サイテー上司とデザイナーだった僕の半年

谷村にじゅうえん

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1章:僕と上司とスカイツリー

第2話

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「あの……?」

ギョッとしてしまい、僕は思わず声をかける。
すると彼はいたずらっ子のような顔で笑った。

「三木さん、相当感じ悪いよな。イノベなんかに入ったら、あんなふうになるぞ」
「えっ……?」
「ここ、売り上げ目標すごいから」
「売り上げ目標がすごいと、その……あんな感じになるんですか?」

戸惑いながら聞くと、相楽さんはおどけたように肩をすくめる。

「上からのプレッシャーがでかいと、社員は手段を選ばなくなる。そうなると切り捨てるのは良心だよな。そうじゃなくても広告代理店なんてものは、動かすお金がでかいから。でかい仕事を成功させるたびに、脳内でものすごいアドレナリンが出るわけじゃん。その報酬系ができあがると、まあ、人は人じゃなくなるな」

いきなり刺激的な話をされて、返す言葉に困ってしまった。

僕は絵を描くことや物を作ることが好きで、その延長線上にデザイナーという仕事があると思っていた。
そしてデザイナーを独自に抱えようとするのは、大きな会社のデザイン部か、広告、それにWEB業界。
それから大小様々にあるデザイン事務所というところだ。
その中でも広告業界は、デザイナーの受け皿として大きい。

僕がその中で電報堂イノベーションズに応募したのは、とても単純な理由だった。
みんなの憧れる大手企業だろうと、求人に応募するだけならタダだ。
ならダメ元で応募する。
それだけのことだ。

「ここが駄目なのはなんとなく分かってましたけど……だったら僕は、どこを受ければ」

半ばひとり言のように聞くと、相楽さんは唇をへの字に曲げた。

「そんなこと、俺に聞かれてもな」
「そうですよね、すみません……」
「ああでも……」

何か言いかけた彼が、僕の顔を正面から見つめる。
愛嬌のある表情をまとっていたせいで気づかなかったけれど、彼はよく見ると男らしいしっかりとした顔立ちをしていた。
シャープなのに角張った顎のラインなんか、時代劇に出てくるお侍さんみたいだ。

その顎に囲まれた唇が、弧を描いて笑った。

「お前、いい顔してんな」
「え、顔?」

数分前にはさっきの面接官に、自信のなさそうな顔だと評された、その顔だ。

「女ウケしそうっていうか。こういう害のなさそうな顔が、いかにも今風だよな」
「はあ……」

彫刻にでもなったような気分になる。
僕の頬をひと撫でし、相楽さんは続ける。

「就職先。ひとつだけいいところを知ってる。テンクーデザイン。アートディレクター・相楽天の事務所だ」
「えっ……さがらてん?」

脳内で、音が漢字に変換された。

「本当にあなたが、あの相楽天なんですか?」

相楽という苗字を耳にした時から、もしかしてとは思っていた。
けれどこんな場所で出会えるなんて、心の準備ができていなかった。

「相楽って苗字はそう多くないだろ。天なんて名前も珍しいし」
「マジですか……」

素でつぶやき、目の前の彼の顔を見つめる。

僕が相楽天の名前を知ったのは、2年前に開催されたウェセックスオリンピックの時だった。
あの時、聖火とそれに伸ばす手をかたどった、オリンピックロゴが話題を呼んでいた。
パッと見た時の色や形はシンプルでポップだけれど、それを描く線は大胆で力強い。
スポーツイベントらしい明るさと躍動感を持った素晴らしいロゴデザインだった。

当時、美大生だった僕も学校の課題でオリンピックロゴをデザインしたことはあったけれど、あのロゴには格の違いを見せつけられた。
世界的なデザイナーの作品は違う。
学校での成績がよかった僕は、その自信をいい意味で打ち砕かれた。
デザインというものは面白い。
同じ課題を与えられて、こんなエキサイティングな答えを出してくる人がいる。
そんな発見に胸が躍った。

そしてそのロゴのデザイナーは僕と同じ日本人だという。
名前は相楽天。
オリンピックロゴは代理店による仕事だったからデザイナーの名前は発表されなかったが、美大の講師に同じ代理店の関係者がいて、僕たち学生は彼の名前を知ることになった。

ちなみに相楽天のオリンピックロゴは聖火の形がニンジンに似ているということで、ネットの世界ではニンジンロゴという愛称で親しまれた。
聖火に手を伸ばす選手を、目の前にニンジンをぶら下げられて走る馬に例えたブラックジョークだ。
もしかしたらそれは本当に、作者の意図するところだったのではないか。
そんな考えからなんとなく、僕は相楽天の人柄を想像していた。
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