サイテー上司とデザイナーだった僕の半年

谷村にじゅうえん

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1章:僕と上司とスカイツリー

第4話

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(顔採用って僕のこと?)

ドキッとして振り向く。
そばかすの目立つひとりと目が合った。
気まずい空気が流れる。

「……ごほん」

橘さんが咳払いし、目尻に皺を寄せて笑った。

「ごめんね荒川くん。深い意味はないから……」
「いや、あの……」

橘さんを謝らせたままにしているのは悪い気がして、僕は続ける。

「顔採用っていうのは、さすがに違うと思いますよ。

ただ僕が就活で困ってたから、相楽さんは同情して拾ってくれただけで」
すると今度はさっきと別の方向から、思わぬ声が聞こえてくる。

「同情なんてする人かなあ?」
「えっ……」
「あの相楽さんが、ただ人に情けをかけるわけがない」

そこにいたみんなが、その言葉に同意しているのが空気で分かった。
チーフの橘さんも、何も言わずに苦笑いを浮かべている。

(そこまで言われるなんて、相楽さんてどんな人なんだ……)

昨日見た、人懐っこい笑顔を思い出す。
そんな時……。

「おいおいお前ら、ミズキに何吹き込んでんだよ」

よく通る声が聞こえてきて、廊下で団子になっていたみんなの向こうに相楽さんの顔が見えた。

「よお!」
「お、おはようございます!」

道を開けながら、みんなが慌てて挨拶する。

「ようやく社長のお出ましか」

橘さんが笑った。

「新人くんを呼び出しておいて、約束の時間にいないってのはどういうことだよ」
「悪い、ちょっと寄るところがあったんだ」

相楽さんも笑っている。
どうもこの2人は気の置けない間柄らしい。

「で、彼の席はどうしよう?」

橘さんの問いに、相楽さんが肩をすくめた。

「とりあえず席はいい。外回りに連れていく」
「えっ、外回り?」

初めは雑用からだと思っていたら、意外な指名にびっくりしてしまう。

「でもまだ僕、なんにも聞いてなくて……」

「細かいことはあとだ、外にタクシー待たせてるから急ぐぞ!」

そして僕は相楽さんに追い立てられるようにして、事務所の前に停まっていたタクシーに乗り込んだ。



「どこへ行くんですか?」
「六本木ヒルズへ」

相楽さんは僕にではなく、タクシーの運転手さんの方へ声をかける。

「六本木ヒルズ!?」

大人の街の、リッチな人たちが行く場所というイメージしかなかった。

「そんな場所で、僕は何をすればいいんですか」
「取引先の会社が、あそこに何社か入ってる。その担当に会いに行くから、お前は俺の隣でニコニコ話を聞いてればいい」
「ニコニコって言われても……なんだかすごく、場違いな気がするんですけど……」

いま相楽さんは、Tシャツの上に小洒落たジャケットなんかを羽織っている。
雑用係のつもりで来た普段着の僕じゃ、隣にいるのもマズい気がした。
慌ててシャツの皺を伸ばしていると、相楽さんに気づかれる。

「服のこと気にしてんのか」
「言ってくれたら、もう少しマシな格好で来たのに」
「それは悪かったな」

彼は僕のシャツの襟を引っ張ってみて、バックミラー越しに運転手さんを見た。

「六本木ヒルズに行く前に、青山のギャルソンに寄って」
「ギャルソンって、あのギャルソン!?」

苦学生の感覚だと、ちょっと手の出る価格帯じゃない。

「ミズキは細身できれいなシルエットをしてるから、ああいうのが似合うと思う」
「いやいや、そういう問題じゃなくって!」

言い合ううちに店に到着し、僕は着せ替え人形のように着替えさせられる。

「とりあえずこの辺? 時間もないし、どんどん見よう」

フィッティングルームから出た途端、別の服を胸に当てられ、中へ押し戻された。

(っていうか、これいくらだ? 相楽さん、絶対値札なんて見てないよね!?)

「じゃあそれに、こいつを合わせて」

シンプルなTシャツの上に、縦のラインがきれいなベストを着せられる。

「ベストなんて着たことないですけど……」
「お前、おしゃれに気をつかうのは逆にカッコ悪いとか思ってるクチだろ?」
「ち、違いますよ、ただこういうものには必要性を感じられなくて……」
「必要性だけじゃつまんねえ、必要なのは自由と遊び心だろー」

そんなことを自信満々に言いながら、相楽さんは僕に一度着せたベストを脱がせた。
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