サイテー上司とデザイナーだった僕の半年

谷村にじゅうえん

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1章:僕と上司とスカイツリー

第7話

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「もうちょっとちゃんと、予定を共有できないんですか」

ぼやくと、相楽さんが面倒くさそうな顔でこっちを見た。

「苦手なんだよ、管理されるのが……。それよりミズキ、ちゃんと顔洗ってきたか」

彼は僕の顎を持ち上げ、確かめるように顔を覗き込んでくる。

「はい? 何言ってるんですか、当たり前じゃないですか」

戸惑いながらも答えると、相楽さんは口元にいつもの人懐っこい笑みを乗せた。

「オーケー、今日もイケメンだ」

そんな彼の言葉に、ふとした違和感を覚える。

「あの、相楽さん……みなさんが僕のこと、顔採用だって言ってましたけど、違いますよね? 僕はデザイナーとして雇われたんであって、顔で何かするわけじゃ……」

すると相楽さんが、急に冷ややかな目を向けてきた。

「何言ってんだ。デザイナーだろうと掃除のオジサンだろうと、可愛げがあるのに越したことはないだろ。頑固がウリの寿司屋の親方なら、コワモテの方がいいかもしれないが」

トンと胸を押され、必要以上に近づいていた顔を離される。

「それにはまあ同意しますけど、なんか話を逸らそうとしてません?」
「話、逸れてないだろ! 自然な文脈だ」
「そうかなあ……」

どうもけむに巻かれた気がする。
そうこうするうちに、タクシーは次の訪問先に到着した。



そこは大手化粧品メーカー・至宝堂の広報部だった。
きれいな女性たちがずらりと並び、僕たちを出迎える。

至宝堂は伝統的に電報堂に広告まわりを一任していたけれど、最近はプロジェクト単位でテンクーデザイン、つまり相楽さんにも仕事を依頼してくるらしい。
つい1分前、エレベーターの中で、相楽さんからそんな話を聞いたばかりだ。

「あら、今日は可愛い子を連れてるわね?」

パステルカラーのミーティングルームで、女性のひとりが僕たちに微笑む。
胸元のネームプレートを見るに、彼女が広報のリーダーだ。

(状況的に言って、その可愛い子っていうのは僕のことだよね?)

戸惑いながらも相楽さんを見ると、彼は嬉しそうな顔で僕の肩を叩いた。

「あれ、僕よりこいつの方がお好みですか?」

営業スマイルというか、笑顔の裏で何かたくらんでいる顔である。

「はじめまして、荒川水樹と申します」

空気を伺いつつ挨拶すると、女性は妙に親しげに、僕のことを下の名前で呼び始めた。



(なんだこれ、変な雰囲気だな……)

ティーン向けコスメの広告の話を聞きながら、漂う空気に違和感を覚える。
話は何度も脱線しながら、2時間半後にようやく一定の結論に至った。
今日の話を元に、次回こちらから具体的な広告のアイデアを提案することになるようだ。

(とりあえず、話がまとまってよかったのかな?)

見送られて乗ったエレベーターが動きだしたのを確認し、僕はそっと息をついた。
そんな時、相楽さんが僕に真っ赤な万年筆を突きつける。

「……これ」
「なんですか?」
「エレベーターが1階に着いたら、また逆戻りして彼女に返してこい。『僕のペンケースに紛れ込んでました』とかなんとか言って」
「えっ……どういうことですか?」

その万年筆は、さっきのリーダーの女性が使っていたものだ。

「それで返す時にさりげなく『今度飲みにでも誘ってくださいね』って可愛く言えば任務完了だ」
「ちょっと……意味が分からないんですけど」

僕は混乱しながら、相楽さんの横顔を見つめる。
エレベーターの階数表示を見ているその横顔は、いつもの愛嬌たっぷりの彼とはまるで違っていた。
鋭利な刃物を思わせる目元が、彼の計算高さを示している。

「まさか、僕にそれを言わせるために万年筆を取ったんですか? それに僕を連れてきたのは、あの人が好みそうな顔だったから……」

頭に浮かんだことを口にしながら、目眩がした。
刃物の目が僕をとらえる。

「ここの会社の広告宣伝費が、いくらだと思ってる。あのティーン向け商品の広告費だけじゃ、100分の1にもならない」
「僕があの人と飲めば、1/100が何十分の1かになるっていうんですか!?」
「かもしれないな」

相楽さんは2秒と置かずに答えた。

「彼女は過去にも、下請けの若い男といい仲になっている。それで1,000万単位の金が動いたって話だ」

エレベーターの階数表示が、1階に近づく。
赤い万年室は、僕の脇の辺りに突きつけられたままだ。
額に汗が浮くのを感じながら、僕は相楽さんの強い瞳を見つめ返す。

「嫌です、僕はデザイナーだ」

正確にはまだデザイナーになれていない、でも、ホストみたいな真似はしたくなかった。
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