サイテー上司とデザイナーだった僕の半年

谷村にじゅうえん

文字の大きさ
上 下
16 / 58
2章:紫色のチェ・ゲバラTシャツ

第2話

しおりを挟む
「いやいや! 社長といち従業員が理由もなく一緒に住むなんて、周りから変に思われるでしょう」

ただでさえ僕は相楽さんに特別扱いされていて、事務所での居心地が悪かった。
そこのところを、相楽さんも理解してくれていい気がする。

「ふうん、ミズキは俺と変な関係に思われたくないのか」

相楽さんが僕を見つめ、挑戦的な笑みを浮かべた。

「ミズキの思う変な関係って何? 愛人関係? それとも殿様と小姓みたいな? エロい小説なんかでもあるよなあ、組織での出世を餌に春を買うって」
「えっ、え……えーと!?」

大股で近づいてくる相楽さんに、壁際まで追い詰められる。
ペットボトルの結露で濡れた彼の指が、僕の頬をつうっとなぞった。

「……案外、そういうのも楽しいかもなあ」
「た、た、楽しくありませんよ、僕は!」

力いっぱい否定すると、間近に迫っていたその顔が、どこか寂しげに歪んだ。

(え……?)

もしかして傷つけてしまったのではないかと思い、焦ってしまう。

「す、すいません。相楽さんのことが嫌いとかじゃなくて。お金とか権力とかでそういう関係になるのは、よくないって意味で……」
「ってことはミズキとしては、純粋な恋愛関係ならアリなんだよな?」

一旦外れた相楽さんの視線が、またこっちに戻ってきた。

「い、いや! それもマズイでしょう、社長と従業員なんですから、社会的に!」

慌てて答えてから、僕はあれっと思う。

「っていうか、話がズレてません? いま必要なのは家にいてくれて家事ができる人なんですよね? そういう相手さえ見つければ、僕はいらない気が……」

すると相楽さんは、僕の前髪をいじりながらポツリと答えた。

「俺はミズキがいいんだ。ミズキは頭がよくてデザインもできるし。言うことはちゃんと言ってくれて、それでいて真面目で大人な性格をしてる。女なんかより、全然いい」
「それが……僕と住みたい理由ですか?」

そんなふうに評価してくれているとは思わなくて、平静を装いながらも胸がざわつく。

「あと……」
「あと?」

相楽さんは僕の前髪から手を離し、首から下へ視線を向けた。

「……いや、やっぱいい」
「なんですか、気になるじゃないですか!」

褒められて舞い上がってしまった勢いで、追求の言葉が強くなる。

「そんなに聞きたいのか? 言わない方がいいかと思ったのに」

相楽さんが壁にひじを突き、僕の肩に顎を乗せた。

「……っ?」

近すぎる距離に、心臓がきゅっと縮こまる。

「あと、もうひとつの理由は……」

(理由、は……)

ドキドキしながら、僕は言葉の続きを待った。

「ミズキなら、抱いてもいいと思ったから」

(え――?)

僕の肩に顎を乗せている、相楽さんの表情は分からない。
ただその声はどこか強ばっていて、冗談を言っているようには聞こえなかった。

「さ、相楽さん、あのっ……!」

肩の上で、相楽さんが息をつく。
その吐息にさえ反応して、僕の体はビクッと震えた。

(ど、どうしよう!)

こういう時の対処法が分からない。
この人から離れたいのに、多分真っ赤になっている顔を見られたくないから突き放せなかった。

「……ちゃんと息してるか?」

しばらくして、相楽さんが笑いながら体を離した。
顔を覗き込まれ、かえって息が止まる。

「そんな顔すんなよ、なにも無理やり犯そうとかじゃない。できるかできないかっていったら、できそうだなって思っただけ」
「掃除も洗濯もできない人が、何言ってるんですか……」

彼に背を向けて、額から吹き出してきた汗を拭く。
洗濯物を拾い集めていたカゴは、いつの間にか足下に横倒しになっていた。
相楽さんの飲みかけのペットボトルも、テーブルの上に結露の輪を作っている。

(僕たち、何してるんだろ……)

「とにかくさ、ミズキ」

背中の向こうから話しかけられた。

「お前のこと、俺は手放したくはないんだ。どんな関係にしろ、上手くやっていこう」

相楽さんは僕の肩をポンと叩き、洗面所の方へ消えていった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

青少年病棟

BL
性に関する診察・治療を行う病院。 小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。 ※性的描写あり。 ※患者・医師ともに全員男性です。 ※主人公の患者は中学一年生設定。 ※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

切なくて、恋しくて〜zielstrebige Liebe〜

水無瀬 蒼
BL
カフェオーナーである松倉湊斗(まつくらみなと)は高校生の頃から1人の人をずっと思い続けている。その相手は横家大輝(よこやだいき)で、大輝は大学を中退してドイツへサッカー留学をしていた。その後湊斗は一度も会っていないし、連絡もない。それでも、引退を決めたら迎えに来るという言葉を信じてずっと待っている。 そんなある誕生日、お店の常連であるファッションデザイナーの吉澤優馬(よしざわゆうま)に告白されーー ------------------------------- 松倉湊斗(まつくらみなと) 27歳 カフェ・ルーシェのオーナー 横家大輝(よこやだいき) 27歳 サッカー選手 吉澤優馬(よしざわゆうま) 31歳 ファッションデザイナー ------------------------------- 2024.12.21~

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

処理中です...