横顔には、いつもの営業スマイルが戻っていた。

「……どうかしたかな?」

三木さんが、すました顔で煽ってくる。

「いや、判断ミスはどっちでしょうねえ?」

相楽さんが笑顔で応じた。

「ミズキの才能を見誤ったこと、今回のコンペで後悔することになりますよ? こいつは、うちのエース候補ですから」

(は? エース候補!?)

そんな話聞いたこともない、相楽さんのいつもの口からでまかせだ。
それより僕が焦ってしまったのは、今回コンペでデザインを担当するのは僕ではなく、チーフの橘さんの予定だったからだ。
今日のオリエンも橘さんが出ることになっていたのに別件で都合が悪くなり、代わりに僕が連れられてきた。

(まさか相楽さん、本当に僕の作品をコンペに出すつもりじゃ!?)

嫌な予感に汗が出る。
今回はクレアポルテの時と違って、広告のデザインをするわけじゃない。
商品そのもののデザインだ。
小手先の技術で乗り切れるとは思えなかった。

「それは楽しみだね。頑張って、アライくん」

三木さんは笑って、僕の肩を叩いていく。
彼の頬に貼り付いたその笑いは、営業スマイルではなく明らかに侮蔑の笑みだった。

「は――…」

無意識に詰めていた息を吐き、遠ざかっていく三木さんの背中を見つめる。
彼は余韻を楽しむ様子もなく、足早にビルを出ていった。
吹き抜けのロビーに、消えていた音が戻ってくる。

「アライって誰だよ!」

相楽さんのツッコミが聞こえた。
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