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4、なんて目まぐるしい1日

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丁度バスが来て、中を見ると空いているので乗り込み、空いている1人掛けの席に座る。
杖は畳んでバッグに入れ、車窓を眺めて車内を見ない。

先日の久しぶりの発作は、彼をだいぶ気落ちさせていた。
図書館は、気分の切り替えになる。
だから、思い切ったのに。

わかってる。
僕のメンタルはボコボコで、それでも容赦の無い母のいいはけ口だ。
心を殴られて、殴られ続けて、ボロボロになりながら毎日を低空飛行で雲に隠れて生きている。
逃げようかと思うけど、母は小遣いをギリギリしかくれないので交通費が足りるのかわからない。
兄のマンションまで、バスでどう行くのかわからない。
人の多いバスに、乗れるのかも不安だ。
口座にお金はあるけれど、カードは母が管理している。
何も自由になるものはない。
僕が解放されるのは、こうして外に出た時だけだ。

胸に手をやる。
光輝が自分の秘密を知ったら思うと、どこか寒々しい気持ちで背筋が寒くなる。

2年前、高3の冷司が被害に遭ったきっかけは、どこでもあるイジメだ。
僕が悪いのか、刺したあいつが悪いのか、自殺未遂した彼が悪いのか、誰が悪いのか全然わからない。
ただ1つ言えるのは、この3人はずっとこの闇を抱えて生きてなきゃならないって事だ。

同情する声もあったけど、何故そこで先生に相談したのかと、責める声もあった。
じゃあ僕はどうすれば良かったんだろう。
先生は、ちっとも頼りにならなかった。
いじめられる方にも問題があるとさえ言った。

僕は違うと思う。

いじめる奴がおかしい。
いじめる奴に問題がある。
いじめられた奴は、そいつにとってのスケープゴートだ。
人はサンドバッグじゃ無い。
だから、僕は何とかしたかった。

それだけ、なんだ。




バスを降りて図書館に歩き始めると、横から男が飛び出してきた。
冷司はひどく驚いて、力が入りにくい左足が踏ん張れずに転びそうになる。

「あっ」

その時、その男は力強い大きな手で、彼の腕を痛いほど乱暴に掴んで支えた。

「すいま……せ……」

冷司は男の顔を見て、ギョッとした。
それは、自殺未遂した友人、勇二の兄だったからだ。

勇二は、自殺は未遂で終わったものの、あれから引きこもり状態だ。
中途半端な冷司の偽善のせいだと、兄は何故か彼を酷く恨んでいた。

勇二からの手紙を何通も持ってきたが、冷司は開封するのが怖くて一通も読んでいない。
きっとこの兄と同じように、中途半端な助け手を恨む言葉が綴られているのだろうと思っている。

「おい、なんで返事を書かないんだ」

兄は、大学のラガーマンらしいガッシリした手で冷司の襟首を掴んでぶら下げ、揺さぶってくる。
冷司はつま先しか付かない不安定さが、余計に恐怖をあおった。

「助けて、助けて下さい。ごめんなさい、ごめんなさい!」

「俺は詫びを聞きたいんじゃない!あんたに手紙を書いて欲しいだけだ!
書いてくれ、書け!帰ってすぐに書け!!」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

冷司は怖くて怖くて、ただ涙があふれてくる。
今日はなんて日だろう。

「警察ですか?!恐喝です!場所は……」

ハッと横を見ると、誰かがスマホでこちらを見て話している。
兄は舌打ち、冷司を思い切り突き飛ばした。

「あっ!」

ドスンと壁に突き当たり、弾みで舌を噛んで口の中に血の味が広がる。

「返事だ!返事を出せよ!いいな!」

捨て台詞のように吐いて、その声が遠くなる。

「大丈夫か?救急車呼ぼうか?」

「いえ……いえ……大丈夫です」

はあ、はあ、はあ、

息が苦しい。
また、まただ。
またパニックの発作だ。

どうしよう、どうしよう、酷くなったらどうしよう。

『  倒れないでよ!  』

迷惑そうな、母の言葉が頭をグルグル巡る。

くそう、くそう、また母さんに迷惑をかける。
また色々言われる。

『余計なことに首を突っ込むから!』

ごめん、ごめんなさい

『  この偽善者が!  』

勇二が自殺未遂したとき、あのお兄さんが僕に叫んだ言葉が耳に刻み付いている。

ごめんなさい、ごめんなさい

僕は一体あと何回誰に謝れば許されるんだろう。
それでも、1人悩む彼に手を差し伸べたことを、後悔したくない。

「冷司、冷司!大丈夫か?どっか痛い?おい!おい!!」

冷司がしゃがみ込み、小さくなっていると、ようやくその声の主に気がついた。

ああ……光輝……

彼の顔を見ると、ストンと気持ちが落ち着いてくる。

「家に帰る?送るよ」

嫌だ、帰りたくない。
あの家が……怖いんだ。

首を振ると、思いがけないことを言ってきた。

「じゃあ、俺んち来るか?
俺、今日休みなんだ。安アパートだけど、俺一人暮らしだから」

その言葉に冷司は、目を見開いて思わずうなずいてしまった。
光輝は、偶然図書館近くに来たタクシーに手を上げる。
そうして、冷司は思いがけなく彼の家へと向かってしまった。
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