サイテー上司とデザイナーだった僕の半年

谷村にじゅうえん

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1章:僕と上司とスカイツリー

第6話

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「そういえば、おなかが空きました」

時刻はすでに夕暮れ時になっていた。

「だよな、昼も食う暇なかったし」

僕としてはあまりにめまぐるしい1日に、昼食を取るという考えすら浮かばなかった。

「なんにする? この辺なら、だいたいひと通りのものが食えるけど」
「え、と……なんでもいいです」
「こういう時はなんか言えよ」
「だったら……牛丼?」

さっき牛丼チェーンの話を聞いたから、それがまず頭に浮かんだ。

「牛丼なら1人の時でも食えるだろ。俺といる時は寿司とか焼き肉とか、なんでもいけどちょっといいものをリクエストしろよ」
「服も買ってもらったのに、その上ご馳走になるのは……」
「なんだよ。若造のくせに見栄張ってないで素直に甘えろよー」

相楽さんは俺の肩を抱き、少し拗ねたような笑い顔を浮かべた。
愛嬌たっぷりなその表情に、目を引き寄せられる。

「いや、若造っていっても僕、28ですよ?」

就活中の僕を、相楽さんはハタチすぎだと思っていたかもしれない。
あえて黙っていたわけじゃないけれど、気まずい思いで反応を待つ。

「28かあ、いい感じに大人の色気出てるじゃん」

相楽さんの右手が伸びてきて、僕の頬をふにっとつまんだ。

(えーと……?)

口では大人とか言いながら、扱われ方は明らかに子供だ。
反応に困っていると、髪をぐしゃぐしゃと乱される。

「いいかミズキ。自分より稼いでるヤツと、年上には奢らせろ。若造でいられるうちは、そのポジションを存分に利用したらいい」
「……そんなもんですかね?」

本気なのか、単なるポーズなのか。
疑問に思いつつ相楽さんの表情を伺う。

「なんだよその顔。そういうのは図々しいとか思ってんのか?」
「そうじゃありませんけど……」
「俺も、年上の連中には自分から甘えにいってるよ。男も女も、無理してでも注ぎ込んだ相手には余計に愛情かけたくなるもんだ」
「もしかして……それも相楽さんの営業テクニックですか?」

恐る恐る聞いてみると、彼はキラリと瞳を光らせた。

「お。よく分かったな。ミズキは案外頭がいい」

『案外』というのは余計だと思ったけれど、褒められてなんだか嬉しくなる。

(完っ全にこの人のペースだけど……素直に、相楽さんといるのは楽しいな)



その夜。
僕は相楽さんの自宅である2LDKの中に割り当てられた1室で、ひとりスケッチブックを開いていた。
今日彼が話していた広告のアイデアを、スケッチにして描き留める。

これの中吊り広告なら、こういうレイアウトがいい。
ラッピング車両にするなら、窓の部分を活かしてこんなふうに。
相楽さんの口にしていたアイデアから発展し、デザインのイメージが次から次へと頭に浮かんだ。

そして何ページにも渡り描き散らかしたスケッチブックを振り返り、久しぶりに気持ちが満たされているのを感じる。
ここのところ就職することばかりに必死になっていたけれど、僕はどんな形ででもデザインがしたかったんだ。
今こうやって鉛筆を握っていること、そのものが心地いい。
鉛筆を握っていた右手を、開いたり握り直したりしてみる。
この手が自分の脳と、その先にある無限のイメージに繋がっている。
それを確かめ、僕はこの東京で生きている実感を得た気がした。

ところが……。



あれから1週間。
僕は相変わらず、相楽さんの外回りに連れ回されていた。

「相楽さん、できれば事前に行き先とやることくらいは共有してほしいんですが……」

5分前まで行われていたプレゼンでも、僕だけ話についていけていなかった。

走りだすタクシーの中でぼやくと、ノートPCから目を上げた相楽さんが渋い顔をした。

「忙しい、暇がない、空気読んで」
「…………。空気に、相楽さんの行き先が書いてあるといいんですが……」

自分でも反抗的だなと思いながら言い返すと、相楽さんは僕の手を取り、手のひらに聞いたことのあるサービス名とパスワードのようなものを書いてきた。

(ここに書くかな……)

それにしても、ペンの握り方はきれいなのに、どこか不器用な印象の文字だった。

「あの、これは?」
「事務所のみんなと共有してる俺のスケジュール表、ここにあるから勝手に見て」
(そんなものがあるなら早く言ってくれればいいのに!)

心の中でツッコむ僕の横で、相楽さんが続ける。

「とはいえ、予定の半分くらいしか書き込めてないけどな」
「え……半分?」

それではスケジュール表は穴だらけだ。
橘さんの困った顔が脳裏に浮かんだ。
事務所に戻るといつも橘さんが、相楽さんの帰りを待ちわびている。
相楽さんがつかまらないせいで事務所は常に何かしら、差し迫った状況に置かれていた。
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