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1章:僕と上司とスカイツリー
第11話
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「あっ、ぶねーな……」
金串を拾おうとする相楽さんより先にそれを拾い、彼の顔の真ん中に突きつける。
「あなたの選べるカードはこの3つです。僕と一緒に帰るか、僕と一緒に帰る、他には僕と一緒に――…」
「分かった、分かった! 帰ればいいんだろ」
僕の突きつけた金串を、相楽さんが奪い取る。
その顔はどう見ても不満顔だったけれど、僕は彼をタクシーまで引っ張っていった。
*
事務所に戻ると、時刻はもう深夜近かった。
「荒川くん、本当に相楽を連れてきたんだ!?」
橘さんが椅子の上で伸びをしながら、僕たちを迎え入れる。
「あの、他のみなさんは?」
「それが帰っちゃったんだ。久保田くん以外はみんな、ちょっと前までいたんだけどね。荒川くんがああ言って出ていったことだし、待ってみようっていう感じではあったんだけど……」
橘さんが、申し訳なさそうに視線を落とす。
「見捨てて帰っちゃったってことですか?」
みんなが見捨てたのは僕であり、クライアントに提案をすると約束をした相楽さんだ。
「徹夜続きのやつもいたし、終電の時間もあったから!」
橘さんが取り繕うように言った。
そして彼も、荷物を持ち上げる。
「えっ、橘さんも帰っちゃうんですか?」
「んー、ここのところ帰れてなかったから、嫁さんが帰ってこいってうるさくて。せっかく荒川くんが相楽を連れ帰ってきてくれたのに、ごめん……」
(そっか……)
ガッカリはしたけれど、橘さんを引き留めることはできないと思った。
「いえ。橘さんもみなさんも、何も悪くありませんよ……。もともとは、僕のわがままから始まったことですから」
「え……?」
行きかけていた橘さんが、不可解そうに僕を見た。
「僕が相楽さんに、デザインがしたいって言ったのが事の発端ですよね? それで相楽さんは新しい広告デザインを提案させてくれって、至宝堂さんを口説いて……そういうことですよね? 相楽さん」
振り返って聞くと、デスクに荷物を置いてきた相楽さんが僕の額を小突いた。
「学生上がりの新人に、高級ブランドのデザインが任せられるなんて思ってねーよ!」
「まあ、そうだよね……」
橘さんが苦笑いを浮かべた。
「相楽はさ、仕事を押し込めば僕らスタッフがなんとかしてくれると思ってたんだよね? だけど最近は、その信頼関係が失われてた」
「それ……どういうことですか?」
不穏な空気を感じながら聞き返すと、相楽さんを見ていた橘さんが、僕に視線を移す。
「実はね……荒川くんが来るまで、うちの事務所の採用は狭き門だったんだ。僕と相楽で選んだえりすぐりの人材しか取らなかったから、テンクーデザインの社員だってことにはそれなりのステータスがあったんだ。相楽は広告の賞をいくつも取ってるし、業界で名前が売れてるしね」
「それは、つまり……」
「いや、荒川くんは何も悪くないよ? けど新卒の子が試験もナシにポッと入ったら、みんなだって面白くない。頑張ってきた自分たちを、否定されたみたいに感じる」
橘さんはそんな話をしてから、玄関へ行って靴を履いた。
「そういうわけでごめん、時間がないからもう行くね?」
橘さんが出ていき、玄関のドアが自重でゆっくりと閉まる。
不協和音をたてながら閉じていくそのドアを、僕は呆然と見つめた。
思い返せば僕が初めてあのドアをくぐった時、誰も僕を歓迎していなかった。
橘さんはチーフとして優しく接してはくれたけれど、仲間として迎えてくれたわけじゃない、お客さま扱いだった。
そして僕もそのことには、薄々気づいていた。
孤立無援なんだ、僕も相楽さんも。
「どうするんですか、相楽さん、クレアポルテのデザインは!」
壁に寄りかかっている、相楽さんに言葉をぶつける。
「そんなの、俺らでやるしかないだろ」
相楽さんが投げやりにいって、ホワイトボードのマーカーを手に取った。
「俺がこれからラフを描くから、お前がそれを元にデザインを起こせ」
そうしてホワイトボードにすらすらと、ポスターのレイアウトらしきものを描いていく。
「ミズキ、何ぼーっとしてる。俺のPC立ち上げろ」
「でも……えっ、僕がデザインを起こすんですか? 時間もないことですし、相楽さんがやった方が」
「お前がデザインしたいって言ったんだろうが! お前の仕事だ」
金串を拾おうとする相楽さんより先にそれを拾い、彼の顔の真ん中に突きつける。
「あなたの選べるカードはこの3つです。僕と一緒に帰るか、僕と一緒に帰る、他には僕と一緒に――…」
「分かった、分かった! 帰ればいいんだろ」
僕の突きつけた金串を、相楽さんが奪い取る。
その顔はどう見ても不満顔だったけれど、僕は彼をタクシーまで引っ張っていった。
*
事務所に戻ると、時刻はもう深夜近かった。
「荒川くん、本当に相楽を連れてきたんだ!?」
橘さんが椅子の上で伸びをしながら、僕たちを迎え入れる。
「あの、他のみなさんは?」
「それが帰っちゃったんだ。久保田くん以外はみんな、ちょっと前までいたんだけどね。荒川くんがああ言って出ていったことだし、待ってみようっていう感じではあったんだけど……」
橘さんが、申し訳なさそうに視線を落とす。
「見捨てて帰っちゃったってことですか?」
みんなが見捨てたのは僕であり、クライアントに提案をすると約束をした相楽さんだ。
「徹夜続きのやつもいたし、終電の時間もあったから!」
橘さんが取り繕うように言った。
そして彼も、荷物を持ち上げる。
「えっ、橘さんも帰っちゃうんですか?」
「んー、ここのところ帰れてなかったから、嫁さんが帰ってこいってうるさくて。せっかく荒川くんが相楽を連れ帰ってきてくれたのに、ごめん……」
(そっか……)
ガッカリはしたけれど、橘さんを引き留めることはできないと思った。
「いえ。橘さんもみなさんも、何も悪くありませんよ……。もともとは、僕のわがままから始まったことですから」
「え……?」
行きかけていた橘さんが、不可解そうに僕を見た。
「僕が相楽さんに、デザインがしたいって言ったのが事の発端ですよね? それで相楽さんは新しい広告デザインを提案させてくれって、至宝堂さんを口説いて……そういうことですよね? 相楽さん」
振り返って聞くと、デスクに荷物を置いてきた相楽さんが僕の額を小突いた。
「学生上がりの新人に、高級ブランドのデザインが任せられるなんて思ってねーよ!」
「まあ、そうだよね……」
橘さんが苦笑いを浮かべた。
「相楽はさ、仕事を押し込めば僕らスタッフがなんとかしてくれると思ってたんだよね? だけど最近は、その信頼関係が失われてた」
「それ……どういうことですか?」
不穏な空気を感じながら聞き返すと、相楽さんを見ていた橘さんが、僕に視線を移す。
「実はね……荒川くんが来るまで、うちの事務所の採用は狭き門だったんだ。僕と相楽で選んだえりすぐりの人材しか取らなかったから、テンクーデザインの社員だってことにはそれなりのステータスがあったんだ。相楽は広告の賞をいくつも取ってるし、業界で名前が売れてるしね」
「それは、つまり……」
「いや、荒川くんは何も悪くないよ? けど新卒の子が試験もナシにポッと入ったら、みんなだって面白くない。頑張ってきた自分たちを、否定されたみたいに感じる」
橘さんはそんな話をしてから、玄関へ行って靴を履いた。
「そういうわけでごめん、時間がないからもう行くね?」
橘さんが出ていき、玄関のドアが自重でゆっくりと閉まる。
不協和音をたてながら閉じていくそのドアを、僕は呆然と見つめた。
思い返せば僕が初めてあのドアをくぐった時、誰も僕を歓迎していなかった。
橘さんはチーフとして優しく接してはくれたけれど、仲間として迎えてくれたわけじゃない、お客さま扱いだった。
そして僕もそのことには、薄々気づいていた。
孤立無援なんだ、僕も相楽さんも。
「どうするんですか、相楽さん、クレアポルテのデザインは!」
壁に寄りかかっている、相楽さんに言葉をぶつける。
「そんなの、俺らでやるしかないだろ」
相楽さんが投げやりにいって、ホワイトボードのマーカーを手に取った。
「俺がこれからラフを描くから、お前がそれを元にデザインを起こせ」
そうしてホワイトボードにすらすらと、ポスターのレイアウトらしきものを描いていく。
「ミズキ、何ぼーっとしてる。俺のPC立ち上げろ」
「でも……えっ、僕がデザインを起こすんですか? 時間もないことですし、相楽さんがやった方が」
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