ヤンデレ蠱毒

まいど

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ヤンデレ蠱毒

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 山奥に位置する学校、私立矢出嶺学園。各地のお偉いさんの子息が通っていて、最高の設備と最高のセキュリティが保証されている。足りないのは立地の良さだけだと思うが、何故こんな所に建っているのかと言えば将来有望な要人の息子達が万が一にも性的な不祥事を起こさないようにする為らしい。
 そう、右を見ても左を見ても男しか居ないここは何を隠そう男子校なのである。都心には滅多に出られない山奥の男子校、虚無だ。しかし男子校だからと言って性的な不祥事が起きないとは限らない事を俺は身をもって知っている。


 寮の自室で目を覚ますと隣に生徒会長が居た。
 「…………なんでいるんすか……」
 「お前の顔が見たかったから」にっこり。背後の日差しも相まって後光が差しているかのようである。
 矢出嶺学園の生徒会長、つまり生徒の模範の筈なのだが、この人は隙さえあれば俺の部屋に入り込んでくる。
 ちなみに俺が勝手に付けている自室の鍵は十個を超えた辺りで数えなくなった。漢前というよりイケメンという言葉が似合いそうな顔面偏差値80越えの会長は、確か抱かれたい男ほにゃほにゃみたいなので一位だった筈なのだが、何故毎度毎度こんな小市民の部屋に上がり込んでくるんだろうか。わかんないな。
 わかんない方が良い事もあるよな!現実逃避が絶好調である。
 「前にキッシュが食べたいと言っていただろう、作っておいたから早く起きてくると良い。」
 俺の頭を一撫ですると会長はあっさりと部屋を出ていった。俺は会長にキッシュが食べたいとは言ってないし当然の様に朝ごはんを作っている意味も分からない。
 何をとち狂っているのか分からないが、会長は俺と結婚すると思い込んでいる節がある。会長に対してこんなにガバガバセキュリティなのに俺が未だに清い体なのは会長が初夜に拘っているからだ。
 結婚するまでは我慢すると言われた時の俺の心境を10文字で答えてほしい、勘弁してくれ。
 新妻ムーヴをする会長を横目に見ながら食卓に座る、同室の腐れ縁は学食に行ったらしく姿が見えなかった。
 居てくれよ。やたらうまい朝ごはんを腹に収めながらふと会長を見る。
 朝日に包まれながら微笑む会長は彫刻もかくやという感じだが俺の事をガン見するのは本当にやめて欲しい。
 しかし会長に関しては、実害と言える実害が精神的にまじできつい以外に無いのでまだマシな方なのだ。


 教室に向かう廊下で副会長に会った。
 「奇遇ですね」
 「……うす」
 嘘だ。副会長はどこにでも現れる。
 廊下だったらまだすれ違う事もあるだろうが、学園の端の端、空き教室にまで現れた時はこの人もしかしてストーカーなのでは?と思った。
 切長の瞳を柔らかく細めている姿が雪解けの様だと周囲からは言われているが、俺からすると狐が獲物を前にして笑っているようにしか見えない。だって多分この人盗聴器仕掛けてるし。
 「会長のご飯美味しかったですか?」目の奥が笑って無い気がする。はいともいいえとも言えず曖昧に笑うと「最近購買に新しいペンが入荷したんです、私が手配したんですが」書きやすいのでおすすめですよ。
 と後ろ暗い所なんて何もなさそうに笑う。
 副会長は俺が物をなくす度何処そこで手に入りますよ、とお知らせしてくる。
 でも、多分、盗ってるのは副会長だ。
 だって副会長の胸ポケットに入ってるペン、俺が無くしたやつにそっくり。
 ……盗むのやめてくれねえかな~~~~!!!!!いちいち買い戻すのはそれなりに金がかかるのだ。
 うちは言ってしまえば成金の部類なので性根が質素なのである、いや質実剛健。慎ましやか。
 うん。良い言葉だな。
 「見に行ってみますね」
 「ふふ、はい」どうやら満足したようで副会長は踵を返すと何処かに行ってしまった。

 
 教室に着くと俺を置いていった裏切り者が談笑していた。
 「あ、結城おはよ」
 「おはようじゃねえよ~~~!なんで置いていったんだお前!」
 裏切り者ことルームメイトの竜胆まつりは怒る俺を見て「だって俺会長サマ嫌いだもん」と言った。
 俺も~~~!!!違う、意気投合してる場合じゃない。
 「お前が居ない間に俺が会長にほにゃほにゃされたらどうすんだお前!」切実な問題である。
 「ほにゃほにゃて」まつりがいれば隣室で何か起きた時に助けてもらえるかもしれない。防音に定評のある学園の寮で何か起きた時に気づくかどうかは別として。
 まつりにはもしもの時用に自室の合鍵(いっぱい)も渡してあるのだ。
 出来れば助けて欲しい、いや極力、滅茶苦茶。
 権力の鬼の様な会長に対して有効な手は限られているのだ。藁ならぬルームメイトの手も掴みたい。
 「ま、なんかあったら助けてやるよ」
 「信じてるからな……」
 「はは、信じて良いよ」見慣れた幼馴染の笑顔にようやく少し落ち着いた。


 中庭に行くと生徒会書記が居た。正確には中庭で飯を食っていたら背後から忍び寄ってきた。
 「こんにちは」
 「ん…」書記はとにかくでかい。2メートル近い巨体で背後に立たれるとびびるし圧迫感がある。
 最初にここで書記を見かけた時はあまりにも微動だにしないので仏像か何かかと思った。
 「一緒に食べる」
 「はい」でかい犬みたいだな、と思う。イケメンというより漢前、体格も相まって俳優みたいだ。
 大人っぽいと言えば良いだろうか。
 「……また惣菜パンっすか?」
 「ん」もそもそとパンを頬張る書記に問いかける。
 書記は食堂で食事を取らないのだと言われている、そう言っていたのは親衛隊だったか。
 「要ります?」栄養が偏りそうだなと思い卵焼きを差し出す。これは会長じゃなくて俺が作ったやつ。
 というかあの人は俺が作った弁当を嬉々としてぶん取って行った。一瞬躊躇し、小さく口を開く。これあーんじゃん、と気づいた時にはもう卵焼きは書記の口の中だった。
 「おいし」ふ、と破顔する。笑うと急に幼くなる。書記は見た目こそ大人っぽいが、言動や仕草は結構子供っぽい。だから俺も年上なのに扱い方が子供に対する感じになってしまう。
 書記は最初、一緒に食べる事を拒絶していた様に思う。それがいつからか一緒に食事をする様になったのだ。なんで一緒に食べてくれる様になったんすか?と聞くと結城は特別だから、と言われた。何かまたやらかした気がするが一緒に食事をするくらいなら別に良いだろう、俺は犬派なのだ。


 談話室に行くと会計が居た。
 というか会計しか居なかった。色の抜け切った髪にいつ見ても緩く弧を描いている瞳。制服を着崩しているこいつが何故生徒会なのかはよく分からないが、この学園の生徒会は人気投票で決まるのでなるほどなぁという感じだった。 
 「結城ちゃんじゃ~ん」ゆるく手をあげ手招きをする。会計とは定期的に遭遇するのだが何故かこいつと会う時は周りに誰も居ない、タイミングだろうか。
 近くに行くと急に腕を引かれ倒れ込みそうになる「あっぶな」何すんだ「倒れ込んできてくれて良いのに~」へらへらと笑う会計の頬をつねる。
 「いひゃひゃ」なんでこいつ頬掴まれて嬉しそうにしてんだ……。
 「……そう言えばね、木蔦が転入するんだって」
 「へえ?」木蔦というのは生徒会の補佐をしていた生徒だ、こんな半端な時期に転入するなんて何かあったのだろうか。
 「まあ結城ちゃんが考える様な事は無いんだけどね~」
 「?」まぁ確かに接点もそんなになかったけど。
 「結城ちゃんの思考を圧迫するような存在じゃないからさぁ」そうぼやきながらうっそりと目を細める。顔面が良いのでやたらと様になっているが、その瞳はどこか濁っている様に見えた。
 俺の手を弄びながら続ける「あいつみたいなヘマはしないからさ、待っててね」
 何を……?いや、分かっている。
 軽率に頷けば俺の未来の輝度が下がるだろうなという事くらい。
 しかし会計の目は俺を完全に捉え、射抜いていた。
 「か、」
 「か?」
 「考えておきます……」
 解決出来ない問題に直面した時は問題を保留するのも良いとおばあちゃんが言っていた。
 「う~ん、まぁ、良いや」さっきまでピリついていた雰囲気を引っ込めいつものゆるい会計に戻った。
 「俺はあいつに消されたりしないから」暗殺者にでも狙われてんの?


 購買に行ったら補佐がいた。
 「……こんにちは」
 「どうも……」気まずさがすごい。生徒会補佐とはあまり話した事がないのだ。
 というかそもそも生徒会と一般生徒が話す機会なんて本来ないのだが、もしかして俺は一般生徒ではない……? 挨拶を無視する訳にもいかず返事をすると、少し雰囲気が和らいだ気がする。
 希望的観測かもしれないが。
 「何か買うんですか?」
 「うぇ?」アホみたいな声を出してしまった。アホを見る目で見られている。
 「えーと、あれ、ペン買いに来たんだ。無くしちゃったから」少し詰まりながら言うと酷く納得したように頷かれる。無くしそうだと思われてるんだろうか。
 補佐はくるりと踵を返すとどこかに行ってしまった。ディスコミュニケーション……と、思っていると何かを手にして戻ってくる。
 「これ」
 「えっ」高級万年筆である。購買とは名ばかりのここは文房具店もかくやという程の品揃えなのだ。だから普通に万年筆も売っているし金持ち仕様なのでクソ高い。高級そうな箱に刻印された文字は俺でも知っているブランドだった。
 「よければ」どうぞ、と何という事もない様に差し出してくる。補佐に対して気まずさを覚える理由の一つがこれだ。会う度に何かを貢いでくる。隙を見せると何か渡してくるのでさっきの発言は完全に失言だった。
 「結城先輩に使われればこの子も嬉しいと思います」真っ直ぐな瞳で見られ、金額の高さに揺れ、後から何かえげつない事を要求されるんじゃないかなぁと呻き「別に何も要求したりしませんよ」と言われる。
 え、嘘今声出してた?
 「はい……」押し負けた。手の内には確かな重みのある箱がある。
 「俺が出来る範囲の事なら手伝うから……」本当に限られてそうだが。
 「別に要りませんよ、お金も必要ないですし」
 「俺に出来ることはないってこと……?」自虐的に呟くと、凛とした声で「いえ、結城先輩は何もしなくて良いんです。」と言われる。それは拒絶というにはあまりにも恍惚としていた。
 「変わらずにそのままでいてくれればそれで」うっとりとした表情で言われる。
 うなじのあたりがゾワっとした。俺はその場から一歩引き、別の話題はないか思考する。
 「そ、ういえば木蔦転入するんだって?」急にその場の温度が下がった様な錯覚を覚える。
 「ああ、そうですね」酷く冷たい声色だった。無感情というには冷え冷えとしている。
 「あの人はやっちゃいけない事をしたので」焦点の合っていない瞳でぼんやりと呟く。
 「……そっか!じゃあしょうがないな!」これ以上突っ込んだら薮蛇だ、この話題は振る相手を選んだ方が良いらしい。「そうですね」いつの間にか機嫌の治った補佐に別れを告げ、自室に戻る。


 もう1人の補佐の事を思い出す。
 あいつはどんなやつだっただろう。興味のない人間のことを、俺は覚えておく事が出来ない。
 どれだけ迫られても、包丁を向けられても、犯される寸前まで行っても、今じゃもう顔すらおぼろげだ。
 防衛本能なのかもしれない。俺は小さい頃から妙な人物に迫られる事が多くて、自分に対して脅威になりそうな人間とは極力接しないように過ごしてきた。だから自分に対して脅威になりそうな人間の名前も覚えられないし、少し会わないと脳が忘れさせようとする。覚えておかなきゃいけない事はちゃんと覚えてるんだから、それで良い気もする。幼馴染の事とか、大切な事は忘れないんだから。俺はぼんやり考えながら部屋の扉を開けた。



side:竜胆
真綿で包むように。何も知られる事がないように。結城にとって俺だけが無害であるように。俺以外を受け入れる事がないように。
そうやって小さな箱庭を作った。中に収めた大切な大切な宝物を誰かに渡すつもりは毛頭ない。
結城は幼い頃に誘拐されてから少し脳が弛んでしまって、あまり人の事を覚えておくのが得意ではない。そこに入れられる相手が限られていたから、俺はそこに俺だけをぎゅうぎゅうに詰めた。結城は俺以外を選ぶ事が出来ない。狂人と幼馴染、どっちを選ぶかなんて明確だろ?知らなければ何も問題ないんだから。
 木蔦を埋めた事も、会長の異常性を周知する為にわざと部屋の鍵を開けている事も、副会長の盗聴器を見逃してやってる事も、書紀との昼食を邪魔しない事も、補佐の貢ぎ癖を放置してる事も。
 ああ、でも。
 「会計はそろそろ消した方が良いかな」あいつに俺の事をバラされるのは面白くない。
 あいつがなんて言ったって結城は俺の言う事を信じると思うけど。危険性の高いやつは早めにどうにかした方が良い。まぁどのみち全員消すけど!
 箱の中にいるのは俺と結城だけで良いのだ。邪魔な虫は全部消してしまおう。愛しい幼馴染の声を聞きながら俺は振り返る。
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