17 / 58
2章:紫色のチェ・ゲバラTシャツ
第3話
しおりを挟む
「それでさ、ミズキ、ここんとこなんだけど」
相楽さんが僕のデスクまできて、PCのモニタを覗き込む。
「チークとファンデは外して、アイシャドウを大きく見せてくれって、クライアントが」
「分かりました」
返事をしながら、モニタでなく近づいてきた相楽さんの横顔を見てしまう。
意志の強さを示すような、くっきりとした鼻梁が美しい。
相楽さんはそんな僕の視線に気づいたのか、こちらを見てかすかに目を細める。
けれども本当にそれだけで、他のデザイナーのデスクへ移動していった。
(ふう……)
緊張から解放され、思わずため息が出る。
あれから。
僕と相楽さんで提案したクレアポルテの広告デザインがクライアントに受け入れられ、新しいキャンペーンのポスターとして正式な発注を受けた。
写真素材の差し替えや、細かなデザインの修正依頼は来ているけれど、アイデアやベースの部分はそのまま使ってもらえている。
僕も初めてデザイナーとしての仕事を与えられ、嬉々としてその作業に取り組んでいる。
真新しいデスクとPCも、そろそろ使い慣れてきた。
(相楽さんに見とれてる場合じゃなかった。ポスターの修正、ちゃちゃっとやっちゃおう)
そんな時スタッフのひとりが、立ち上がってみんなを見回す。
「そろそろメシ行きません?」
「ちょうどキリがいいから付き合うわ」
「俺も~」
何人かが答えた。
「社長たちは?」
「俺は、あと少ししたら出かけなきゃいけないから」
相楽さんは時計を見上げる。
「僕は愛妻弁当」
橘さんは少し照れくさそう顔で、デスクの上の包みに目を向けた。
結局、僕と相楽さん、それに橘さんだけが事務所に残ることになった。
ちなみにテンクーデザインは、ヒラのデザイナーが僕を入れて7人、コピーライターが1人、それにチーフデザイナーの橘さん、社長兼アートディレクターの相楽さんという構成だ。
あと事務の人がいてもよさそうな気がするけれど、会社の事務は相楽さんと橘さんでなんとかやっているらしい。
この2人がテンクーデザインの設立メンバーだ。
相楽さんが広告代理店から独立して事務所を立ち上げる時、同僚だった橘さんを引き抜いた形だ。
そんな話を橘さんから、前にちらっと聞いていた。
実際スタンドプレーヤーの相楽さんが組織をまとめることは難しく、橘さんがスタッフと相楽さんを繋ぐハブとして動いている。
相楽さんもこういう役割を期待して、橘さんを引き抜いたんだろう。
ここ1カ月みんなのことを観察し、僕はそんなふうに思っていた。
「相楽と荒川くんって何かあった?」
弁当の包みを開けながら橘さんが聞いてきて、僕はドキッとする。
――ミズキなら、抱いてもいいと思ったから。
あの発言があって以来、僕は相楽さんのことを意識せずにはいられずにいた。
「何かって?」
相楽さんが、不思議そうに聞き返した。
橘さんが苦笑いを浮かべる。
「その『何か』が分からないから聞いてるんだけど」
心当たりがないのか、相楽さんは釈然としない顔を僕に向けた。
(僕にあんなこと言っておいて、この人すっかり忘れてるんじゃ……)
忘れてしまったなら、あの言葉は相楽さんにとってどうでもいいことだったんだろう。
男を抱けるか抱けないか。
酒の席での戯れみたいな発言だったに違いない。
(この人は、人の気持ちを掻き乱しておいて)
相楽さんと顔を見合わせながら、思わずムッとしてしまう。
もともと彼に対して特別な感情があったわけじゃないけれど、嫌でも意識してしまっていただけに、裏切られたような気持ちになった。
「えっ、ミズキなんか怒ってんの?」
「いえ……怒ってません」
「相楽、ちゃんと思い出して謝っておいた方がいいよ?」
橘さんが、笑いを含んだ声で言ってくる。
「本当に何もないですよ……」
(思い出されたら、余計にギクシャクしそうだし)
「え……ちょっと待って、いま思い出す!」
「だから、思い出さなくていいですから!」
相楽さんと言い合いながら、なんだか胸が痛かった。
相楽さんが僕のデスクまできて、PCのモニタを覗き込む。
「チークとファンデは外して、アイシャドウを大きく見せてくれって、クライアントが」
「分かりました」
返事をしながら、モニタでなく近づいてきた相楽さんの横顔を見てしまう。
意志の強さを示すような、くっきりとした鼻梁が美しい。
相楽さんはそんな僕の視線に気づいたのか、こちらを見てかすかに目を細める。
けれども本当にそれだけで、他のデザイナーのデスクへ移動していった。
(ふう……)
緊張から解放され、思わずため息が出る。
あれから。
僕と相楽さんで提案したクレアポルテの広告デザインがクライアントに受け入れられ、新しいキャンペーンのポスターとして正式な発注を受けた。
写真素材の差し替えや、細かなデザインの修正依頼は来ているけれど、アイデアやベースの部分はそのまま使ってもらえている。
僕も初めてデザイナーとしての仕事を与えられ、嬉々としてその作業に取り組んでいる。
真新しいデスクとPCも、そろそろ使い慣れてきた。
(相楽さんに見とれてる場合じゃなかった。ポスターの修正、ちゃちゃっとやっちゃおう)
そんな時スタッフのひとりが、立ち上がってみんなを見回す。
「そろそろメシ行きません?」
「ちょうどキリがいいから付き合うわ」
「俺も~」
何人かが答えた。
「社長たちは?」
「俺は、あと少ししたら出かけなきゃいけないから」
相楽さんは時計を見上げる。
「僕は愛妻弁当」
橘さんは少し照れくさそう顔で、デスクの上の包みに目を向けた。
結局、僕と相楽さん、それに橘さんだけが事務所に残ることになった。
ちなみにテンクーデザインは、ヒラのデザイナーが僕を入れて7人、コピーライターが1人、それにチーフデザイナーの橘さん、社長兼アートディレクターの相楽さんという構成だ。
あと事務の人がいてもよさそうな気がするけれど、会社の事務は相楽さんと橘さんでなんとかやっているらしい。
この2人がテンクーデザインの設立メンバーだ。
相楽さんが広告代理店から独立して事務所を立ち上げる時、同僚だった橘さんを引き抜いた形だ。
そんな話を橘さんから、前にちらっと聞いていた。
実際スタンドプレーヤーの相楽さんが組織をまとめることは難しく、橘さんがスタッフと相楽さんを繋ぐハブとして動いている。
相楽さんもこういう役割を期待して、橘さんを引き抜いたんだろう。
ここ1カ月みんなのことを観察し、僕はそんなふうに思っていた。
「相楽と荒川くんって何かあった?」
弁当の包みを開けながら橘さんが聞いてきて、僕はドキッとする。
――ミズキなら、抱いてもいいと思ったから。
あの発言があって以来、僕は相楽さんのことを意識せずにはいられずにいた。
「何かって?」
相楽さんが、不思議そうに聞き返した。
橘さんが苦笑いを浮かべる。
「その『何か』が分からないから聞いてるんだけど」
心当たりがないのか、相楽さんは釈然としない顔を僕に向けた。
(僕にあんなこと言っておいて、この人すっかり忘れてるんじゃ……)
忘れてしまったなら、あの言葉は相楽さんにとってどうでもいいことだったんだろう。
男を抱けるか抱けないか。
酒の席での戯れみたいな発言だったに違いない。
(この人は、人の気持ちを掻き乱しておいて)
相楽さんと顔を見合わせながら、思わずムッとしてしまう。
もともと彼に対して特別な感情があったわけじゃないけれど、嫌でも意識してしまっていただけに、裏切られたような気持ちになった。
「えっ、ミズキなんか怒ってんの?」
「いえ……怒ってません」
「相楽、ちゃんと思い出して謝っておいた方がいいよ?」
橘さんが、笑いを含んだ声で言ってくる。
「本当に何もないですよ……」
(思い出されたら、余計にギクシャクしそうだし)
「え……ちょっと待って、いま思い出す!」
「だから、思い出さなくていいですから!」
相楽さんと言い合いながら、なんだか胸が痛かった。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜
水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。
そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー
-------------------------------
松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳
カフェ・ルーシェのオーナー
横家大輝(よこやだいき) 27歳
サッカー選手
吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳
ファッションデザイナー
-------------------------------
2024.12.21~

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
孤独な蝶は仮面を被る
緋影 ナヅキ
BL
とある街の山の中に建っている、小中高一貫である全寮制男子校、華織学園(かしきのがくえん)─通称:“王道学園”。
全学園生徒の憧れの的である生徒会役員は、全員容姿や頭脳が飛び抜けて良く、運動力や芸術力等の他の能力にも優れていた。また、とても個性豊かであったが、役員仲は比較的良好だった。
さて、そんな生徒会役員のうちの1人である、会計の水無月真琴。
彼は己の本質を隠しながらも、他のメンバーと各々仕事をこなし、極々平穏に、楽しく日々を過ごしていた。
あの日、例の不思議な転入生が来るまでは…
ーーーーーーーーー
作者は執筆初心者なので、おかしくなったりするかもしれませんが、温かく見守って(?)くれると嬉しいです。
学生のため、ストック残量状況によっては土曜更新が出来ないことがあるかもしれません。ご了承下さい。
所々シリアス&コメディ(?)風味有り
*表紙は、我が妹である あくす(Twitter名) に描いてもらった真琴です。かわいい
*多少内容を修正しました。2023/07/05
*お気に入り数200突破!!有難う御座います!2023/08/25
*エブリスタでも投稿し始めました。アルファポリス先行です。2023/03/20
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる