月の上で

Naoemon

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月の上で

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頭上には、果てしない闇が広がっている。

寒い。

最新鋭のスペーススーツを隔てて、絶対零度の世界が囁いてくる。

冷たい。

足元には、無数の隕石に抉られた岩肌がどこまでも広がっている。

満点の星空でさえ、寒々しい。

太陽だけだ。俺を守ってくれるのは。

虚空を切り裂くように輝く、太陽だけを見つめた。

目の前を覆いつくす光だけを見ていれば、背後から忍び寄る闇のことを忘れることが出来た。

「もうすぐです」

相棒が呟いた。

月の地平線がうっすらと白む。

それは段々青みを帯び、やがて地球が顔を出した。

モノクロの世界に忽然と現れた、青い星。

渦巻く雲を纏い、膨大な水と陸地を湛えた星。

俺の故郷。

だが、もう見たくはなかった。

「LEX、データを」

「アイ・サー」

機械仕掛けの友人に声をかけた後、腕のパネルを操作した。

スペーススーツの背部から四本の可変アームが展開し、先からガスが噴射される。

太陽と地球に背を向けて、俺はベースに戻った。

地球に帰還不能になってから、今日で一週間が経った。

********


悲観しているわけではなかった。全ては捉えようだ。

月面ベースには、生活に必要な全てが完備されている。

水や食料はもちろん、高効率太陽光発電プラントにより、空調や照明も不自由はしない。

フィットネスジムや、一生かかっても見切れない膨大な書籍や映画がつまったハードディスクすらある。

だが、ベースにいるのは俺と、高性能AIを搭載した月面汎用探査機LEX-55だけだ。

ベースのコントロールセンターにて、全てが順調に稼働していることを確かめていると、そのLEXが戻ってきた。

「お帰りLEX。地表の様子は?」

「また大規模消失だよ。ヒロト」

ヒロトが目を上げた。

「場所はどこだ?」

「南米大陸、ユカタン半島以南」

「それって……南米ほとんどじゃないか」

LEXからのデータを見ると、確かに南米大陸が抉られたかのように消失していた。

「……残っている地表は?」

「北米、東アジア、アフリカ大陸、あとは南極が30%だね」

「……」

全ては捉えようだ。

俺は、月面ベースで孤立しているからこそ、このカタストロフィから逃れられている。

だが、原因が分からない。

実際の地球で何が起こっているのかも。

月面ベースと地球をつなぐ宇宙ステーションは、ちょうど一週間前に砕け散った。

もう誰も月面ベースに来ることは出来ない。

そして、還ることも。
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