SHADOW ”CROW"LER

Naoemon

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ヴァイス・アーミー

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“暴走サイボーグ、増加

 先日、警視庁広報部は、昨年度に発生したサイボーグによる強盗、殺人、破壊活動等の発生件数が、昨年度よりも10.5ポイント上昇していると発表した。定期的にメンテナンスを受けていないサイボーグは、細胞とデバイスの融着部分の劣化から、神経系に障害をきたすケースが多く、重度になると破壊衝動を抑えられず、いわゆる“暴走サイボーグ”になる恐れがある。同広報部は、違法サイボーグ及び無許可のサイボーグ手術を行う技師の摘発に重点的に力を入れる方針を明らかにした“

“社説 サイボーグはなぜ暴走するのか?

 暴走サイボーグ関連事件が多発しているが、その原因については専門家の間で意見が分かれている。昨年紙面を騒がせた、5人の犠牲者を出したロウアータウン解体作業場で起きた連続殺人事件の公判が本日行われたところ、弁護士側は神経障害による被告人の責任能力の喪失を理由に無罪を主張している。一方病理学的見地からは、劣化した融着面から入った雑菌が神経系を伝って脳に感染したとしても記憶障害や言語障害をもたらすのみで、破壊衝動や殺人衝動を引き起こすには至らないため、被告には明確な殺意があったとする説が有力である。そもそもなぜ違法なサイボーグ手術が蔓延しているかというと、保険適用ながら高額な手術費や維持費を払える労働者が殆どおらず、回復不能なケガや切除不能進行癌などの特定疾患を被った場合、合法的に彼らに残された選択肢は安楽死しかないからである。このような社会構造を今一度見直さない限り、現代の兵器技術の粋を凝らして作られたヴァイス・アーミー達による水際対策だけでは限界がある“

「あの重労働用のサイボーグ事件で、まさか無罪を主張してくるとは驚きですねぇ」

「責任能力の有無を争うなんて、常套手段じゃないか。法廷パフォーマンスが楽しみだな」

「ですね。でももし無罪になったとしたら、殉職したアーミーたちが浮かばれませんね」

 ヴァイス・アーミー中央管理センターのホールで、2人の男がコーヒーを飲みながら、今しがた配信されたニュースについて雑談している。1人の男は大柄で筋骨隆々、そしてもう1人の方は大分若く、まだ青年の域を出ていない顔をしている。

 昨晩研究センター付近で起こった騒動から一夜明け、就寝中に叩き起こされて明け方近くまでクロウの捜索に当たっていたアーミー達が、ちらほら根城に戻ってきたところだった。メトロポリスに、橙色の太陽が昇る。朝日に照らされて次々に帰還してきたホバーバイクを窓から眺めながら、ジョー・サカキはこの異常事態について考えを巡らせていた。

 クロウ・アーマーは正体不明で、アーミーをときどきからかったりはするが、暴走サイボーグとは異なり、殺人も破壊活動もしたことはない。これまでのプロトコルでは、クロウが出現した場合、アーミーの小隊がとりあえず現場に行って、身元につながる遺留物がないか確認した後、クロウの行動データを行動解析装置のデータプールにぶち込んで終わりのはずだ。しかし、今日未明の異常なまでの収集は何だ? 暴走サイボーグは、いつどこに出現するか分からない。サイボーグに応戦し得るのはアーミーしかいないのに、なぜ下らない道化ごときにここまでリソースを割くんだ?

「先輩、どうしたんですか?」

「あ、いや」

 そう言って、ジョーは後輩のゴロウ・ミズキに振り返った。

「なんでもない」

 ゴロウは片方の眉を少し上げた後、話を続けた。

「アーミーの仕事はもっと命がけなのかなと期待していたんですが、僕の初任務が無許可のアーマーを空から見つけることだったなんて、なんだか初体験の相手がブスだったみたいな話じゃないですか?」

 大人数から完全実力主義で選抜された期待の新人だけあって、ゴロウの口調や仕草、目線からは、それとなく自信と自分に対する愛着のようなものが漂っていた。

 アーミーはこの完全管理社会を象徴するかのように、同じ規格のアーマー(個人によって微調整はされるが)と、同じ装備を装着することになっている。司令官以下の序列はない。アリが女王と兵隊、働きアリに分かれても、その中では序列がないように、アーミーも本来は横一列に管理された戦闘人形だ。しかし入りたての新人は一定期間、古参のアーミーにマンツーマンでOJTを受けることになっている。そして、ゴロウのメンターであるジョーは、後輩の軽口に付き合うタイプではなかった。

「そんなことは任務を達成してから言うことだな。1人のキレたサイボーグを抑えるんだって人死にが出るんだ。あらゆる任務において気を緩ませるな」

「ああ、はい」

 ゴロウが若干不貞腐れる。ジョーはそんな後輩の様子を気にも留めず、今日のレッスンを始めた。

「新人用のパッチファイルはインストールしたか?」

「しました。HUDに入れる奴ですよね? なんか、特定のIDのアーミーにハンドルネームを付けるようなプログラムだったけど」

「そうだ。“あだ名持ち”というやつだ。新人が最初に覚えておくべきことはそれだ」

 ゴロウが意外な顔をした。

「そうなんですか? 武器の使い方とか、管制室からの指令の確認方法とかは……」

「そんなもの、HUDで照会すればいつでも分かることだろう。覚えておく必要はない。この時代に人間が覚えておかなきゃいけないのは、”規格化されていない情報“だ」

「それが、その“あだ名持ち”のアーミーということですか」

 “あだ名持ち”。それは、現場で戦うアーミー達にのみ通じるキーワードだ。全てのアーミーは規格化及び均一化され、法令で厳重に縛られた管理システムの手駒の一つに過ぎない、というのは対外的な建前で、実際に死力を尽くして暴走サイボーグやハッキングされたロボットと戦う戦場では、経験値の有無や個人の資質による差が歴然と出る。警察と防衛軍全ての中から選抜されたエリート部隊であるアーミーの中でも、特に戦闘能力が高い者には、戦場でも識別できるようにあだ名がつけられていた。

「そうだ」

 ジョーが答える。

「戦いの場では、あだ名持ちが主戦力だ。お前はまずそのサポート、例えば敵の位置情報の共有、弾薬補給や露払いなどから始めろ」

「分かりました。パッチをインストールすると、あだ名がその人たちの頭上に浮かぶようになるんですね」

 ゴロウは素直にそう答えた。サポート役なんて嫌だ、という答えがくると予想していたジョーは意外な顔をしてゴロウを見た。しかし、彼は少しにやにやしながらパッチファイルを自分の左手につけている端末で開封すると、その中のあだ名リストを立体表示させた。

ID 122356-8 シーカー
ID 127842-5 スナイパー
ID 135468-4 ボマー
……

あだ名一つで、それぞれのあだ名持ちが何のスキルに特化しているのか、大体分かるようになっている。現場ではそれぞれの状況に応じて、このリストにあるプロフェッショナルのスキルを最大限活かせるように常に流動的に隊列を組み直してゆく必要がある。ゴロウはあだ名のリストを下の方までスクロールすると、あるIDを単独で大きく立体表示させた。

ID 145791-1 ガンナー

「これ、ジョー先輩ですよね? まさか先輩があだ名持ちだったなんて」

 驚いたようにゴロウが言う。しかしジョーは後輩の挑発にも全く動じず、静かに答えた。

「そうだ。俺はプライマリウェポンの使いが得意でな。ミリセカンドで3つのピンヘッドに当てられる」

「へえ」

 初めて余裕が薄らいだのか、それまで小バカにしたように不安定に動いていた目が座った。しかし、ゴロウはまたすぐに偽りの仮面を被り直すと、わざとらしく言った。

「そんな先輩にメンターになって頂けるなんて感激です!」

 ジョーは付き合いきれんと言った風に首を小さく振ると、黙ってコーヒーをすすった。一方、すぐにでも追い抜かしてやる、そう思っていた先輩が思いのほか凄腕だったことに内心動揺していたゴロウは、挑発にも動じず落ち着き払っている先輩を恨めしそうに見た後、リストに目を戻した。

 深夜帯に捜索していたヴァイス・アーミー達はあらかた帰還したようだ。入れ替わりに、またアーミーの小隊がホバーバイクで飛び去って行くのが見えた。彼らが窓の外側に見切れるまで目で追いながらコーヒーの最後の一滴を飲み干すと、ジョーは立ちあがって言った。

「初出動の報告書を上げたら、3時間休憩の後、ホログラムシミュレーション室に出頭しろ」

「分かりました」

 そしてトレーニングセンターに向かおうと後ろを向くと、ふいに後輩の驚いた、というよりかは何かに気付いたような声が後ろから聞こえた。

「どうした、ゴロウ?」

「いや、先輩これ」

 そう言うゴロウの立体投影装置には、

ID 145782-3 サムライ

 という文字が浮かんでいた。

「このIDのアーミーのデータがないんですが、殉職ですか?」

 ジョーは今日初めて少し驚いたような顔を見せた。そして、なんともいえない悲しそうな影が、その表情にうっすらと落ちた。

「ああ」

 そして、少し窓の外に目を向けた後、立ち去って行った。
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