サイテー上司とデザイナーだった僕の半年

谷村にじゅうえん

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1章:僕と上司とスカイツリー

第10話

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「だいたいさあ、頼まれてもいないものを提案するなんて無駄なんだよ! それがなくたって、こっちは普段から馬車馬みたいに働いてんのに!」

みんなが目だけを、あるいは耳だけを久保田さんの方へ向けていた。
彼の声がまた大きくなる。

「クレアポルテ? やりたきゃ1人で勝手にやれよ、付き合いきれんわ!」

彼がデスクを両手で叩いたところで、ようやくみんなが反応した。

「久保田~」
「落ち着け」
「社長には社長の考えがあるんだろ」

とはいえ、いさめるみんなの声にも、諦めと疲れがにじんでいる。

(僕のわがままに、みんなを巻き込んでる)

疲労で重い右腕をさすり、僕は唇を噛んだ。

――したいんだろ、デザインが。

挑発するように言った相楽さんの声が、耳の中でリフレインした。

「僕、相楽さんを探してきます!」
「えっ……探すってどこを?」

仮眠していると思っていた橘さんが、パッとデスクから顔を上げた。

「相楽さんのスケジュール表、いま押上にいることになってます。電話していって捕まえます」

スマホと荷物を手に、勢いよく席を立つ。
その瞬間。
相楽さんのデスクの上に積み重なっていた茶封筒の束が、バラバラと床に落ちた。

(あ……!)

その中に僕は、見たくなかったものを見てしまう。
未開封の通販カタログやダイレクトメールに交じって、僕のポートフォリオがあった。
未開封の郵便物に混じっているところをみると、あの日僕からこれを預かったまま、相楽さんはきっと一度も見ていない。
デザイナーとしての僕に、本当に興味がないんだ……。

「……大丈夫?」

中腰のまま動けなくなった僕を、橘さんが来て手伝おうとする。

「いえ! すいません、大丈夫です」

僕は慌てて自分のポートフォリオを、他の封筒で隠して拾った。
そしてみじめなこの状況を隠そうとする自分に、苛立ちを覚える。

(どうして、僕がこんな目に……)

鬱屈した気持ちの矛先は当然、相楽さんに向かうわけで……。



相楽さんははたしてスカイツリーのふもと、押上にした。

「こんなところで何してるんですか!」

彼の縦縞シャツの襟首をひねり上げ、広々とした屋上ガーデンの隅まで引っ張っていく。

「ミズキ、落ち着け」
「これが落ち着いてられますか!」

ここはリゾート風の屋上庭園。
相楽さんはここを数十人の仲間と貸し切り、酒盛りに興じていた。
そして怒り心頭の僕を見ても、ビールジョッキを手放そうとしない。

「いったいなんのパーティーですか!?」

浮き世離れした馬鹿騒ぎに、僕は眉をひそめる。
バーベキューのテーブルの間を水着の美女たちが行き交い、お酒を運んでいる。
その向こうではテレビで見たことのある芸人が、半裸姿で場を沸かせていた。

「最近投資会社を立ち上げたヤツがいて、そのお祝いだ。……ほら、あそこ!」

相楽さんの視線の先で、ブランドスーツの男性が両側に美女をはべらせている。
ほとんど徹夜で仕事している事務所のみんなを思うと、そのギャップに目眩がした。

「あのお友達が、相楽さんのことを必要としていますか!? 事務所のみなさんは、相楽さんを待っています。行きましょう!」
「やだよ今、いい肉焼いてるのに……」

そう言いつつ、相楽さんの視線は肉ではなくそびえ立つスカイツリーを向いていた。
紫色にライトアップされたスカイツリーがぐらぐらと揺れて倒れ込んでくる錯覚に襲われる。

「……っ、帰りましょう!」
「ミズキ1人で帰れば?」
「それはできません!」
「だったら肉でも食っとけよ」
「ふざけないでください!」

焼いた肉を差しだそうとする、相楽さんの手を払いのけた。
肉の刺さった金串が、クルクルと宙を舞い足下の人工芝に突き刺さる。
さすがの相楽さんも、それを見て気勢を削がれた顔をした。
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