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1章:僕と上司とスカイツリー
第12話
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さっきまでビールを飲んでいた相楽さんの描く線は、冗談にならないくらいヘロヘロだった。
これではマウスもペンタブも、まともに操作できそうにない。
「PCはスリープ状態だったんでもう使えます。でも……」
「なら後ろの棚にある素材集。グレーのファイルボックスだ! ナンバー3のCDRを取り出せ。そいつを背景素材に使う」
ホワイトボードにペンを走らせながら、相楽さんは僕に投げつけるような指示を出す。
「あと商品写真、切り抜いたのがあるか?」
「え、と……はい、あります!」
相楽さんの勢いに押され、僕は画像編集ソフトを開いた。
ここまできたら、やらないわけにはいかない。
「背景素材を開いたら、とりあえずこの通りに商品を置いていってくれ」
「えっ……キャンパスサイズは?」
「細かいとこは自分で判断しろよ!」
あれこれ言い合いながら、僕らは二人三脚でポスターのデザインを進めていく。
「俺はこいつの企画書を書くから、ミズキはそのまま続けてくれ」
相楽さんがマーカーを置き、普段持ち歩いているノートPCを出した。
「ええっ、このあとはどうするんですか?」
慌てて聞くけれど、彼はこっちを見ようとしない。
「お前もデザイナーなんだろ? なんとか見られるものになるまでまとめておいてくれ」
「こんな時に皮肉言わないでくださいよ!」
「皮肉言う余裕なんかない」
相楽さんはそう言い残すと、手元の作業に集中し始める。
「あのう、相楽さん?」
「いま話しかけんな!」
画面を睨む彼の瞳は、屋上ガーデンにいた時とはまるで別人のようにギラついていた。
(とりあえず、相楽さんがやる気になってくれてよかったのかな? 状況は最悪だけど……)
僕も深呼吸して、目の前の作業に集中する。
追い詰められている、それなのに。
(ああ、これはいいものになるかもしれない)
夜中のせいでハイになっているのか、僕は不思議とそんな手応えを感じ始めていた。
*
それから、どれくらいの時間が経ったのか。
画面から目を上げた僕は、ブラインドの隙間から差し込んでいる朝日に驚く。
集中しているうちに、夜が明けてしまっていた。
「あ……相楽さん」
2リットルのペットボトルの水をがぶ飲みしながら、相楽さんが僕の作業しているPCの前へやってきた。
「それで何割の出来?」
「自分としては8割、仕上げにもう少し時間が欲しいです。でもその前に一度寝て、頭がすっきりしてから見直したい……」
画面の中ではイラストの女の子が、スカイツリーによじ登り、きらめく星をまぶたに塗っている。
きらめく星がクレアポルテのコンパクトやアイライナーだ。
相楽さんは働く女性向け、それも30代向けのクレアポルテを、童話チックな世界観の中へ開放してしまった。
僕はそれがチープに見えないよう細心の注意を払い、大人っぽさを併せ持つきらめきのデザインに落とし込んだつもりだ。
相楽さんがスカイツリーのふもとにいたのは、きっとまだ広告のイメージが固まらなくて、それを探し回っていたんだろう。
今になってそれに気づく。
「大人向けコスメのデザインって、説得力重視で遊び心は少ないですよね。それをこんなふうにしてしまうなんて……なんていうか、ちょっとワクワクします」
相楽さんの世界観を具現化するのに、僕では力不足だったかもしれない。
やっぱり自分でやると、相楽さんは言いだすかもしれない。
そんな予想もありつつ、僕は僕なりに満足していた。
これなら自分の作品として世に出しても決して恥ずかしくない。
間違いなくこれは、僕の最高傑作だと思った。
相楽さんは僕の座る椅子の背もたれに手を置き、じっとモニタを見つめていた。
近づいて見、距離を置いてまた見て、座っている僕を押しのける。
「ミズキ、ちょっとどいてろ」
キャスター付きの椅子ごと、脇に転がされる。
相楽さんはデザインの隅々までを確認し、ふうっと深く息をついた。
「お前ってヤツは」
「……なんですか?」
「やってくれるじゃねーか!」
こちらを振り向く相楽さんの口元に、笑みが浮かんでいる。
「俺がイメージしてたのより、ずっといい。お前のデザイン、すごくいいよ」
これではマウスもペンタブも、まともに操作できそうにない。
「PCはスリープ状態だったんでもう使えます。でも……」
「なら後ろの棚にある素材集。グレーのファイルボックスだ! ナンバー3のCDRを取り出せ。そいつを背景素材に使う」
ホワイトボードにペンを走らせながら、相楽さんは僕に投げつけるような指示を出す。
「あと商品写真、切り抜いたのがあるか?」
「え、と……はい、あります!」
相楽さんの勢いに押され、僕は画像編集ソフトを開いた。
ここまできたら、やらないわけにはいかない。
「背景素材を開いたら、とりあえずこの通りに商品を置いていってくれ」
「えっ……キャンパスサイズは?」
「細かいとこは自分で判断しろよ!」
あれこれ言い合いながら、僕らは二人三脚でポスターのデザインを進めていく。
「俺はこいつの企画書を書くから、ミズキはそのまま続けてくれ」
相楽さんがマーカーを置き、普段持ち歩いているノートPCを出した。
「ええっ、このあとはどうするんですか?」
慌てて聞くけれど、彼はこっちを見ようとしない。
「お前もデザイナーなんだろ? なんとか見られるものになるまでまとめておいてくれ」
「こんな時に皮肉言わないでくださいよ!」
「皮肉言う余裕なんかない」
相楽さんはそう言い残すと、手元の作業に集中し始める。
「あのう、相楽さん?」
「いま話しかけんな!」
画面を睨む彼の瞳は、屋上ガーデンにいた時とはまるで別人のようにギラついていた。
(とりあえず、相楽さんがやる気になってくれてよかったのかな? 状況は最悪だけど……)
僕も深呼吸して、目の前の作業に集中する。
追い詰められている、それなのに。
(ああ、これはいいものになるかもしれない)
夜中のせいでハイになっているのか、僕は不思議とそんな手応えを感じ始めていた。
*
それから、どれくらいの時間が経ったのか。
画面から目を上げた僕は、ブラインドの隙間から差し込んでいる朝日に驚く。
集中しているうちに、夜が明けてしまっていた。
「あ……相楽さん」
2リットルのペットボトルの水をがぶ飲みしながら、相楽さんが僕の作業しているPCの前へやってきた。
「それで何割の出来?」
「自分としては8割、仕上げにもう少し時間が欲しいです。でもその前に一度寝て、頭がすっきりしてから見直したい……」
画面の中ではイラストの女の子が、スカイツリーによじ登り、きらめく星をまぶたに塗っている。
きらめく星がクレアポルテのコンパクトやアイライナーだ。
相楽さんは働く女性向け、それも30代向けのクレアポルテを、童話チックな世界観の中へ開放してしまった。
僕はそれがチープに見えないよう細心の注意を払い、大人っぽさを併せ持つきらめきのデザインに落とし込んだつもりだ。
相楽さんがスカイツリーのふもとにいたのは、きっとまだ広告のイメージが固まらなくて、それを探し回っていたんだろう。
今になってそれに気づく。
「大人向けコスメのデザインって、説得力重視で遊び心は少ないですよね。それをこんなふうにしてしまうなんて……なんていうか、ちょっとワクワクします」
相楽さんの世界観を具現化するのに、僕では力不足だったかもしれない。
やっぱり自分でやると、相楽さんは言いだすかもしれない。
そんな予想もありつつ、僕は僕なりに満足していた。
これなら自分の作品として世に出しても決して恥ずかしくない。
間違いなくこれは、僕の最高傑作だと思った。
相楽さんは僕の座る椅子の背もたれに手を置き、じっとモニタを見つめていた。
近づいて見、距離を置いてまた見て、座っている僕を押しのける。
「ミズキ、ちょっとどいてろ」
キャスター付きの椅子ごと、脇に転がされる。
相楽さんはデザインの隅々までを確認し、ふうっと深く息をついた。
「お前ってヤツは」
「……なんですか?」
「やってくれるじゃねーか!」
こちらを振り向く相楽さんの口元に、笑みが浮かんでいる。
「俺がイメージしてたのより、ずっといい。お前のデザイン、すごくいいよ」
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