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006 生き残ったからこそ

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 ボクはリーシャが投げたモノを見た。
 キラキラと輝き、今のボクを写すもの。
 
 ボクは身じろぎ裏返りながら、コカトリスの方を向いた。
 その瞬間、音もなく放たれる石化魔法。

 しかしボクがリーシャから渡されたもの。
 がそれをはじき返した。

「ぎぎゃゃっ!」
「やったか?」
「まだよ‼」

 鏡で跳ね返った魔法はコカトリスに当たったものの、すぐにその動きを止められるほどのスピードはない。

 石化耐性があるんだ。
 まずい、このままじゃ踏みつけられちゃう。

 視界を失ったコカトリスは、せめてボクを踏みつぶそうと、地団駄を踏み始めた。
 なんとか転がるように逃げたものの、全身の痛みから思うように動くことは出来ない。

 ダメだ。やられる。
 コカトリスの長く細い足が目の前まで迫り、ボクは目を閉じた。

「仕方ない……サンダーボルト」

 はっきりと涼やかな声が、ボクのすぐ近くで聞こえてくる。

「え?」

 ボクはその声で思わず目を開けた。
 すぐ隣には、あのリーシャがいる。

 リーシャは猫の姿のまま、器用に後ろ足二本で立ち上がっていた。
 そして右の前足からは、強大な雷の魔法が放たれている。

「えええ」

 猫が魔法を使う?
 え、どうなっているの?
 しかもサンダーボルトって、確か雷系の上級魔法じゃなかったっけ。

「ぎぎゃぁぁぁぁぁぁ」

 雷を受けたコカトリスは、石化した部分からボロボロと崩れ落ちた。

「コカトリスを倒した……」
「ふぅ。やっぱりこの体じゃ……一日一回が限度ね」
「リーシャ! すごいよ、どうなってるの? 猫なのに」

 ボクは痛みを覚える体を起こし、リーシャに触れた。
 いつものもふもふとした肌触り。
 だけど確かにこんなに小さな体から、あんなに大きくて強い魔法が放たれていたんだ。

「一体、何がどうなっているの?」
「それよりも先にルルドの回復しないと。あいつらの荷物にポーションでも入っているでしょう?」

 リーシャはまるで何事もなかったかのように歩き出し、いつもの皮のリュックを器用に開けた。
 そして顔まで突っ込みながら、中から水色のポーションをくわえて出てくる。

「ありがとう、リーシャ」

 ボクはそのポーションを一気に飲み込んだ。
 どこか気の抜けた炭酸ジュースに似たその味は、美味しいとは言い難い。
 それでもしばらくすると、先ほどの全身の痛みが少し引いていくようだった。

「あ、体が動く……」
「まぁ、そうでしょうね。でもそのポーションも下級ポーションだから、そんなには効果はないわよ」
「そうなの?」
「ええ。もっと上位のポーションだったら骨が折れていても一発で治るんだけど」

 そうリーシャに言われて、ボクはその場に座り込むとゆっくりと体を動かした。

 手も足も指も、特に動かないということはない。
 だけど動くたびに背骨がギシギシと音を立てる。
 
「どこも折れてはないと思うけど……」
「それなら良かったけど、まだどこか痛むところはある?」
「ん-。背中がちょっと痛いかな。でも息が吸えないとかじゃないから、折れてはいないはずだよ」
「まったく。無茶しすぎよ」

 呆れたように、リーシャはこの惨状を見渡した。

 無茶の域をすでに超えているだろう。
 ボクだってリーシャが来てくれなかったら、確実にサイラスたちと同じようになっていたし。

「助けに来てくれてありがとう、リーシャ」
「たまたまよ、でも次はもうないかもしれないわ。偶然なんて、そんなものよ?」
「……うん」

 今までこの配信をやっていて、リーシャが来てくれたことはない。
 そう、彼女の言うようにこれは偶然。

 たまたまリーシャが来てくれて、リーシャが鏡を持っていたから助かっただけ。
 タイミングだってもう少し遅かったら……。

「怖かったよ、リーシャ」
「……そうね」
「死ぬかと思ったんだ」
「うん」
「でも……ボクはまだ死にたくなかった」
「そうでしょうね」

「今までただ生きていれたらいいなって。そのためには周りにあわせて生きて行かなきゃって思っていた」
「……うん」
「でもね。それだとボクって何なんだろうって。誰にもなれなくて、自分もなくて……。なんて惨めな役のまま死ぬんだろうって」

 一度死んで生まれ変わったのに。
 どうせモブだし。どうせ何も出来ないし。
 自分でそう決めつけてしまっていた。
 
 サイラスたちの顔色を窺って、言う通りの役を演じてたら、新しい役がもらえる。
 変だよね。
 これはボクの人生なのに。

 他人からもらえる役だけを夢見てきたなんて。

「ルルド……」
「でもね、いざ死にそうになって分かったんだ。ボクは今度こそ、ちゃんと自分と向き合いたいって。ボクはボクだけのものを見つけたい」
「そうね……」
「それにね、攻撃されると結構痛いね」
「なにそれ」

 痛いからこそ、ココで生きているって感じられた。
 ボクは今度こそボクと向かい合う。
 
「リーシャ、ボク旅に出ようと思うんだ」
「旅? どこへ?」
「行き先は決めてないけど、いろんなものを見ていろんなことを感じたい。せっかくこの世界で生きているんだから」

 この旅で、ボクというものと向かい合いたいんだ。
 
「一緒に行かない?」

 ボクはリーシャに手を伸ばす。
 この世界で唯一出来た、ボクの友だちだ。

「……しょうがないわね。危なっかしいから、このお姉さんが付き合ってあげるわよ」

 まんざらでもないようにリーシャは顔を背けながら、笑っていた。
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