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従業員忘れてた!

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 従業員の必要性について僕の頭からはすっかり抜け落ちていた。今までの一人暮らしの自炊と違うのは作る量だけだと思っていた。鍋を大きくするくらいではダメなのだ。家庭の味、おふくろの味を楽しめる定食屋をやるなら頑張れば一人でできるかもしれない。だが、僕の目指すレストランはそんなものではない。前に言ったように、絶好のデートスポットにしたいのだ。若い人だけじゃなくてもいい。結婚記念日に仕事が入って奥さんを旅行に連れて行けなかった旦那がせめてものサプライズで訪れるのもいい。ハードなコース料理ではなく、質素なグリル一皿と、赤ワイン一本だけ開けてグラスを合わせる老夫婦でもいい。新しい人同士の出会い、既知の仲であっても、まだ知らなかった側面との出会い。そんな場所にこそ、人間の本当の笑顔は潜んでいるものだと思う。だから僕はそんなレストランが出したい。そんな出会いの場にふさわしいと僕の頭が判断したのが、フレンチレストラン兼バールだ。完全に雰囲気で選んだ。一人暮らしをしていたから日本食もそこそこ上手に作れる。フレンチ、イタリアンは好きでよく食べに行ったし、調理師の免許を取る前にバイトを長くやっていたから知識がある。厨房に入ったこともある。中華は好きだし、挑戦したいが、今後少しずつ体が弱っていって力が弱くなることを考えると、あの重い中華鍋を振れるかどうか厳しいところだ。あれはとっても力がいる。ちなみに、バールとはイタリアンバーのことで、普通のバーというよりはダイニングバーに近い。自分自身、カクテルは好きで若い時にいろいろと本を読んで勉強したものだ。就職してからは付き合いでの飲みだから、生、焼酎、日本酒ばかりだったが。世界一健康と言われて注目を浴びているのが日本食であるとするならば、昔から、世界一美味しいと言われてきたのはイタリアンだ。フレンチだと思っていた人も多いだろう。フレンチはソースの多さで有名ではあるが、もともとフランスの王様にフィレンツェから嫁いだ女性の連れてきたイタリアの料理人が作ったのがフレンチだ。つまり、フレンチの起源はイタリアだったというわけだ。まぁ、年寄りがうんちくを語ることほど若者に嫌われることはないで、ここまでにしておこう。
 さて従業員の話だが、何人必要かだ。僕はメインのシェフをやってみたいから…もう一回言わせてくれ。メインのシェフ。なかなかかっこいい響きだな。厨房…キッチンで手伝ってくれる人が一人。ホールで二人。バーテンが一人。少なくともこれだけの従業員を雇う必要があるだろう。何かのイベントとは違うのだ。給料も払わないといけないし、良い労働環境も整えないといけない。労働条件を決めて労働契約をして、って、労働保険、社会保険についても勉強しなきゃならないのか。ただでさえ今は自分の生命保険やがん保険の勉強で忙しいというのに!人の保険まで考えるのか。勉強だけして残りの人生が終わりそうだ。でも、やっぱり早道なんてないというのは今までの人生で嫌と言うほど思い知らされてきたし、仕方がない。自分が癌患者であることを忘れないとこなせない量だ。事実、レストランについて考えることに集中することで随分と助けられてもいるのだ。そして、普通の店の経営について考えるのも大変なのに、ここで僕の頭は余計なことを思いついてしまう。名前を余命レストランにしたのだ。果たして店主だけでいいのか、と。非常に不謹慎な話だが、従業員全員余命宣告されている人なんてのはどうか。そう思ってしまった。一年未満しか続かないと分かっている店にアルバイトに来てくれる子も、従業員もいないだろう。ただ、レストランの名前の意味だけで言っているのではない。さっき言ったように、少なくとも僕はやることがあるからこそ、癌の苦しみを和らげることができている。現実逃避とはまた違う。迫ってくる終わりの時とはもう十分向き合った。向き合ったおかげで、見えていないものも見えてきた。自分のやりたいこと、やってきたこと。普通、死ぬ直前にしか頭に描けない走馬燈を、僕は一年かけて細部まで作り上げてみることができるのだ。向き合ったうえでの終活だ。レストランをすることは、他のがん患者が痛み止めを打つのとなんら変わらない。向き合いたくないものに目を合わせて向き合うために必要なものだ。それを必要とする人も多いんではなかろうか。家族でホスピスで最期の時を待つ人もいるだろう。延命治療のすえにギリギリ孫の顔を見れて幸せの中で眠りにつく人もいるだろう。だが、僕は、命を完全に燃やし尽くす最後の場所として、僕のレストランを選択肢に入れてほしいと思ったのだ。これで決まりだ。そうと決まれば、苦手なネットに拡散して面接を始めないと。病院を移して引越してくる人がもしかしたらいるかもしれない。それなら、店を開く場所を急いで探して決めないといけない。
 僕はこの日決心した。後一か月後には必ず店のリフォームも含めて方針を統べて決めて、二か月後には店を開くと。僕の店は可哀想なことに生まれる前から余命のカウントダウンは始まっている。店が店として存在するのはきっと短い期間だろう。その分充実させてやるためにも、今日からしばらく寝れそうにない。
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