サイテー上司とデザイナーだった僕の半年

谷村にじゅうえん

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1章:僕と上司とスカイツリー

第5話

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「……やっぱり、そのくらいが普段着っぽくていいか」
「結局、普段着っぽさを求めるんですか……」

とはいえ僕の普段着とは、シルエットや素材感がまるで違う。
僕にとって、その違いが必要かどうかは分からないけれど。

「それで行こう、いろいろ言ってると遅れる」

相楽さんは僕の襟首から服のタグをちぎり取り、足早にカウンターへ向かった。

「あの、今のお会計って……」

タクシーに戻ったところで聞くと、相楽さんは面倒くさそうな顔をする。

「それがミズキの1週間分の給料だな」
「1週間分……」

頭の中で、5と6で割って確認する。
週休2日かどうか分からないけれど、妥当な金額かもしれない。

「計算すんな! 冗談だ」

相楽さんが、僕の頭の中を覗いたように言ってきた。

「それは俺からの就職祝い。仕事で返してくれればいい」
「えっ……は、はい!」

(なんだ、優しいじゃん)

思わず見つめると、相楽さんは照れくさそうに窓の外へ目を向ける。
真新しいシャツの肌触りをおなかの辺りに感じながら、僕はこの人に受け入れられているらしいことに少し安心した。



それからの営業回りは僕にとって、とても新鮮な時間だった。

おなじみの牛丼チェーンの話をしたかと思えば、その広告手法の話になり、相楽さんが新しい広告の展開を即興で披露する。
あくまで、こんな広告があれば面白いという架空の話だ。
もちろん、それがすぐ自分たちの仕事に繋がるわけじゃない。
けれど誰もが相楽さんの話を、楽しそうに聞いていた。

この人は頭がいい。
この人とならきっと面白い仕事ができる。
そう印象づけるのがおそらくこの人の狙いで、それはきっと成功している。
なぜなら僕自身が話を聞くうち、そう強く思ったからだ。

(僕は、すごい人に拾われてしまったのかもしれない)

相楽さんと一緒にいるだけでワクワクする。
この人の下でなら、僕も何かすごいものを作れる気がした。

「じゃあ次は、うちの新商品の広告を提案してください」

取引先の担当者からお声がかかる。

「関連会社が、いい制作会社を探していて。力を貸してもらえませんか」

方々を回るうち、そんな話も持ちかけられた。
そして相楽さんのスマホには、次々とクライアントからの電話がかかってくる。

「明日は忙しくなりそうだな」

下りエレベーターの中で電話を切り、相楽さんは足下に視線を向けた。

ガラス張りのエレベーターからは、下に広がるビル街が見渡せる。
遠くまで延々と続く大小様々なビルの中には、それぞれ違った会社が入っていて、星の数ほどのビジネスが動いている。
それを思うと、東京とはなんてエキサイティングな場所だろう。

そしてその中のいくつものビジネスが相楽さんを求め、こちらへ手を伸ばしている。

「帰ったらやることが多いけど……とりあえずメシでも行くか」

強い光を放つ瞳がくるりと動き、僕をとらえた。
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